経済教室 データから社会を読む

 

「情報的健康」目指す仕組みを

 

 

鳥海不二夫・東京大学教授

とりうみ・ふじお 76年生まれ。東京工業大博士(工学)。専門は計算社会科学、人工知能の社会応用

ポイント

○ 不適切な情報選択が社会問題につながる

○ 直感に頼る判断と注目経済が偏りを加速

○ 自身の情報の偏りを知るのも解決の一助

 

現代社会は情報にあふれている。情報収集に使える時間の中ですべての情報を確認することは到底かなわない。従って、取捨選択こそが重要である。その方法として多くのサイトに導入されているものに、推薦システムがある。興味にあった情報を優先して表示してくれる推薦システムは、限られた時間で情報を得るのに適している。

また、ソーシャルメディアでは、自分と似たような趣味を持つ人と友人関係をつくったりフォローしたりするため、興味に合った情報を取得できる可能性が高い。主に「人に伝えるべきだ」と判断された情報が共有されるため、質の高い情報である可能性も高い。

一方で、推薦システムはフィルターバブルの要因となる。フィルターバブルとは、提示される情報を推薦システムが制限することによって、興味がない情報が遮断され、泡に包まれたように自分が見たい情報だけしか見えなくなることをいう。自分と興味の合った人々とだけコミュニケーションすることで、あらゆる方向から自分と同じ意見が返ってくる情報空間を作ってしまうエコーチェンバー現象も存在する。

フィルターバブルやエコーチェンバーの中にいると、偏った情報とだけ接触することになり、その情報に対する信頼度や信念が高まる。そのため、時には自分自身の信念に沿った情報であればフェイクニュースであることに気づかずに信じてしまうこともあれば、信念に沿わない情報をデマだと思い込んでしまうこともある。不適切な情報の取捨選択は、異なる意見に対する不寛容や社会の分断をもたらし、誹謗中傷や炎上の要因となることがある。

こうした現象が生じる根本的な要因には人間の非合理性があると言われている。ここでは行動経済学などでよくいわれる、人間の行動をモデル化した二重過程理論から考えてみよう。

 

◇   ◇

人間の思考にはシステム1、システム2という2つのシステムが存在する。システム1は暗黙的システムとも呼ばれ、無意識かつ自動的に判断を行うシステムを指す。システム1が動いているときは、直感的な好き嫌いで情報を判断するなど、非合理的な判断を動物的に行うことがある。

一方、システム2は明示的なシステムであり、データなどを精査して判断する合理的な仕組みである。システム2ではあらゆる情報を精査してじっくりと考えて意思決定ができる。ただ、システム2は脳に負荷をかけるため、通常我々はシステム1を使って日常の意思決定を行っている。そこで用いられる合理性は限定的なものとなる。

例えば、面白そうな情報と必要そうな情報があった場合、必要そうな情報を(システム2によって)得ることが適切な意思決定を行う上では望ましいが、実際には面白そうな情報を(システム1によって)選んでしまいがちである。

我々の日常的な行動はシステム1によってコントロールされているため、本来あるべき多様な情報を得られる行動よりも、より心地よいフィルターバブルやエコーチェンバーの中にいることを選択してしまう。

我々をフィルターバブルに閉じ込めるもう一つの要因がアテンションエコノミーである。注目経済と訳されるが、人々の注目を集めることによって経済的インセンティブ(誘因)が得られるシステムのことだ。

ネット上のサイトの多くが広告モデルによって成り立っている。読者には無料で情報を提供する一方、サイト内に広告を設置することで広告主から対価を得る。広告収入=広告料×クリック率×アクセス数という式によって広告収入が決定されると考えると、ここでの収入の最大化はクリック率とアクセス数の最大化と同義である。すなわち、サイトへのアクセス数を増やすことに経済的インセンティブが存在する。

では、アクセス数を向上させるためには何が必要だろうか。素朴に考えれば「よい情報を提供する」ことにある。しかし、よい情報かどうかは中身を読まなければわからないが、読んだということは既にアクセスしてしまった後である。従ってアクセス数が多ければ、よい情報であるという関係は成り立たない。

たとえ意味のない情報であったとしても、アクセス率さえ高ければ経済的インセンティブはある。よって、アテンションエコノミー社会において情報は質ではなく、アクセスされやすさで評価される。質が悪く大した労力をかけていない情報であっても、価値があるように見せかけることさえできる。インパクトのある内容を見出しに持ってきて、クリックへの動機を向上させようとするタイトル詐欺なども存在する。

