ニッポンの統治 危機にすくむ@

 

国をむしばむ機能不全 コロナ下、自宅で尽きた命

 

自宅療養中の男性が亡くなった場所に手を合わせる清掃作業員=関西クリーンサービス提供

「100年に1度」と呼ばれる危機が頻発する時代に日本がすくんでいる。新型コロナウイルスとの闘いで後手に回り、経済の回復が遅れ、台湾有事のような安全保障の備えもままならない。ニッポンの統治はどこで機能不全が起きているのか。立て直せなければ国民の命が失われる。

ベッドに茶色いシミがこびりついていた。亡くなってすぐ発見されたのになぜだろう。5月11日、神戸市内の一軒家に入った特殊清掃事業「関西クリーンサービス」の運営会社代表、亀沢範行氏は首をかしげた。

部屋の主は一人暮らしだった90代の男性。4月末に新型コロナの感染が分かり救急車に乗ったが、病床に空きがなく自宅に戻された。翌日、遺体で見つかった。

感染のため遺体を運び出すのに数日かかり、防腐剤を使っても傷んでしまった。遺族からそう説明を受けた。テーブルの上にはパン。横にはワクチン接種券。「頑張って生きようとしてたんやな」

自民党の国会議員だった塩崎恭久氏は3月、泣きじゃくる知人の訴えを聞いた。「家族が自宅で症状が急変して亡くなった。医師が診てくれていたら悪化に気付けたのに」。自宅療養中に相談していたのが保健所の保健師だったのを嘆いた。

塩崎氏は厚生労働省の幹部に提案した。「保健所が持つ自宅療養者の情報をかかりつけ医に伝えてオンラインで診る仕組みをつくれないか」

日ごろ診察している医師なら重症化の兆候を見つけやすいと考えたが想定外の反応が返ってきた。「行政情報は出せません。症状急変リスクはしょうがないんです」

「じゃあ死んでいいってことか。おまえら命を救うために厚労省に入ったんじゃないのか」。問うと相手は押し黙った。

幹部は医師免許を持つ「医系技官」だった。事務を担当する官僚とは異なる職種で、国家公務員試験を受けずに入省する。およそ300人の人事はトップの医務技監が握り、閣僚や事務次官の統制が及びにくい。政府内で「ギルドのような独自組織」と呼ばれる。

自宅療養者の情報共有に反対した理由を、与党幹部は「医系技官が保健所の権益や開業医の負担に配慮した」とみる。

この医系技官に直接聞くと「法律上、本人の同意なしに感染情報は出せないと説明しただけ」。自宅療養者には行政が委託契約した医療機関が健康観察を担う制度があると強調し「今すぐ対応を求める塩崎氏と今の仕組みで可能なことをやる私の議論はかみ合わない」と総括した。

その後、情報共有できる医療機関などを全国3.2万件に広げる対応を進めてはいる。政府によるこれまでの対策の本格的な検証はまだない。

米国の社会学者ロバート・マートン氏は官僚機構に潜む病理を「目標の転移」という言葉で看破した。役所内の規則は目標を実現するための手段にすぎないのに、いつの間にか規則の順守が最大の目的に置き換わってしまうという現象だ。

「一つ一つの規則に拘泥するあまり、多くの顧客に便宜を計ってやることができない」という指摘は首相―閣僚―官僚の指揮系統が働きにくい「ギルド」で暮らす医系技官に顕著にあてはまる。日本が「コロナ敗戦」と呼ばれる状況に陥った原因の一つはここにある。

「国家安全保障局(NSS)があまり関与できなかった」。イスラム主義組織タリバンが制圧したアフガニスタン。日本が邦人やアフガン人協力者の退避に遅れた背景を政府高官はこう明かす。

内閣法が危機管理の所管と定める内閣危機管理監の組織は邦人退避に不慣れだった。安保の司令塔であるNSSは法的権限がなく政治判断なしでは動きにくい。首相官邸はコロナ対策で十分に手が回らなかった。

縦割りのはざまで退避作戦を担った外務、防衛両省は自衛隊派遣以外の方法を探り決断に時間がかかった。出遅れた日本を韓国紙は「カブールの恥辱」と揶揄(やゆ)した。敗因は法的な縦割りと、それを打破する政治の意思の欠如だった。

