コロナと世界 針路を聞く(1)

 

ウイルス共存へ最低3年 レッドフィールドCDC前所長

 

Robert Redfield 2018〜21年にトランプ米政権でCDC所長。エイズウイルス(HIV)の臨床研究で知られる。米陸軍の医療部隊に20年間所属した。現在は公衆衛生当局に助言する会社AMの上級医療顧問

 

感染が世界に広がり、3年目に突入した新型コロナウイルス。各界の第一人者や論客に意見を聞く。初回は米疾病対策センター(CDC)前所長のロバート・レッドフィールド氏。今後のワクチン接種や検査のあるべき姿、経済や教育を継続するための手法、事態収束への道筋などを示してもらった。さらなる感染症のリスクについても見解を求めた。

レッドフィールドCDC前所長

急速に広がるオミクロン型への対応で最も重要なのは依然としてワクチンの接種だ。ワクチンは時間の経過とともに効果が下がる。持続性の高い次世代ワクチンが開発されるまで、これから何度も打ち続けるのだろう。

いま開発を急ぐべきなのは信頼性の高い「免疫検査」だ。私と妻は同時に接種を受けたが、抗体の量を調べたら結果が大きく違った。追加接種を時期で判断するのは無意味だ。各個人が免疫の有無を年3〜4回調べて、いつ次を打つか判断できるのが望ましい。

定期的な感染の検査が不可欠だ。無症状の陽性者をあぶりだし、感染の連鎖を止める必要がある。例えば学校で週2回の検査をして、陽性者は家に居てもらうといった具合だ。

安全で責任ある形で経済を回し、学校を開き続ける手段はある。飲食店であれば立食はなくし、席の間隔を空ける。唾が飛ぶような大声で話さずに済むよう音楽の音量を下げる。単純に店を閉めるのは間違いだ。

「集団免疫」は当初から新型コロナには通用しないと考えていた。感染したり、ワクチン接種を受けたりしても予防効果が長続きしないからだ。感染しにくい集団と感染しやすい集団が常に存在することになる。

このウイルスは人類が地球にいる限り、存在し続けるだろう。消えることはない。うまく共存する方法を学ぶことが大切だ。ワクチン、感染や免疫に関する知識、抗ウイルス薬など、我々は共存するなかで対抗策を見つけていくべきだ。

失望する必要はない。このウイルスは変化している。既にオミクロン型は発病の方法が大きく変わり、従来の肺ではなく気管上部で複製しているようだ。最終的に喉や鼻で複製するようになれば、普通の風邪と同じようになる可能性がある。

新型コロナと共存する手段をすべて手に入れるには3〜5年かかるだろう。抗ウイルス薬の開発や検査能力が拡大すれば2022年はより平穏な年になる。ただ今後2〜3年「新型コロナからどう自分を守るか」を考え続けることになる。

新型コロナは「大パンデミック(感染症の大流行)」ではない。いまできる最も重要なことは大パンデミックへの準備だ。より深刻な呼吸器系のパンデミックに直面する高いリスクがあり、それは鳥インフルエンザの可能性が高い。

幸い我々はメッセンジャーRNAの技術を獲得し、ワクチンを数年単位ではなく数週間で開発できるようになった。次のパンデミックに向けてワクチン、検査、抗ウイルス薬の生産能力を高めなければいけない。

 

 


 

コロナと世界 針路を聞く(2)

 

膨らむ債務、国際協調試す マルパス世界銀行総裁

 

David Malpass 19年4月に第13代世界銀行総裁に就任。米証券大手のチーフ・エコノミストなどを歴任し、17年から19年まで米財務次官(国際担当)を務めた。トランプ政権下で対中交渉を担ったこともある。65歳。

 

世界経済は新型コロナウイルス禍で膨らんだ過大債務とインフレに直面している。広がるワクチン格差は各国の足並みに影を落とす。世界経済の再生をどう描くか。国際協調の立て直しは可能なのか。世界銀行のマルパス総裁に聞いた。

