ウクライナ危機、アジアにも北風 勢いづくロシア極東軍

 

本社コメンテーター 秋田浩之

 

シベリアでの軍事演習に現れたロシアの「S400」ミサイル発射システム(ロシア国防省提供)=AP

 

ウクライナ危機は緊迫した状況が続いている。米ロの対立は欧州にとどまらず、アジアの安全保障も脅かす恐れがある。日本など主要国はこの動きから目を離せない。

この危機への対応として日本政府内で議論されているのは、ロシアが侵攻した場合の制裁案や、エネルギーの安定確保に向けた方策などが中心だ。

ただ、対ロ制裁は、ウクライナ危機が日本にもたらす試練の入り口にすぎない。より深刻なのは米ロのあつれきが強まり、アジアの地政学図にも少なからぬ影響が及ぶことだ。

 

オホーツク海が米本土攻撃の拠点

第一に、ロシア極東周辺でも、米ロの軍事緊張が高まるだろう。日本海やオホーツク海では既にロシア軍の動きが活発になっており、日本の安保担当者や自衛隊幹部は警戒を強めている。

たとえば昨年12月、ロシア軍は新たな原子力潜水艦を極東に就役させるほか、千島列島の松輪島に初めて地対艦ミサイルを置くと発表した。

今年1月下旬から2月にかけては、ロシア太平洋艦隊が日本海、オホーツク海で戦闘艦艇など約20隻を動員し、大がかりな演習に踏み切っている。

これに関連して、ロシア側は2月12日、演習海域に近い「ロシア領海」に米潜水艦が入ったと抗議。米軍が全面否定するなど、現場ではきな臭い空気が漂う。

遠く離れたウクライナの緊張がアジアにも及ぶのは、ロシアの軍略と深い関係がある。

ロシア軍は核ミサイルを積んだ原潜をオホーツク海に配備している。米国と核戦争になったら米本土に反撃するための最終兵器であり、ロシアにとって国家の生き残りがかかった生命線だ。

ロシア軍はこれら原潜が脅かされないよう、今後、オホーツク海とその周辺の軍備をさらに強めるだろう。その結果、日本周辺でロシア軍と米軍、さらには自衛隊との緊張は高まらざるをえない。

ロシアは北方領土についても「オホーツク海を守る『防衛線』の一部とみなしている」(ロシア軍事の専門家)。北方領土の戦略価値が高まるなか、ロシアは返還に応じるどころか、一層の軍事化を進めかねない。

 

ミサイル制限、中国を利する恐れ

もうひとつ気がかりなのは、ウクライナ危機が中国をにらんだ日米の防衛戦略にも、狂いを生じさせかねないことだ。

波乱の芽は1月26日、バイデン政権がプーチン・ロシア大統領に伝えた文書回答にある。

米回答によると、バイデン政権はロシアが求める北大西洋条約機構(NATO)の不拡大を拒む一方で、互いの懸念を和らげるため、次のような趣旨の軍備管理案を示した。

■地上配備型の短・中距離ミサイルについて、配備制限の協議に応じる。

■欧州方面で軍事演習をする際、米ロが互いに透明性を高める。

■米国はルーマニア、ポーランドのミサイル防衛基地の情報をロシアに開示し、ロシア側も自国のミサイル基地2カ所について相応の措置をとる。

米ロの緊張を少し和らげるのに役立つとしても、これらの提案はアジアの安全保障を脅かす恐れがある。結果的にアジアでの中国軍の立場を強め、地域を不安定にしかねないからだ。

その筆頭が、1つ目の短・中距離ミサイル制限に関する協議である。米ロは1987年に結ばれた中距離核戦力(INF)廃棄条約で、射程500〜5500キロの地上発射型ミサイルの保有を禁じてきた。

この間、INF条約に縛られない中国は同条約が禁じるミサイルを大量につくり、すでに千数百発を配備したもようだ。

中国はすでに海空軍力でもアジアの米軍をしのいでおり、ミサイル格差が広がれば、軍事バランスはさらに中国優位に傾く。そうなれば、台湾海峡や東・南シナ海の安定は揺らいでしまう。

トランプ前政権はこの状況への懸念もあって、INF条約から離脱、条約は2019年に失効した。バイデン政権が再び、ミサイル制限を設けるなら、米ロだけでなく中国を組み込まなければ、アジアの安全保障は損なわれる。

 

中ロ共闘で揺さぶり

米回答のうち、軍事演習とミサイル防衛基地の透明性を高める提案は、欧州方面だけを対象にしている。しかし、これらもアジアに無関係とは言い切れない。

複数の外交筋によると、プーチン氏は米ロ軍備管理の対象にアジアも含めるよう、米側に逆提案してくる可能性がある。それにより日米や米韓の演習に足かせをはめるほか、日韓に米軍が配備するミサイル防衛システムの情報開示を求める意図が透ける。

米側が交渉に応じることは考えづらいが、ロシアは中国とも共闘し、日米、米韓、米・オーストラリア同盟への揺さぶりを強めそうだ。中ロは2月4日の共同声明で、米英豪の安保枠組み「AUKUS」を批判し、アジアへの中距離ミサイル配備にも反対した。

日本政府はこうしたアジア情勢の分析や懸念を米側に非公式に伝え、注意を促している。

ただ、戦争と隣り合わせのウクライナ問題に忙殺されるバイデン政権は、この危機がアジアにもたらす影響について十分、目配りできない恐れがある。日韓豪、インドなどは米側と密に分析をすり合わせ、アジアの安全保障リスクが見過ごされないようにすることが肝心だ。

 

 


 

間陽子 政策研究大学院大学 政策研究科 教授

コメントメニュー

分析・考察非常に重要な指摘です。これから日本の国家安全保障戦略を見直すにあたって、アジアにおけるミサイル格差の問題は避けて通れないのですが、アメリカがそのことを忘れて米ロ間でヨーロッパだけのバランスで物事を考えてしまうと、アジアで日本が宙ぶらりんになってしまいます。アメリカに、ちゃんとグローバルな軍事バランスを考えてくれるよう、常に言い続けないといけません。INF条約も中曽根元首相がいなければ、日本の利害は無視されていました。


 

 

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