日本の国家公務員は2021年度で59万人。かつて政策立案と実行を一手に担った巨大な頭脳集団は精彩を失っている。

1990年代後半から続く政治主導の掛け声の下、政策形成は官邸の一握りの集団に権限が移り、人事でも首根っこを押さえられた官僚は内向き思考を強めてきた。

政治が自ら責任をとって官僚機構を動かそうとしなければ、彼らは縦割り組織やルールの壁の内側にこもり、保身を最優先するしかない。

55兆円を超し、規模は大きいが、新しい日本をつくろうという気概が感じられない経済対策も今の政治と官僚機構の機能不全を映し出している。

未経験の危機が繰り返し世界を襲う21世紀。変化のスピードがかつてなく高まる中、統治機構を再構築しなければ、日本は世界から完全に取り残されてしまう。

 

 


 

ニッポンの統治 危機にすくむA

 

崩れゆく官僚のモラル 雑務で激務、離れる人材

 

 

謝罪する経産省幹部ら。霞が関の劣化が止まらない

家賃が月50万円程度とされる高層マンションに住み、高級外車を複数台所有する。そんな生活のために、新型コロナウイルス禍で苦しむ事業者を救済するはずだった給付金がだまし取られた。逮捕された若手官僚が取り調べで放ったひと言に、警視庁の担当者は驚いたという。「国が金をばらまく制度。もらえるものはもらっておく」。国の統治を支える官僚のモラルは微塵(みじん)もなかった。

経済産業省の官僚が同省の制度を悪用して約1500万円を詐取した前代未聞の不祥事。若手2人の逮捕で6月に家宅捜索を受けた経産省では動揺が広がった。「あんな連中と一緒にしてくれるなという気持ちがあるかと思います。しかし私たちへの信頼が揺らいでいるのが現実です」。安藤久佳次官(当時)は職員への一斉メールで訴えた。

「他の官僚は真面目にやっていると反論できる段階を超えてしまった」(元同僚)。同省は2019年にも若手が覚醒剤の使用で逮捕された。警察幹部は「経産省は元気のいい人材を元来好むが、官のなり手減少で劣化している」とみる。

「常に大局的な見地で国家にとってなにが最善かを考えている」。社会学者エズラ・ボーゲル氏が「ジャパン・アズ・ナンバーワン」で絶賛した戦後日本の官僚はどこへ行ったのか。

元官僚で情報経営イノベーション専門職大学学長の中村伊知哉氏は「官僚に求められる仕事が小さくなった。大量の資料作りに時間を割かれ、政策立案機能が落ちた」と語る。「国会議員の地元向けの挨拶文を書かされた」「無駄とわかり切っている資料を官邸指示で作らされた」――。若手にとって政策で国を動かす官僚像は遠い過去だ。

一方で職場は時代遅れの「ブラック」のまま。入省5年で辞めた元経産官僚は「残業が月70〜80時間だとヒマと思われ、さらに50時間増えた」と語る。厚生労働省で21年1月の残業が過労死ラインの月80時間以上だった職員は398人。雑務に追われ、モチベーションは下がるばかりだ。

若手はそんな霞が関から離れていく。21年度の国家公務員総合職の採用試験の申込数は前年度比14.5%減の1万4310人で減少率は過去最大。19年度に辞めた20代キャリア官僚は87人で13年度の4倍だ。

海外は優秀な官僚集めに工夫を凝らす。シンガポールではボーナスが経済成長と連動し、高級幹部の年収は1億円を超す。「民間に遜色ない条件を保証して人材を確保しなければ、小国の国家運営は立ちゆかない」(リー・クアンユー元首相)との考えからだ。

「おれたちは国家に雇われている」。高度成長を支えた通産省(現経産省)の官僚を描いた城山三郎の小説「官僚たちの夏」の主人公はそんな信条を胸に、国家のためには大臣への直言も恐れなかった。

コロナ禍やエネルギー不足、アジアの安全保障、長引く景気低迷など、日本が直面する不安のタネは増えている。官僚が本来の力を発揮すべき危機的状況なのに、目立つのは無気力や無力感ばかりだ。そんな霞が関の機能不全をどう立て直すか。真剣に国民的議論をすべき時が来ている。

 

 


 

ニッポンの統治 危機にすくむB

 

地方自治なき分権の果て 国と相互不信、迷走招く

 

