時論・創論・複眼

 

脱炭素時代の半導体に勝機 天野浩・名大教授に聞く

 

本社コメンテーター 中山淳史

 

 

あまの・ひろし 1988年名古屋大院工学研究科満期退学。2010年同大院工学研究科教授、15年同大未来材料・システム研究所教授に就任、現在に至る。故赤崎勇氏、中村修二氏とともに14年、「高輝度、省エネルギーの白色光源を可能とした高効率青色発光ダイオードの発明」でノーベル物理学賞受賞。ビル・ゲイツ氏にあこがれて研究の世界へ。61歳

 

元気を失った半導体産業の復活に向け、日本ができることは海外有力企業の国内誘致だけだろうか。これまでの研究開発の蓄積を駆使し、自助努力で可能なこととは何だろう。2014年に青色発光ダイオード(LED)でノーベル物理学賞を受賞し、現在は半導体の新素材開発に携わる名古屋大学の天野浩教授に聞いた。

 

広がる新市場、日本に強み

――ノーベル賞受賞から8年。青色LEDと同じ素材「窒化ガリウム(GaN)」で新たな可能性が開けそうだと聞きます。

「半導体の素材といえばシリコンというのが常識かもしれない。だが、シリコンにも向いている用途とそうでない用途があって、これからは向いていない用途が増える。引き金を引くのが世界的なカーボンニュートラル(温暖化ガスの排出実質ゼロ)の動きだ。そうした分野で注目されるのが化合物半導体だ。中でも、窒素とガリウムが結合したGaNに大きな市場ができる」

――シリコンとGaNはどう違うのでしょう。

「簡単に言えば、シリコンは低い電圧、小さい電流のもとで効率的に働く性質がある。ロジックやメモリーという形でパソコン、スマートフォンの演算処理に使うのはそのためだ」

「一方、これから需要が広がるのは高電圧・大電流での用途だ。電気自動車(EV)、携帯電話基地局、データセンター、再生可能エネルギーの蓄電・送配電システムがそうだ。それらに使う電力供給半導体や電圧、周波数を変える半導体はパワーデバイスと呼ばれ、GaNが材料に適している。シリコンでは電気抵抗による電力喪失が大きく、効率が悪い」

EVなど高電圧・大電流向け半導体市場が広がる(4日、米ラスベガスでEV事業の新会社設立を発表したソニーグループ吉田社長)

――GaNはもう使われていますか。

「EVにはまだシリコン系を使うことが多い。いくつか理由はあるが、GaNの量産が難しかった点が大きい。研究は1990年代に始まったが、高品質の結晶を安定的につくるのに時間がかかった。青色LEDは1平方センチメートルあたり10の8乗から9乗(1億〜10億)の『欠陥(結晶の乱れ)』があっても光ったが、EVに使うとなれば10の4乗(1万)程度に抑える精度が求められる」

――量産にはまだ時間がかかりますか。

「技術的には安心して使ってもらえるところまで来た。製造技術もあるが、残った課題が事業化の担い手を見つけることだ」

「長年一緒に研究する大手電機メーカーは多いが、ビジネスとなると話が違うらしい。量産には数百億〜1000億円の投資が必要とあって、なかなか前に進まない。昔と比べて日本企業はリスクをとらなくなっている側面もある」

――日本政府が世界最大の半導体受託製造会社、台湾積体電路製造(TSMC)を4000億円の補助金つきで誘致します。こちらはシリコンです。

「それに比べれば(GaNは)安い投資だと思う。競争力のあるEVを開発するには、GaNのパワーデバイスを使うと差異化も容易だ。電力喪失が小さいうえ、デバイス自体が小さいのでシステム全体を小型軽量化できる。大幅なコストダウンが可能だ」

――中国も化合物系の素材に注目していると言います。

「米欧も取り組んでいる。それらが何年も追いつけないほどのノウハウが日本にはあると思う。日本は材料分野に強みがある。シリコンでは台湾や韓国、中国との競争が激しく、今から巻き返すのは難しい。後追いをするより、GaNの新市場で先行したらどうか。GaNを含め、化合物系の半導体はシリコンを使う半導体の1000分の1程度しか市場規模がない。せっかくの好機でもあり、国内企業の手で世界に広げてもらえたらありがたい。昔のようなアニマルスピリッツに期待している」

