経済教室

 

ウクライナ危機と欧州

中ロ抜き経済再構築 備えよ 

 

トーマス・セドラチェク CSOBチーフストラテジスト

Tomas Sedlacek 77年生まれ。プラハ・カレル大卒。チェコ国家経済会議の元メンバー。専門は経済思想史

ポイント

○ 再生エネなど総動員でロシア依存脱却を

○ 戦時経済下の消費者の幸福度激減は必至

○ 軍事衝突拡大ならグリーン化計画は頓挫

 

私たちは昨日までと違う世界に目覚めてしまった。世界が新型コロナのパンデミック(世界的大流行)の危機を乗り越え、再び自由に呼吸できるようになろうとしていた矢先に、新たな危機、おそらくはさらに破壊的な危機が訪れた。ロシアとの経済戦争である。

われわれ欧州は、温暖化ガス排出実質ゼロに向けた行動計画「グリーン・ディール」により経済と社会を再建する代わりに、全く別の方法で経済を再建することになる。グリーン・エコノミーに代わって、ウォー・エコノミーが実現する。

2月下旬以降、私たちは経済を武器として使うことができ、また使うべきだと気づいた。私たちは戦争に突入しているのだ。この文章が書かれているとき、世界の指導者たちは核の脅威について議論している。

核戦争は本当に破壊的であり、実際に起きれば地球から人類の大部分が消滅することになろう。核爆弾の投下後、核の粉じんで大気が汚染され、さらに数カ月の間、核の放射性降下物が発生する。その後、核の冬がやってきて極度の低温の時期が続く。地球上のどの場所も安全でなくなる。

あらゆる努力を払って緊張緩和に努めなければならない。そうしなければ、人類と生態系の大惨事が襲いかかることになる。1962年のキューバ・ミサイル危機のときと同じくらい、核の破局に近づいている。

換言すれば、現在の形のグリーン・ディールには誰も関心を示さないということだ。私たちは新しいものを示さなければならない。緑の革命が生き残るためには、根本から作り直す必要がある。私たちがすっかり忘れていた戦争がここにあるからだ。第3次世界大戦に近い状況は急速に悪化する可能性がある。新しい経済は従来の構想とは全く異なる展開を見せるだろう。

◇   ◇

欧州は経済とエネルギーを完全に再構築する必要がある。欧州はエネルギー調達をロシアに依存してきた(図参照)。ロシアからの天然ガスや石油の供給停止に対応するため、原子力に戻ったり石炭を使ったりしなければならないかもしれない。また再生可能エネルギーの導入にも、これまでと全く違う熱意で取り組むことになる。もはやそこに選択の余地はなく、グリーンが絶対に必要なのだ。

国際銀行間通信協会(SWIFT)の決済網からロシアの銀行が排除されれば、欧州は瞬く間にロシアの天然ガスから切り離される可能性が高い。天然ガスから脱却し、再生エネを中心に経済を再構築することは、進めるべき課題となる。自給自足の再生エネへの投資は、現在の欧州のグリーン・ディールよりもはるかに大きな注目度、速度、金額で進められるだろう。

たとえ今後ウクライナ情勢が緩和に向かったとしても、私たちは戦時経済に置かれる。例えば防衛費にもっと多くのお金を費やすことになる。ロシアが天然ガスを止める決断をしなくても、欧州全体、そして世界全体で、エネルギー自給の必要性が全く新しいレベルの緊急事態に跳ね上がる。

今回の事態で世界の生態系はどう変わるのか。温暖化対策の国際枠組み「パリ協定」を実施する際に、ロシアとどう折り合いをつけるのか。互いに戦争をしている今、温暖化ガス排出の削減を語れるのか。ロシアや場合によっては中国と何らかの衝突をしながら、どうやってグローバルな行動を呼びかけられるのか。国連さえも継続できるのか。ロシアが組織的に私たちに?をつき、その間に戦争の準備をしていることを知っていながら、どうやってロシアと合意できるのか。

従来の戦争による生態系へのダメージは、生態系の破局に近い痛みだった。もしそれがウクライナで生じたら、欧州のグリーン・ディールの中で、この被害の除去が優先されるだろう。

消費者は幸福度の激減に慣れなければならない。天然ガスや石油の供給は配給制になるかもしれないし、若くて健康な人はこれからの冬、生命を脅かすほどではないが、不快な寒さに見舞われるかもしれない。

またエネルギー価格の急騰やサプライチェーン(供給網)の深刻な混乱が生じるかもしれない。ロシアと中国が完全に遮断された場合のシミュレーションはされていないと思われる。従ってエネルギー以外のどの分野で混乱が生じるかを推定するのは困難だ。ロシアだけを追放する場合は深刻ではないが、ロシアと中国のブロック全体を追放する場合は非常に深刻だ。

世界が二分されれば、われわれは全く別の生産モデルを考える必要がある。何十年もの間、中国とロシアに頼ってきたからだ。そうなれば世界は経済的にかなり貧しくなり、貿易もできず専門化もできなくなる。

いずれにせよ、再生不可能なエネルギーへの需要は大幅に減るだろう。エネルギー価格が高騰すれば、今日のような安くて暖かいぜいたくな暮らしはほとんどできなくなる。もし10年前に欧州が自らロシアのエネルギーとのデカップリング(分断)を進めていれば、プーチン大統領の攻勢を容易に防げたかもしれない。

◇   ◇

以上は欧州での話だ。日本は比較的安全な供給元からのエネルギーの多様化で良い備えをしている。経済も政治もロシアの大きな影響を受けることはない。戦時経済の主要な影響を避けるのはずっと容易だろう。

しかし戦争状態が緩和されたとしても、双方の緊張が続くままだったらどうだろうか。その場合には、経済を武器として長い間使うことになる。

軍事衝突が長引けば、人命、インフラ、経済全体に及ぼす途方もないコストに加え、生態系へのダメージは計り知れない。戦争ほど地球を汚染するものはない。

戦時経済はあらゆる生態学的なコストをかけて武器と防衛体制を整備する。例えば環境調和的に兵器を生産しても、戦争はまさに相手にとって壊滅的であることを目的とする。一方の側の目的は、相手側の領土になるべく多くの廃棄物を出し、相手のタンカーをすべて燃やし、人命の破壊はもちろん、相手のアパートをすべて破壊することだ。戦争ほど非論理的なもの、非環境調和的なものはない。

核戦争にエスカレートした場合、この記事を書く意味さえなくなってしまう。グリーン・ディールは、地球をほぼゼロから再び緑化するために1世代か2世代待たねばならないだろう。核の冬、すなわち氷河期に近い状況は、この先何年も核廃棄物を処理し、環境にとって恐ろしいものになるだろう。一刻も早く、生態系の課題に対処できる状態に戻れることを祈りたい。

平和的な解決策を早く見つける必要がある。おそらく日本はエスカレートした状況を沈静化するための調停役を果たせるはずだ。だがその役割は日本だけにあるのではない。今こそ優れた交渉人、外交官、科学者や経済学者といった個性的な人々が必要だ。そして私たちが経済の配線を変更するときは徹底的に行うことだ。この地球上の私たち全員にとって、緑豊かな、そして平和な未来のために。

 

 

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