デービッド・マルパス世界銀行総裁

2021年の世界全体の経済成長率は5%程度と予測を少し下方修正した。先進国が持ち直す一方で途上国は弱いままだ。例えば1人当たり国内総生産(GDP)でみると、先進国の伸び率は5%あるが、途上国は0.5%と極めて憂慮すべき状況にある。

先行きのリスクはインフレだ。低所得者は(実質賃金の低下などで)インフレから身を守れず取り残される。金利上昇は途上国への新規投資を減速させて厳しい試練となるだろう。5年ほど前の米利上げ時も途上国には試練をもたらした。

コロナ禍で膨らんだ過大債務は世界経済の重荷となる。とりわけ低所得国は対外債務が20年に前年比12%増えて8600億ドル(約98兆円)と過去最大になった。返済負担の重さだけでなく、重債務国には資金を拠出する投資家もいなくなり、景気回復を妨げる要因になる。世銀は主要国に呼びかけて低所得国の返済を猶予するプログラムを導入したが、進展が遅い。例えばチャドとザンビアの債務を免除しようとしているが、チャドは負債額の確定だけで1年間もかかっている。

問題は途上国の債務の額がはっきりしないことだ。世銀の分析では、途上国債務は公表額よりも実際にはGDP比で30%も大きい場合がある。例えば14年以降の中国による途上国融資には、秘密保持のため契約に多くの非開示条項がある。途上国に融資しようとしても、ほかの借入先や負債総額が分からなければ、返済の確率すら分からなくなる。22年は途上国債務の透明性を一段と高め、減免などの再編も進めなければならない。

もう一つの世界の先行きリスクは引き続き新型コロナだ。アフリカなど貧困国は景気回復が大きく遅れており、ワクチン接種率の差が経済回復の格差につながっている。貧困国や途上国のワクチン接種の遅れはコロナ禍を長引かせ、変異型「オミクロン型」のように世界経済全体への大きな重荷となる。

ワクチン普及のため世銀は60カ国以上に資金を提供しているが、それはワクチン購入だけでなくその配送にも充てている。重要なのはワクチンを確保するだけでなく、迅速に効率よく確実に届けることだ。国際通貨基金(IMF)などとワクチンの普及に向けた定期会合を開いており、何が障壁となっているのか特定を急いでいる。

国際社会にとっては気候変動対策も重要な課題だ。世銀は同対策への最大の資金提供者であり、今後5年間の目標でみても融資全体の35%を占めている。世銀は石炭火力開発への融資から脱却した最初の金融機関の一つでもあり、中国やインド、ロシアといった主要排出国に対しては、脱炭素に向けた長期資金の供給を協議している。

 

 


 

コロナと世界 針路を聞く(3)

 

出遅れ日本に成長余地 垣内威彦・三菱商事社長

 

かきうち・たけひこ 79年(昭54年)京大経卒、三菱商事入社。10年執行役員。飼料や畜産担当を経て生活産業部門のトップを務め、16年から現職。資源偏重の経営からの脱却を進め、22年4月に会長に就任予定。兵庫県出身。66歳。

 

日本は新型コロナウイルス禍からの経済再開が欧米より遅れた。はんこ文化や煩雑な承認プロセスが生産性の向上を妨げている実態も浮き彫りになった。厳しい環境下でいかに成長を確保するか、三菱商事の垣内威彦社長に聞いた。

三菱商事の垣内威彦社長

新型コロナは人類が抱える課題や矛盾を映し出す鏡のようなものだ。課題の一つがデジタル化。特に(あらゆるモノがネットにつながる)IoT、人工知能(AI)の活用だ。

日本は30年間、国内総生産(GDP)も1人当たりの年収も伸びていない。生産性が上がっていないからだ。人類が見つけた素晴らしいテクノロジーをどれほど取り込んでいけるか。欧米や中国は開発と同時にいとも簡単にやってしまう。

日本は全然取り込めていない。そろばんはできるのに電卓を使いこなせていない状況だ。生産と物流、販売が全然つながっていない。AIでつなげば最適解を出せるのに、てんでバラバラなことをやっている。一事が万事で(1人一律10万円給付のような)国策もスムーズに実施できない。

裏返せば、遅れていた分を急速にキャッチアップすることで日本はまだまだ成長できる。国も地方自治体も企業も(コロナ禍を契機に)やるべきことを全部やろうという決意ができた。

