2030 Game Change 識者に聞く

米主導の秩序、二度と戻らず ブレマー氏が読む次の10年

 

3年越しとなるウイルスとの戦い、強まる一方の巨大テック企業の影響力、米中超大国の激しいせめぎ合い……。世界の力学が想像を超えたスピードと広がりで変化する。2030年の世界はだれがどんな形で動かしているのか。国際情勢の将来に目を凝らす米ユーラシア・グループのイアン・ブレマー社長に「今後の10年」を読み解いてもらった。

 

――米国と中国が台湾、米国とロシアがウクライナを巡り、それぞれ緊張を高めています。

心配なのは台湾よりウクライナだ。米ロ間に建設的な協力はほとんどない。ロシアがウクライナに侵攻すればロシアが制裁で負う経済的な打撃は甚大だ。このようなことは対中では決してない。米中の新冷戦は起きないが、突然に真の衝突がロシアとの間に起きる可能性ははるかに高い。

 

――2030年、世界のルールを決めるのは誰か。米国主導は続きますか。

世界秩序は米国主導には二度と戻らない。非常に強い確信を持って言える。まず米国自身の分断があまりに著しくそれを望むことすらできない。第二に、中国が全く同調しないし、そもそも存在が巨大になりすぎる。もし米主導の仕組みで中国が失敗すれば米国の損失も極めて大きい。(世界のリーダーが不在の)「Gゼロ」の地政学的な環境のもとで、数多くの構造要因が米国の「復帰」を困難にする。

 

テクノロジーのルール、企業が決定

――世界に調和できないルールが乱立するおそれはありませんか。

どんなルールかによる。我々は気候変動についてのルールを作り始めており、その動きの大半は米国の外で起きている。サプライチェーン(供給網)は中国、規格や基準づくりは欧州の存在がそれぞれ優勢だ。どの企業やエネルギーに投資したいかは銀行が決めている。北京とワシントンで「ポスト炭素エネルギー」のルールを決めることにはならない。

一方、将来の安全保障環境では米中の関与が大きい。例えば中国が主張する南シナ海での権益をどう扱うかなどの課題では、多額の軍事費を投じる米中がルールを仕切る。欧州勢や日本は大きな支出もしていないので大きなことは言えない。この分野では米国は非常に支配的な存在だ。

つまり、これから我々は単一で一貫したグローバル秩序ができるのではなく、課題ごとに違ったタイプの参加者がルールを決める時代に入る。

最も問題含みなのがテクノロジーの分野だ。ルールは企業が決めることになる。デジタルの参加者がバーチャルの世界で自治権を行使する一方、いかなる政府部門も何ら大きな影響力を及ぼせない。もしこの傾向が2030年まで続くなら、世界各国の政府はほんの一握りの企業と権力を分け合う。企業はデータに関するあらゆる点で主権を真に握る。

 

――人類にとってそれは良いことですか。

はっきりしない。いくつかの分野では政府部門の力は衰え、テック企業は一段と自由に振る舞える。テック企業は米中関係でもより大きな役割を演じる。企業はグローバルな「つながり」の確保を重視し(米中による)戦争や冷戦の可能性を下げるだろう。

一方、企業は市民に対してでなく、第一に株主に対して責任を負う。彼らのビジネスモデルが不平等を深め、市民や国家の個別の利益を頻繁に混乱させる。民主主義も確実に傷める。

 

――政治はそうしたテック企業への規制強化に躍起になっています。

成功するとは思えない。テック企業は政府が追いつく能力を超えてはるかに素早く動く。メタ(旧フェイスブック)の最大の脅威は政府ではない。違った新しいメタの登場だ。彼らのビジネスモデルが新参者に取ってかわられ収益を独占されてしまうことだ。

政府のリーダーはテック企業に怒りをあらわにする。だが怒りのぶつけどころが一致しない。リーダーはテック企業が国家の富の大半を握っている現実も自覚している。成功しているテック企業を痛めつけすぎると、代わって中国の企業が成功を収める。それも望んでいない。

テック企業の支配力が今後さらに高まる可能性がある=AP

――普通の人々はどう思うでしょうか。巨大企業が専制国家のようになり、格差を拡大する存在になるとすれば……。

影響力を及ぼすいかなる者にも、人々はますます怒りを覚えるようになる。政府を、メディアを、企業を、そして銀行家を嫌う。強制されたグローバリズムは平均的な人に恩恵をもたらしていないと思われている。

 

テック巨人が民主主義の脅威に

――世界の民主主義は脅威にさらされていると考えますか。

日本でもカナダでもドイツでも、民主主義に脅威は及んでいない。民主主義はここ米国でストレスを受けている。米国の前大統領は「選挙が盗まれた」とうそをつき、共和党と大半の支援者を何とか引き付けようとしている。民主主義と全く相反する動きだ。

なぜ米国でそれが起きているのか。3つの要素がある。まず、米国が強力な起業家精神と民間部門、個人主義に支えられた国であることだ。労働と資本の関連が薄れる(働いても報われない)ことで、不公平は広がる。企業の利益やカネの存在が一段と大きくなる状態に人々は怒りを覚える。