――EV以外ではどうですか。

「基地局やデータセンターの電源装置はおそらくGaNに置き換わっていく。データセンターについて言えば、通信に遅延が起きないよう、利用者の多い都市部に置くケースが増えているが、寒冷地でないことが多く冷却装置が要る。その点、GaNだと空調がなくても動く。シリコンが生み出した経済圏があるとしたら、それを動かすのがGaNだと考えればわかりやすい。5G(第5世代移動通信システム)も『ビヨンド5G』もGaNがあればこそ、能力を発揮できるわけだ」

ノーベル賞受賞が決まって記者会見した赤崎勇氏と天野氏(14年10月)

 

投資でダイナミズムを

――まだそんな技術があったのかという驚きが、日本の自信回復につながる可能性もありますね。

「青色LEDを思い出すと、普及のペースは遅かった。困ったなと思った時に携帯電話が出てきた。照明にも広がった。需要は社会の動きと連動している。今回はカーボンニュートラルだろう。日本は特に電源構成で75%が火力だ。再生エネルギーへの移行は待ったなしであり、そういう社会になった時に、国全体で必要な素材が何かということだ。影が薄くなったといわれる日本だが新しいものが出てくれば活気も戻る」

――日本の研究力が劣化しているといわれて、久しいです。

「劣化という言葉が正しいかどうか疑問だ。私は悲観する必要はないと思っている。研究者の数を文部科学省の統計で見ると、大学と企業、公的機関を合わせてわずかだが増えている(05〜07年の平均と15〜17年の平均の比較)。人口あたりで見て他国と見劣りすることはない。論文の数は確かに減ったが、それは企業が技術をまねされないように戦略的に公表を控える傾向が強まったためではないか。大学発の論文は昔とそう変わっていない」

――「良いイノベーション」という点を著書などで訴えています。

「研究者になった時から考えていたことだ。イノベーションには『良い』と『悪い』があって、社会に貢献するものが良いイノベーションだと思う。大学に眠らせておくのでは意味がない。お金を持っているだけでは役に立たないのと同じで、経済を回して初めて意味を持つ。青色LEDではそれができた」

「日本の現状を見ても、現金と預金で家計部門の5割超を占めるが、米国は6割が投資だ。米国は欧州のメディチ家のような大富豪がいなかったので、大勢の人から小口で資金を集め、投資する文化ができた。歴史や文化の違いはあるとして、日本は投資に慎重な文化のままではダイナミズムを生みにくい。そうした点も今後考える必要がある。投資で経済が大きくなる循環を期待したい」

――大学院の学生に起業を経験させていますね。

「スタートアップ企業をつくるトレーニングをしている。始めて4年になり、事業モデルを競う外部のピッチコンテストで賞金をもらったり、そのまま起業したりする学生も出てきた」

「リスクをとる意味を学生のころから学んでほしい。リスクの担い手としては個人、企業、国とあるわけだが、研究者もこれからはビジネスマインドを持ち、リスクが判断できる能力を持つべきだ。研究一本というのはもう昔の話だ」

 

〈聞き手から〉「ブルーオーシャン」からの再興探ろう

シリコン系の半導体は搭載された機器類の情報処理能力や通信量を見ても、計り知れないほどの経済圏を生み出した。一方で、経済全体で見れば、デジタル化された世界の割合はほんの1割程度にとどまるとの指摘もある。巨大な富を生んだ企業の代表である米国のグーグルやアマゾン・ドット・コムも、支配的な地位を築いたのは電子商取引や広告など一部の領域にすぎないのが現実だ。

今後はネットとモノがつながる「IoT」や、物理空間と仮想空間の融合技術として注目される「メタバース」を通じ、残る9割の「フィジカルエコノミー」をデジタル化する動きが活発になる。画像データの急激な膨張をにらんでか、22年はデータセンターへの投資が従来にも増して加速するという。

そうした動きは、シリコン系半導体の需要を広げるだけにとどまらない。データセンターには天野氏の指摘通り、電力使用を効率的に制御するパワーデバイスが不可欠だ。仮想空間とつながり、運転に必要な情報や新たなソフトを入手するEVも、高性能のパワーデバイスをたくさん積んで動く。シリコンと、GaNに代表される化合物半導体はコインの表と裏の関係にあるわけだ。

半導体の再興を考える日本の戦略も幅を広げて考える時かもしれない。シリコン系は日本にとって過当競争を意味する「レッドオーシャン」でも、GaNは肥沃な「ブルーオーシャン」の可能性がある。そこに新産業創造を探る余地はあるだろう。

 

 

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