安泰でない中国エリート 名声しのぐ共産党支配

 

By Gideon Rachman

 

苪苪苪苪成鋼(ルイ・チョンガン)氏が筆者に残した印象は強烈だった。ルイ氏は中国国営中央テレビ(CCTV)の有名な若手キャスターで、その身なりと同様、完璧な英語を話した。初めて会ったのは2014年1月、世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)での安倍晋三首相(当時)の記者会見だ。

イラスト James Ferguson/Financial Times

彼は、自分が東京にいる時は安倍氏と同じスポーツジムを使っていると前置きした上で厳しい質問を浴びせた。その姿は自信と自己愛にあふれていた。

記者会見後、しばらく2人で話しているとルイ氏は筆者が次回北京を訪れたら自分を尋ねるようにと誘ってくれた。しかし、その機会はなかった。ルイ氏はその年夏に汚職容疑で逮捕され、以来公の場に姿を現していない。翌年のダボス会議でルイ氏の中国人の同僚に何があったのか訪ねたら、彼女は顔をこわばらせて部屋の反対側へと走り去ってしまった。

ルイ氏の一件は、中国ではいかに富や権力をもつ人でも突如失脚することを筆者に痛感させた。現在、最も物議を醸しているのは中国の著名なテニス選手の彭帥さんを巡る問題だ。彭さんは中国共産党元幹部から性的暴行を受けたと明かした後に行方がわからなくなり、数週間後に不自然に演出された写真や動画で再び姿を現した。彭さんが今後どうなるかは依然としてわからない。

 

富や名声、影響力は防御にならず

中国では富や名声、影響力があっても汚名を着せられたり行方不明になったり、もっと悪い事態に陥ったりする危険が常につきまとう。この問題は米誌フォーブスが11年に掲載した寄稿「友人には中国の億万長者になってほしくない」も指摘している。

同寄稿は中国共産党が発行する英字紙チャイナ・デイリーの記事にあるデータを引用し、それまでの8年間で72人の中国の億万長者が早死にしたと記している。引用元の記事はその内訳も明らかにしており、「72人の億万長者のうち15人は殺害され、17人は自殺、7人が事故死、14人は法に従い死刑が執行され、19人が病死した」とある。

以来約10年、超富裕層を取り巻く状況は改善したと思う人は、中国の実業家で今は国外で暮らすデズモンド・シャム(沈棟)氏が9月に出版した「Red Roulette(赤いルーレット)」を読むとよい。

シャム氏と元妻でかつてのビジネスパートナーだったホイットニー・ドゥアン(段偉紅)氏は貧困から身を立て、不動産開発で富を築いた。2人は絶頂期には北京で英高級車ロールス・ロイスを乗り回し、プライベートジェットで世界を飛び回った。パリでの1回の食事でワインに10万ドル(約1100万円)払うこともいとわなかった。ドゥアン氏は中国政界の大物との人脈を利用して事業を成功させていったが、17年に拘束され、行方がわからなくなった。

突然の失踪が珍しくないことはこの本を読めば明らかだ。シャム氏とドゥアン氏は北京にある空港の拡張工事を手がけていた。だが北京の空港運営会社の総経理でこのプロジェクトの重要人物の一人だった李培英氏が何の説明もないまま姿を消し、両氏のプロジェクトは暗礁に乗り上げた。李氏は後に収賄罪で起訴され死刑が執行された。

元妻のドゥアン氏は政界との重要なコネクションとして、習近平(シー・ジンピン)国家主席の後継候補ともいわれた孫政才・重慶市党委員会書記(当時)と関係を築いていた。しかし、孫氏は党籍を?奪され、18年に収賄罪で無期懲役の判決を言い渡された。シャム氏は、孫氏は「実は政治的な目的で葬られた」と主張する。

ドゥアン氏がその後逮捕されたのは、孫氏とのつながりを問題視された可能性がある。あるいは、温家宝前首相の夫人との親密な関係があだになったかもしれない。温氏一家は巨万の富を築き、温氏自身も中国第2の権力者の座にまで上り詰めたが、今は自らの考えを自由には発信できないのか、暗号のように文章に真意を秘めた形で表現せざるをえなくなっている。

温氏が今春、新聞としてはあまり規模の大きくないマカオ紙に寄稿した母を悼む文章は、暗に習氏を批判したものとして中国内のインターネット上で閲覧制限を受けた。

 

「くまのプーさん」と映った彭さんの写真に意味?

彭さんも暗号を使って何かを伝えようとしているとみる人もいる。彭さんが今も健在なことを示すとして公開された画像の中に彼女が「くまのプーさん」の写真と一緒に写っているものがある。習氏を揶揄(やゆ)する際にくまのプーさんを用いることが多い。

国際的な名声があっても、権力を自在に振るう現体制の下では、それが自分を守ることにはならない。中国のインターネット通販最大手、アリババ集団の創業者で中国で最も著名な実業家の馬雲(ジャック・マー)氏は20年10月、大胆にも中国の金融規制を批判して以降、公の場にほとんど姿を現していない。

中国人として初めて国際刑事警察機構(ICPO)の総裁を務めた孟宏偉氏も18年、中国に一時帰国した際に拘束され、昨年収賄罪で懲役13年6月の判決を言い渡された。

そもそも体制の恩恵を受けて富や権力を手にした億万長者や共産党幹部が、同体制により引きずり下ろされても同情する向きは少ないかもしれない。

だが中国の国家権力が反体制派の弁護士やジャーナリスト、学者らを弾圧する際はもっと苛烈だ。国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチ(HRW)の最近の報告書によると、当局は反体制活動家の家族にまでも、しばしば追及の手を伸ばしているという。

 

スターリンの思想も信奉する習氏

中国の現体制では、政治と一切かかわらないようにしても安全を確保できるわけではない。ビジネスの世界は不透明でコネが不可欠なため、誰もがシャム氏の言うところの「グレーゾーン」に踏み込まざるを得ない。そして、そのことが贈収賄の容疑を招くリスクとなる。

あらゆる組織は中国共産党の支配下にある。当局に拘束されれば有能な弁護士や気骨あるジャーナリストがどう頑張っても救い出すことはできない。中国の裁判の有罪率は99.9%だ。

この体制の頂点に君臨する習主席は毛沢東だけでなくレーニンやスターリンの思想も信奉する姿勢を示してきた。スターリンの下で秘密警察トップを務め大粛清を陣頭指揮したベリヤは、警察国家であらゆる個人に及ぶ危険性についてこう語った。「誰でもいいから連れてくれば、私がその人物の罪を必ず探し出す」

 

 

 

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