脱炭素への取り組みも重要な課題だ。三菱商事は温暖化ガス排出量を2030年度に20年度比で半分、50年に実質ゼロとする目標を公表した。これは1社だけでやっても、パートナーがついてきてくれないと空振りしてしまう。大きな投資をするときは分担を考えつつ、みんなで支え合っていく考え方でないとなかなかうまくいかない。

再生可能エネルギーの太陽光や風力、水力のほか、次世代エネルギーとして水素やアンモニアが有力候補に浮上している。大事なのは、化石燃料から転換する期間に電力を途絶えさせてはいけないということだ。安定供給と再生可能エネルギーへの移行をどう両立させるか。どう技術革新を起こすのか。きちんと考えないといけない。

液化天然ガス(LNG)への投資は当面は必要だと考える。三菱商事は10月にまとめた30年度までの脱炭素投資計画で、LNGにも投資すると明記した。けっこう勇気が要る決断だった。日本は(エネルギーを自給できる)欧米とは違う。LNGへの投資をせずに放置すれば一時的に不足したり、価格が暴騰したりしかねない。

脱炭素への取り組みでは先進国と途上国との間で時間差が出てくるのは理解すべきだ。先を走っている国に追いつけと(途上国に)いうのは酷な話だし、追いつくのは永遠に無理だ。

これから日本が挑戦する脱炭素の計画をアジアの国々に提供すれば、5年、10年遅れになるかもしれないが、国情に応じた計画作りで協力できる。モデルケースを日本で確立し、アジアがキャッチアップしていくやり方だ。友好関係も強化でき、それが日本企業のビジネスにつながればいい。

 

 


 

コロナと世界 針路を聞く(4)

 

DX、目指す社会像を語れ 平野未来・シナモンCEO

 

ひらの・みく 1984年生まれ。2008年東大院修了。在学中に「ネイキッドテクノロジー」を創業。16年にAIソリューション開発を手がけるシナモンを設立。岸田政権が設けた「新しい資本主義実現会議」の委員を務める。

 

新型コロナウイルス禍は日本のデジタル化の遅れを鮮明にした。デジタルトランスフォーメーション(DX)を加速する上で政府や企業に欠けている視点は何か。人工知能(AI)開発スタートアップ、シナモンの平野未来社長兼最高経営責任者(CEO)に改革へのヒントを聞いた。

シナモンの平野未来CEO

新型コロナの感染拡大後、デジタル技術を使わないと立ちゆかないと多くの人が認識した。政府や企業がDXを掲げていても、よく見ると単なる事業のデジタル化にとどまっている事例が頻発している。コスト削減の一環と捉えているのではないか。

デジタル技術を使って社会を変革するには、どういう世界を作りたいかという明確な目標が必要だ。自分たちが持つ技術やデータを活用して何ができるかと発想するのではなく、目指すべき世界観の議論が不可欠だ。海外のIT(情報技術)企業に後れを取り、国内のシェアを奪われる事態が繰り返されかねない。

日本は起業が少ないとの指摘もあるが、私が最初に起業した2000年代前半に比べると雰囲気は変わってきた。若い世代で成功者が出て、目指すべきロールモデルが身近にいる。問題だと感じるのはスタートアップへの投資額が少ない点だ。すぐに利益が出なくても長期的な視点で成長を見守る姿勢が重要になる。

日本だけでなく世界で資本主義のあり方を見直す動きが盛んになっている。短期的な利益を追求し、地球温暖化など周囲に悪影響をもたらす「外部不経済」の問題を見過ごしてきた面がある。経済資本のみならず自然資本、人的資本をあわせた3つの資本を考える必要があるのではないか。

株主だけでなく従業員や取引先などステークホルダーを重視する考え方がより重要になる。1つの法人でできることは限られる。かつては小規模な企業が大企業と会議を持つことも難しいなど関係は対等でなかった。

