グローバルオピニオン
国家しのぐ巨大テックのリスク イアン・ブレマー氏
米ユーラシア・グループ社長
デジタル技術は多くの点で私たちの暮らしを良い方向に変えているが、2022年には新たな弱点があらわになるだろう。偏ったデータに基づくアルゴリズム(計算手順)の有害な判断が、数十億人の暮らしや働き方に影響を及ぼし、オンライン上の暴徒が暴動をあおり、ハッカーが私たちの情報を盗む――。こうした脅威は全て、巨大テック企業がルールを決めるデジタル空間で拡大する。
これは今までにない事態だ。これまでは国民国家が国境を定め、社会や暮らしのルールを執行してきた。今は、巨大テックが全く新しい次元の地政学や経済、社会的交流を設計・構築し、管理している。人々が何を見聞きするかを決め、私たちの思想に影響を及ぼすアルゴリズムを作っている。
日々の暮らしの重要な部分だけでなく、国家に必要な機能の一部さえもがデジタル世界に存在するようになり、社会をきちんと統治する意思も能力もないテック企業が未来を形作ろうとしている。22年には、個人が仕事でも家でもデジタル空間で過ごす時間が増える。経済システムもいずれは分散型のブロックチェーン技術を基盤としたものになるだろう。
各国政府はこうした状況に歯止めをかけようとしている。欧州連合(EU)は22年、巨大テックのビジネス慣習の一部を制限する新法を制定する。米規制当局は反トラスト法(独占禁止法)訴訟を進め、デジタルプライバシーを守る新たな規制策定に着手する。
だが、これらは戦略ではなく規制上の戦術にすぎない。巨大テックの巨額な利益や影響力に切り込む政府は当面あらわれず、巨大プラットフォーマーが君臨し続けるデジタル分野への投資力を制限しようとする当局もないだろう。
中国もこうした問題と無縁ではない。中国には世界で最も発達したネット検閲システムや監視体制があり、習近平(シー・ジンピン)国家主席は大きくなりすぎたとみなす企業をちゅうちょなく取り締まる。だが、中国共産党は一党独裁体制を維持するために、強固で回復力のある経済成長を必要とする。起業家精神にあふれた有能なテック業界の開拓者や民間企業に対する習氏の締め付けが度を越せば、デジタルインフラの発展が妨げられ、長期的には生産性や生活水準を高められなくなる。多くの場合、中国政府が体制への潜在的な脅威とみなしている企業こそが、経済にとって不可欠な柱でもある。これは民主主義国家か強権国家かにかかわらず、どの国にとっても根本的なジレンマだ。
今の世界にはリーダーがいない。新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)への対応や気候変動、紛争解決、移民や難民への協調的な対処など、グローバルな問題をかじ取りする意思と能力を備えた国も常設の国際的組織もない。もっとも、デジタル空間の統治はさらに貧弱だ。巨大テックは政治権力に見合う統治の仕組みがない発展途上国のようだ。経済は急成長しているが国民に教育を施し、安全を守る能力がまだ伴わない国と同様に、自らが生み出しつつある新たな空間やツールを統治する能力も意思もない。
巨大テックの統治不全は社会やビジネスに損失をもたらす。22年の米中間選挙の前にはデマが広がり、米国の民主主義への信頼は一段と低下するだろう。テック企業と各国政府は、データのプライバシー、安全で倫理的な人工知能(AI)の利用、サイバーセキュリティーの統治を巡って結束できないため、こうした問題を巡る米中の緊張は高まることになる。
グローバルな問題に対し有効な解決策を講じられる国、もしくは企業は存在しない。このため各国政府の威信はさらに低下し、社会契約のほころびは拡大するだろう。これが今の世界の現実だ。
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国際協調がカギに
巨大IT(情報技術)企業は各社とも、各国・地域の法令順守を宣言している。しかし現実には、国家の立法や政策と真っ向から対立する場面が目立つ。
2014年にスペインが報道記事見出しを表示するサービスに対し使用料を支払うよう義務付けると、米グーグルは同国向けの「グーグル・ニュース」サービスを閉鎖し、同国メディア業界は衝撃を受けた。曲折を経て同サービスはようやく今年再開する。
オーストラリアも同じような法律を制定。グーグルと米フェイスブック(当時)がサービス閉鎖をちらつかせて抵抗したが、結局使用料を払うことでひとまず収まった。巨大ITが全世界の社会基盤の機能を担っているため、サービス閉鎖は強力な脅しになる。
巨大ITを一国が単独で制御するのは難しく、政策の国際協調の可否が今後の行方を決めるカギになる。ブレマー氏はリーダー不在からその可能性に悲観的だが、明るい兆しはある。少なくとも欧米日では問題意識が共有されつつある。議論の進展を期待したい。