第2に、米国は人種間の不公平に決して向き合っていない。巨額を投じた(1930年代の)ルーズベルト政権のニューディール政策で黒人を体系的に排除した。黒人は他の人種と違い、大学に行き、富を稼ぐことが全くできなくなった。今ですらその影響がある。

移民の流入や人種別の出生率の違いから、米国では2045年に白人の人口が少数派になると予想されている。白人と黒人の双方が人種間の扱いの差に怒りをあらわにする。こうした文化戦争は米国に特有だ。

第3に、米国が強力なメディア企業とソーシャルメディアを持ち、個人の影響力が最も強く作用する国であることだ。情報空間でフェイクニュースと過激主義を支持する傾向が増幅される。

世界経済でドルは準備通貨として揺るぎない地位にある。米国は世界のワクチン外交をリードする。金融市場やエネルギー企業も、米国が最大で最良といえる。しかし政治は最もひどい機能不全を起こしている。

 

新しい産業革命が短期間で

――2030年には米中の経済規模が並ぶと言われています。一方で米国も中国も成長の鈍化という試練に直面します。勝者はどちらに?

中国の問題の方が大きい。なお中所得国としての弱さを抱える。企業債務の問題も格段に大きく、近い将来に(少子化などの)人口問題にも直面する。2100年に中国の人口は(今の14億人から)7億〜9億人となり、インドよりも米国に近づく。世界を制覇する国ではない。

中国も世界の不調和の大きな要因に=AP

中国はいま信じられないほどのテック企業を抱え、誰よりも大量のデータを手にしている。この動きが最も重要な生産性の向上や経済成長に結びつけば中国は勝利できるかもしれない。だが、基本的な条件が同じならば米国はずっと有利な位置にいる。

2030年に勝者が決まるとは思わない。これから目にするのは一段と深刻な不調和と不平等だ。そして気候変動はもっと大きな問題になる。

過去50年はグローバルな中産階級の出現が起き、グローバル化が持続した時代だった。これからの10年間はそうした動きが鈍る。本当に富める人々がおり、それほどうまくいかない大量の中間層の人々がおり、より大きな分断が起きる。

気温上昇の結果、多くの雇用が失われる。それを受けて国家が一段と保護主義に走ると、生産性が大きく上昇しても資源配分はもっと不公平になる。こうした構図が中国を苦しめるだろう。

 

――エネルギーの未来をどう展望しますか。目下は化石燃料の争奪戦が起きています。世界は循環型社会に着実に歩を進めていくでしょうか。

我々は転換点を越えた。今後20年、1つの世代を通じ、世界の電力源の主体は再生可能エネルギーになると相当な自信を持って言える。持続性を伴う新たな産業革命が非常に短期間に起きる。

私はこの惑星の将来を一段と楽観的にみている。ここまで偽情報、分断、選挙などうんざりする話をしてきたが、気候変動に関しては世界が団結している。地球温暖化が現実のものであり、我々の責任で対処することに世界全体が同意した。

 

――気候変動を否定するトランプ氏が2024年の選挙で再び米国の大統領に選ばれたとしても、そう言えますか。

たとえトランプ氏が再び大統領になっても、何かをするにはもう遅すぎる。電気自動車やバッテリーへの投資ははるかに進んでおり、石炭は消えゆく運命だ。それに抗してトランプ氏はなにもできないだろう。

 

AIが分断の引き金に

――2030年の人工知能(AI)の役割は。兵器に搭載したり、人事の評価を決めたりする可能性もありますね。

心配なのが、子供たちの思考の過程がアルゴリズム(計算手順)によって支配されつつあることだ。私が子供のころは「自然」対「育成」、つまり遺伝的に(子供が自然に)しつけられるのか、親が(育成の一環で)しつけるのかという問題だった。それがいまや「自然」対「育成」対「技術」の構図になった。

これから10年たてば、アルゴリズムで思考過程が形作られたヤングアダルトの時代が来る。これは世界をもっと深刻な分断に導く。アルゴリズムは模範的な市民を作ろうとしないからだ。

あなたは子供にいい人間になってほしいと思うだろうし、幸せにする方法を理解したいだろう。だがアルゴリズムはそうしたことはお構いなしだ。彼らは人間をお金の面で意味のあることに仕向けていく。AIが市民にもたらす影響を私は非常に心配している。

バイオテクノロジー(生物工学)もAIに関連してくる。文字通り違った種類の人間が作られていく。違った能力や耐病性を持ち、住む国や資金力に運命が左右される。短期間にそうした技術力を手にしても、我々はどう利用するのかという責任ある答えを見いだせない。そんな時代が極めて近く来ると思っている。

 

Ian Bremmer 米スタンフォード大学で政治学博士号を取得、1998年に世界の政治リスク分析の草分けとなる米調査会社、ユーラシア・グループを設立し、社長に就任。日米欧をはじめ世界各国の政治リーダーや経済人と交流がある。52歳。

 

 

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