特にデジタル分野はデータ活用が不可欠だ。1社が持つデータは限られるが協力することで新たなビジネスにつながる。

日本が人材への投資を怠ってきた点も見過ごせない。30年近く賃金が上昇しにくい状況が続く。本来ならば従業員に還元すべき利益や、研究開発や設備投資に回る利益が配当に向かう。結果として人材も成長できず、設備も不十分で生産性の向上につながらない。

AI関連の人材はどこの企業も不足している。教育を通じて成長分野への人の配置転換が必要だ。女性を含めて多様な働き方を認めなければならない。企業で働く社員のエンゲージメント(愛着)が低迷する一因になっている。

人口が減る日本は新興国の才能を使って社会課題を解決しないといけない。ITや金融など高度な知識を持つ人材を積極的に取り込むべきだ。

日本の給与水準が低迷し、他国に優秀な才能が流れる危機的な状況になりつつある。言語の壁を取り払うだけでなく、日本独特の企業文化なども解消し、外国人を含めて働きやすい環境をつくらないといけない。(聞き手は藤田祐樹)

 

 


 

コロナと世界 針路を聞く(5)

 

社会と共に考える大学に 藤井輝夫・東大学長

 

ふじい・てるお 1988年東京大学工学部卒。93年東大大学院博士課程修了。理化学研究所を経て、2007年東大教授。19年東大理事・副学長に就き、大学の財源多様化を進めた。21年4月から現職。専門は応用マイクロ流体システム。

 

長引く新型コロナウイルス禍で日本の活力が失われつつある中、人材育成と研究を担う大学は日本再興の鍵を握る。デジタル化が進み、価値観が大きく変容する時代に大学が果たすべき役割は何か。東京大学の藤井輝夫学長に聞いた。

東京大学の藤井輝夫学長

コロナ禍の2年で教育の形は大きく変わった。オンライン対応を迫られたことで、多くの教育者がデジタルの利点を認識した。時間と空間の束縛がなくなり、世界各地のオピニオンリーダーが一堂に会し、学生や一般の人を交えて議論することも可能になった。対面授業は今後も重要だが、動画コンテンツなどを活用しながら、学びの可能性を広げたい。

研究を取り巻く環境も変容している。コロナという人類共通の脅威に直面したことで、多様な背景を持つ専門家が一つの問題にともに取り組む現象が生まれている。分野の違う人々が異なる視点で関わる「総合知」の重要性は一層高まる。大学は「知を生み出す拠点」として社会と共に考えることを求められている。

将来を担う若い世代への支援の強化も喫緊の課題の一つだ。社会課題に取り組むためスタートアップやNPOで活動する若者は増えている。大学は彼らの志を達成する手段や場を提供できるかが問われている。

東大にはスタートアップへ投資する子会社「東京大学協創プラットフォーム開発」(東大IPC)などがある。昨年12月時点で東大関連スタートアップは約400社あるが2030年までに700社に増やす目標だ。大学が企業などと一緒に若者を支援し、生み出された利益で次の世代を後押しする。資金の循環を起こすことが大事だ。

各地の経済界と若者を橋渡しすることも大学の役目だ。目標が見つかった時、大学にアクセスすれば手立てが見つかり、仲間と出会えるシステムの構築が日本の活力を取り戻すことにつながる。

コロナ禍では真偽不明なものも含め、あらゆる情報が瞬時に世界に拡散するようになった。誰もが発信者になれる今、アカデミアは今まで以上に専門家としての信頼を確立しなければならない。大学に閉じこもるのではなく学外に出て対話を重ね、信頼を勝ち取る必要がある。例えばコロナワクチンの作用や効能などは専門家である我々が責任を持って情報発信していくべきだ。

大学をランキング化する動きの中で、日本の大学の順位の低さが指摘されているが、世界の大学と競争して順位だけ上がればいいということではない。海外の大学と信頼関係を築き、コロナや気候変動など地球規模の新たな課題に取り組み、深い議論を重ねていけばランキングはおのずと上がっていくだろう。

日本の研究者は研究成果を論文として完成させてから発表する傾向がある。世界では成果の公表前から知をオープンにし、見方の異なる人たちが一つの問いに向き合っている。手の内を明かすのを嫌がる研究者も多いが、今後はグローバルな対話を重ね知を生み出すプロセスが重要になる。

 

 

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