 

緊急事態宣言が繰り返し延長され、何度も追加された「臨時休業のお知らせ」(2021年8月、東京都内)

 

東京・神田の高級居酒屋の50代女将が嘆息する。「1年半も休業・時短の繰り返しで、店づくりはほとんどゼロから。国や都には本当に振り回された」

新型コロナウイルス対策の緊急事態宣言やまん延防止等重点措置の期限は何度も延期され、先行きが見えない日々が続いた。国の需要喚起策「Go To イート」もいちげんを増やしただけで常連客を遠のかせた。宣言解除から2カ月近い今も、客足は思ったように戻らない。

コロナ対策に関わる特別措置法は、飲食店への休業要請などは都道府県知事の役割とする。しかし、そこには地方分権に逆行する仕掛けが潜む。国が「基本的対処方針を定める」「総合調整を行う」との文言で、知事の裁量を縛っている。

自治体を国の機関として扱う機関委任事務を廃止し、両者を「対等」にした地方分権改革から約20年。その関係が未熟なまま、地方が機動的に動けない実態を危機が浮き彫りにした。

「ニュースを見た方から電話をいただいてびっくりした」。8月、重点措置の適用を知った山梨県の長崎幸太郎知事は不快感をあらわにした。具体的な対象区域を指定する知事に、国から事前相談はなかった。

変異ウイルスが猛威をみせた今春以降、国が自治体の要請なく重点措置を適用したり、要請があっても認めなかったりするケースが相次いだ。全国知事会が「現場の実情を把握している知事の要請」を尊重するよう求めても繰り返された。

国は自治体の足元もみる。4月、当時の菅義偉首相が高齢者のワクチン接種を7月末に完了する目標を突然打ち出すと、自前の計画が進んでいた自治体が反発。これを電話作戦で抑え込んだのは厚生労働省ではなく地方を所管する総務省だった。実動部隊は地方への補助金などを担う「自治財政局」。いつしか異論は消え、全自治体の目標が7月末完了でそろった。

国と地方の相互不信は当座をやりすごすだけのいい加減な対応を生む。群馬県安中市は5月、ワクチンの必要量8箱に対し26箱を国に発注して認められた。「届くのが半分なのか3分の1なのか読めなかった」(同市)。最終的な超過分は周辺自治体で消化したが、各地でみられた過剰な発注・在庫は、ワクチンの不足感を強める一因となった。

自治なき分権は無責任と結びつく。「住民負担が増す政策は国の責任にして、プレゼントをばらまきたいだけのサンタクロース首長が増えた」。鳥取県知事や総務相を歴任した片山善博・早大教授は指摘する。

「お一人に5万円」(愛知県岡崎市)、「全市民に5万円還元!」(兵庫県丹波市)、「全市民に10万円」(香川県丸亀市)。コロナ下の市長選で当選者が掲げた公約だ。いずれも議会の反発で修正・撤回されたが引責辞任の表明はない。

少子高齢化、人口減少、製造業を中心とした産業の流出など、地方には日本の重い課題が凝縮している。地域の創意工夫で解決策を見いだせなければ、地方ばかりか国の再生もない。国と自治体が信頼感を醸成することが、前向きな解決に向けた第一歩になる。

 

 


 

ニッポンの統治 危機にすくむC

 

日本の行政、デジタル化拒む本能 使い勝手より組織優先

 

 

9月に発足したデジタル庁の動きが鈍い。政府内のやりとりからは電子化の推進役とはほど遠い姿勢が浮かび上がる。

「とにかく早くやってほしい」。首相官邸が行政手続きの電子化を求めても「個人情報を扱うのでいいかげんなシステムはつくれない。時間がかかる」と釈明する。政府高官が何度となく見てきた光景だ。

たとえば運転免許証の情報をマイナンバーカードのICチップに登録して2025年3月までに一体化する計画。警察庁は「現在は情報管理するシステムを各府県警察で個別に整備しており、データ標準化も不十分」と説明している。

カードの使い勝手をよくする主目的よりも、各地の警察が情報を囲い込む現状のままでいいとの思いがのぞく。当初の一体化目標は26年中とさらに遅かった。

デジタル庁の民間人材も突破口になっていない。企業出身の職員が電子化を提案すると、個人情報保護法や自治体実務の慣習を盾に「複雑な業務だから無理」と返される。「技術に詳しくても行政知識で負けるので論破しにくい」とこぼす。