アテンションエコノミー下では、推薦システムはアクセス数を上げることを目的に導入される。システム1によって行動が支配されている我々は反射的に見てしまう「面白そうな情報」を「必要そうな情報」よりも優先する。そのため推薦システムは我々にとって必要な情報ではなく、単にアクセスしたくなる情報を提供することになる。

以上を考えると、システム1に支配されている我々と、アテンションエコノミーに支配されている情報提供者にとって、フィルターバブルやエコーチェンバー現象は短期的には都合のよい状況なのである。長期的には社会問題につながると分かっていても、簡単に逃れることはできない。

このような現代社会の情報環境は、ユーザーが欲しい情報だけに触れられるようになったことによるゆがみといえる。これは飽食の時代において好きな食べ物だけを食べている状態と類似している。もし好きなものが好きなだけ食べられるからとそれだけを食べていては不健康になってしまうだろう。それに対し我々はシステム2(または訓練されたシステム1)によってバランスのよい食事をとることができている。

だとすれば、我々は食事と同様に、バランスのよい情報摂取をシステム2(または訓練されたシステム1)によって実現できるのではないだろうか。欲しい情報だけを摂取することを「情報不健康」な状況とすれば、「情報的健康(インフォメーション・ヘルス)」を目指すデジタルダイエットを行うことも可能になるだろう。

◇   ◇

情報的健康の実現のためには、社会的な仕組みの導入も必要だ。例えば自分自身の情報環境が適切なものか、摂取している情報に偏りがないかを評価する人間ドックのようなシステムの導入が考えられる。食物におけるカロリー表示の様に、類似情報ばかりを見続けることによって適切な情報摂取が阻害される、偏った情報を得ている可能性についての注意を表示することも考えられる。

現在は様々な社会問題が発生している情報過多の時代だが、過渡期であるという見方もできる。いまの段階でこそ、「情報的健康」を考慮した社会の実現を目指す工夫が求められているのではないだろうか。

 

 


 

経済教室 データから社会を読む

 

課題解決の精度高まる 

 

 

笹原和俊・東京工業大学准教授

ささはら・かずとし 76年生まれ。東京大博士(学術)。専門は計算社会科学、社会イノベーション

 

ポイント

○ ビッグデータで社会を見渡す視点を得る

○ SNS上の生の声が課題解決の手がかり

○ 不確かな情報の氾濫が深刻な社会問題に

 

デジタル技術の発展によってオンライン(インターネット)であれ、オフライン(実世界)であれ、人々の行動や社会・経済活動の詳細が電子的かつ大規模に記録されるようになった。

このような新たに利用可能になったビッグデータと情報技術・数理手法を活用して、個人や集団、社会や経済をこれまでにない解像度とスケールで定量的に理解しようとするのが、計算社会科学という学際領域である。計算社会科学は、従来の仮説検証型の研究や理論研究だけでなく、社会課題に関する解決志向型(ソリューションオリエンテッド)の研究にも重きを置いている。

計算社会科学が対象とするビッグデータの中でも、SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)に日々投稿される大量の「生の声」は価値の源泉である。例えば、災害が起きると、SNSのユーザーたちが被害に関する最新情報を自発的に発信し、共有する。そのさまはしばしばソーシャルセンサーと形容される。

ソーシャルセンサーには、研究機関がもつ物理センサーでは捉えられないような言語化された有用なシグナルが含まれている。これらを適切に処理して抽出した情報は防災・減災へのタイムリーな活用が期待される。このような現状俯瞰(ふかん)や短期的予報(ナウキャスト)のツールとしてのSNSというのは、最も知られたソーシャルデータの活用方法である。

ソーシャルデータはそれ以外にも、社会課題解決の手がかりを得る上で重要な役割を果たす。ここでは2つの問題を取り上げ、計算社会科学におけるソーシャルデータの活用事例を紹介したい。

◇   ◇

1つ目は食の問題である。肉や乳製品を大量生産する現在の畜産を続けていると、二酸化炭素(CO2)の排出量が増加し、土壌・水質汚染が進行して地球環境を破壊し、深刻な食料不足につながることが懸念されている。