根底にあるのは自らが抱える情報を公開することへの強い拒否反応だ。情報やデータのオープン化によって政府の活動を透明化する流れが世界の民主主義国で加速する中、壁をつくることで自らの責任が問われるのを避けようとする日本の行政機構。その姿は進化の流れに取り残される恐竜のようにも見える。

この構造を反映した数字がある。「1900、1300、1300、4100」。25年までに電子化をめざす手続きの年ごとの件数だ。最終年への集中を内閣府幹部は「なるべく先延ばしする思惑だ」と指摘する。

政府が行政のデジタル化を目標に掲げて20年。各省庁や自治体は自らの都合でバラバラのシステムをつくり上げた。外へ情報が流れにくい閉鎖的な仕組みで、使いやすさよりも独自システムの維持を重視した。

弊害は新型コロナウイルスワクチンの接種記録システム(VRS)でも表れた。政府がつくった接種券番号を読み取って自動入力する端末に誤読が相次いだ。

 

堺市は、医療機関が行うはずだったワクチン接種記録の登録を代わりに行う(一部画像処理しています)

医療機関が「こんな作業はできない」とさじを投げ、一部は自治体が入力を代行した。堺市の作業現場を訪ねると、スタッフが端末の前に指を出して必死にピントを合わせていた。お粗末な端末のせいで接種状況の把握に支障が出た。

VRSは急ごしらえだった。政府は2カ月でつくれるという提案に飛びついてスタートアップと随意契約を結んだ。実施テストや利用者のヒアリングよりも、閣僚が指示した期限に間に合わせるのが先だった。

「ユーザーは誰かという話が通じない。だからどこから手をつけていいか分からない」。デジタル庁の事務方トップ、石倉洋子デジタル監は10月の記者会見で官の意識の低さをぼやいた。

首相官邸が「デジタル化」の旗を振っても、デジタル庁を含めた各省庁は体裁を整えるだけの姿勢が目立つ。情報をつなげたり保存したりするのを拒んできた後ろ向きな本能が変わらない限り、国民は非効率な行政の犠牲者のままだ。

 

 


 

ニッポンの統治 危機にすくむD

 

本末転倒の政治主導 無気力と無責任の連鎖

 

 

岸田文雄首相はトーンダウンした看板政策が少なくない=共同

 

日本の政治主導に綻びが目立つ。細かな政策に固執し、国を揺るがす危機への判断は先送りする。

菅義偉内閣だった7月、政府が緊急事態宣言下で酒を出さないよう金融機関から飲食店への「働きかけ」を求める通知を出したのが典型例だ。

銀行が飲食店に圧力をかけるのは独占禁止法が禁じる「優越的地位の乱用」にあたりかねない。それを知りつつ発出した理由を担当の官僚に聞いた。

答えは「やらないと閣僚に怒られるから」。内容を和らげる提案はしたが、当時の西村康稔経済財政・再生相に「弱すぎる」と一蹴され、抵抗を諦めた。

通知は世論の反発で撤回された。この官僚は「政治不信を招き酒を出す店が増えてしまった」と通知を止めなかったのを悔やむ。

新型コロナウイルス下の「ばらまき給付」も政治主導だった。18歳以下への10万円相当給付は9割の子どもが対象になる。新型コロナ「第1波」で国民に一律10万円を配ったのに続き、消費喚起を期待しにくい政策が与党の調整で通った。

財務省の矢野康治次官は月刊誌で「本当に巨額の経済対策が必要なのか」と訴えたが、反発で逆に予算規模が膨らんだ。消費税増税は岸田文雄首相が否定し、財政再建の道はみえない。

外務・防衛両省は「政治判断なしには着手できない」という難題を抱える。台湾有事への備えだ。

2万5千人いる邦人の退避について、政府高官は具体的な計画がないと明かす。自衛隊派遣は台湾を自国領と主張する中国が「主権侵害」だと反対する可能性が高い。国交がない台湾とも協議はしにくい。

備えなしで迅速な判断は難しいが「自衛隊を出せない可能性があるから危機になる前に逃げてほしい」と説明するわけでもない。リスクを直視しないままだ。

こうした問題は政治の意思がない限り動かない。日本有事への備えが米軍の出動まで持ちこたえることに主眼を置いたままという課題にも同じことがいえる。

戦後の経済成長を支えた官僚は1990年代、業界との癒着や不祥事で批判を受けた。その官僚のお膳立てに乗るだけの政治家のふがいなさも責められた。

冷戦終結やバブル崩壊後の変化に対応すべく官僚の情報を基に政治家が判断を下す政治主導の流れが生まれた。それ自体は間違った選択ではなかったはずだ。

ところが四半世紀たち、省庁幹部の人事を内閣人事局が握っても、閣僚は国会答弁を官僚に頼りがちだ。地元会合の挨拶文をつくらせる議員さえいる。こんな政治主導の下で発言権が弱まった官僚はやる気を失い、無責任がまん延する。

国のかじ取りを任されたはずの政治が思考を止め、将来ビジョンを描くはずの官僚は気概を失った。政治も官僚も動かない本末転倒な状況に日本はある。

「なんでも言ってくれ。全ての責任は背負う」と官僚に呼びかけた田中角栄氏は外務省を使って日中国交正常化を実現した。断交する台湾への説明には椎名悦三郎党副総裁を派遣した。

政治家が役人の知恵をくみ取り、責任は引き受ける土壌は失われて久しい。官とのあるべき役割分担を踏まえて政治主導を立て直さなければ、次の危機でも同じことが繰り返される。

 

 

 


 

ニッポンの統治 インタビュー

 

国のあり方、考える契機に 先崎彰容・日大教授

 

 

 

――新型コロナウイルス禍で日本の統治を巡る機能不全が顕在化しました。

「戦後の日本は権力の集中を避け、熟議で時間をかける民主主義を大事にしてきた。この決定に至る『遅さ』が新型コロナ対応で脆弱さとなった。緊急事態宣言や保健所の運用を巡っては政府が地方をグリップすることもできなかった」

「これまでの常識では解けない問題をつきつけられたのが新型コロナだった」

「欧州は民主主義国でもロックダウン(都市封鎖)という手法をとった。一方、お願いベースの日本は国家の危機に対処する最終責任を国民の自助努力に押しつけたのと同じである。これは『民主主義とは権力への市民の抵抗である』という戦後の常識からも外れた特異な現象だった」

「その結果、自粛警察のようにバラバラの正義感が跋扈(ばっこ)し、社会が無秩序になる可能性もあった」

「国際社会では自由や民主主義といった価値観が揺らいでいる。中国の香港国家安全維持法に関する国連人権理事会で同法導入について反対したのは27カ国で、賛成の53カ国を下回った」 

「日本は自由や民主主義を大事にする陣営にいるべきだが、国内外の変化を踏まえ、国民一人ひとりがいまの仕組みのままでよいのか、日本はどんな国でありたいのか、という新たな国家像を考えるべきだ。新型コロナはその契機になる」

――新しい国家像をどう見つけていくべきですか。

「国も企業も成長できなくなると過去の成功体験にとらわれがちだ。日本の場合は高度経済成長やバブル景気の記憶が残るが、社会構造が大きく変わった現代に持ち出しても機能しない」

「リーダーが社会の変化を見極めて、中長期的なあるべき姿を示さなければいけない。国の指導者である首相の発言には社会全体のマインドを変える力がある」

「同時に国民それぞれが自分に何ができるかも考えることが不可欠だ。国政選挙や地方選の投票率は低いままだが、コロナ禍を機に地方自治への関心がもっと高まってほしかった」

――政治主導がうまく働いていないようにみえます。反動で官僚機構の劣化も指摘されます。

「これまで集中していた権威が分散する現象が社会全体で起きている。政府では首相官邸の権限は強くなったが、霞が関の地位が低下した。官僚の仕事は与えられた仕事をこなすだけになりクリエーティブな仕事が減った。官僚を含む若者世代が政治より起業に関心を向けるのはそのためだ」

「官僚に国の骨格づくりに携わっているというやりがいをもっと与えるべきだ。本来、閣僚は『決断』するのが仕事であり、その選択肢を提供するのは官僚だ。現状は政治家の決断する胆力が低下し、官僚の政策をつくる権限が落ちている」

「新型コロナを巡る対応では内閣官房とその周辺にいる一部の官僚が対応にあたり、閣僚はその周辺で機能しにくくなっていた」

 