この食の問題を解決する手段として近年注目されているのが、大豆ミートなどの代替肉である。しかし、代替肉は畜産と比べて環境負荷が低いにもかかわらず、日常の食卓に登場するほどには普及していないのが現状である。代替肉が消費者に広く受け入れられない要因には、食品の味や栄養、機能だけでなく、人々がもつ食における「価値観の変遷」が関係していると考えられる。

同時代の人々に食の価値観を問うのであれば、アンケート調査をするのが一般的だが、10年前の人々にアンケートすることはできない。しかし、10年前のSNSの投稿ならば収集することができる。食の価値観の過去をいま知るためには、ヒストリカルなソーシャルデータ分析が有効手段となるわけだ。

そこで、2010〜20年の11年間にツイッターに投稿された「代替肉」という語を含む日本語の投稿(ツイート)を全て取得し、重複する投稿を削除するなどの処理をした後、ライフスタイル、健康、動物、環境、人口問題というそれぞれの価値観に関係するキーワードが投稿に含まれる割合を、年ごとに測定した(図参照)。

グラフを見ると、「マクロビ」(穀物や野菜をベースとした食事法)や「ヘルシー」などのライフスタイルや健康関係のキーワードと「代替肉」が共に出現するケースが年々減少している一方、代替肉が環境や動物の保護の文脈で言及される頻度が増加傾向にあることがわかる。

これは、この10年で代替肉における人々の興味関心が「利己」から「利他」へ変遷していると解釈できる。また、道徳的な用語の辞書を用いた同データの分析からは、代替肉が道徳語と共に出現する傾向が年々高まっていることが示され、食が道徳化していることもわかってきた。

ここに代替肉の普及のヒントがある。つまり、「健康によい」といううたい文句だけでは消費者の代替肉の購買にはつながらず、動物虐待をしないことや地球環境に優しいというエシカル(倫理的)な消費の根拠を示すことが消費者に対するアピールになり、代替肉の普及につながる可能性がある。その先に、食を通じた環境問題解決へという道筋が見えてくる。

2つ目は情報空間の汚染という問題である。20年に新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的流行)が生じ、それをきっかけとして様々な偽ニュースや間違った予防法などがSNS上に氾濫した。こうした不確かな情報が感染症のように人から人へと伝達され、間違った意思決定を誘発する状況を「インフォデミック」と呼ぶ。

このような状況では、間違った情報を正しいと信じてしまったり、正しい情報を正しいと判断できなくなったりして、それによって人々の不安や恐怖、差別や偏見が増幅される危険性がある。インフォデミックは人類が直面するもう一つの環境問題である。

コロナ禍のインフォデミックでとりわけ問題視されているのが、根拠なき反ワクチン運動の再燃であろう。これまでも「ワクチン接種で自閉症になる」などの誤情報は知られていたが、「ビル・ゲイツ氏がワクチンを人々に接種させ、監視用のマイクロチップを身体に埋め込もうとしている」という陰謀論まで登場して、その情報を信じて拡散している人々もいる。

◇   ◇

このような誤情報の拡散に伴いワクチンへの不安があおられると、接種に対する忌避的傾向によりワクチンの普及が妨げられ、それはこのパンデミックを長引かせる要因にもなる。

反ワクチン運動の舞台となっているのがSNSなのだが、その問題を克服する手掛かりもSNSにある。日本において反ワクチン派が、他のコミュニティーとどのような情報のやりとりをしているのかを、ツイッターのデータを分析して調査した。

その結果、ワクチンに関する情報拡散(リツイート)のネットワークや投稿内容の特徴から、反ワクチン派、ワクチン賛成派、政治的な左派と右派、そしてニュースメディアの5つのコミュニティーが存在することがわかった。

さらに、反ワクチン派の返信(リプライ)を使った「口撃」行動を調べたところ、反ワクチン派はニュースメディアに対して最もアクティブに、かつ、最も毒性が高い言語的内容を返信していたことが定量的に明らかになった。これらはソーシャルデータから社会的相互作用の全体像を可視化・測定することで初めて明確化され、反ワクチン派の口撃を封じるプラットフォームレベルの対策を講じるためのヒントとなる。

これらの例で見たように、社会課題を解決するためのヒントがソーシャルデータに内在している。計算社会科学でこれらを有効活用し、社会課題に対してインパクトのある解決策を打ち出すことで、社会科学としての学術的価値と社会的価値を共に創出することを目指していきたい。

 

 

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