 


 

ニッポンの統治 インタビュー

 

官僚にキャリア展望を ケント・カルダー氏

 

米ライシャワー東アジア研究センター所長

 

――以前は称賛された日本の官僚制度が最近は十分に機能していません。

 

ライシャワー東アジア研究センター所長 ケント・カルダー氏

日本は第2次大戦後、早期の経済再生に向けて(鉄鋼・石炭産業などに資源を重点配分する)傾斜生産方式を採用した。当時は戦後復興にどの産業、セクターが重要なのかという目標が明確だった。乏しい資金や人材をどう振り分けるかが大事で、官僚機構が大きな役割を果たした。近年はそのような目標が必ずしもはっきりしなくなった」

「官僚機構のリーダーシップの質も損なわれた。原因はそれぞれ異なるものの、(バブル崩壊後に)建設や厚生行政などで汚職が頻発した。これらは監督官庁が業界に取り込まれる『規制の虜(とりこ)』と呼ばれる現象といえる。官僚機構が特定の利益集団の意向に左右されれば、政府はその集団の利益を守るだけになってしまう」

――官邸主導は官僚が首相官邸の顔色をうかがう弊害を生んだといわれます。

「第2次安倍政権下の内閣人事局の設置で、そうした現象が出てきた面は否めない。官邸主導になると、各省庁には首相や他の省庁に自らのアイデアを上書きされたくないという意識が出てくる。首相が好まないであろう案を提示するのをためらう事態も起きる」

「大統領制のもとでホワイトハウスが強力なリーダーシップをとる米国でも、いつもうまく機能するわけではない。アフガニスタンの米軍撤収に伴う混乱も省庁間による調整がうまくいかなかったのが一因だった」

――霞が関に優秀な人材が集まりにくくなっているとの指摘があります。

「日本では官僚がキャリアを予測しにくくなった。かつては実入りの良い天下りがあったり、(業界団体に入って)強力な権限を行使したりできた」

「米国には官僚に多くの選択肢がある。政権交代のたびに政府とシンクタンク、大学、民間企業、法律事務所を行き来できる。いわゆる『回転ドア』と呼ばれる仕組みだ。政府でいくつかの経験を積めば、こうした機会をつかめるとの道筋を描きやすい」

「回転ドアの仕組みは米国のように二大政党制であれば機能しやすい。強い与党と多くの弱い野党の枠組みが続いている日本は二大政党制がまだ定着していない」

――国のリーダーの育成にも課題があります。

「米大統領は州知事や上院議員出身者が多い。中国の指導者も地方政府を統治する経験を積んでおり、行政を機能させている。地方行政が彼らの力を試す場になっているのは米中で類似している」

「(議院内閣制の)日本は米国や非民主的な中国と指導者選びの方法が異なるため、都道府県知事がすぐに首相になるルートがあるわけではない。私は松下政経塾が旧民主党などへの多様な人材供給源としてある程度は機能したとみている」

 

Kent Calder 米ハーバード大博士。日本に11年、東アジアに4年滞在したアジア研究の第一人者。クリントン政権で駐日米大使の特別補佐官を務めた。

 

 


 

ニッポンの統治 インタビュー

 

日本の統治構造、変化に対応できず 冨山和彦氏

 

 

機能不全が目立つニッポンの統治。解決すべき課題や処方箋はなにか、政府の審議会委員などを務める経営コンサルタントの冨山和彦氏に聞いた。

 

冨山和彦・経営共創基盤グループ会長

――日本での新型コロナウイルス禍は統治の混乱を示す象徴的な事例でした。

「中央と地方、厚生労働省や警察庁、観光需要喚起策『Go To トラベル』は国土交通省といった具合にコロナ対策には複数の自治体や省庁が関与していたが、連携が取れていなかった。世界でもネットの活用がうまくいった国は比較的対策ができたが、日本ではネットと役所の構造とは相いれない側面がある。誰かが悪いといってもしょうがない」

――なぜ日本の統治が機能不全を起こしているのでしょうか。

「2つの要因がある。一つは明治以来中央省庁の形が変わっていないことだ。縦割りの構造がデジタル化など現代直面する課題とかみ合っていない。規制改革会議でも単独の省庁で完結する規制緩和はほぼ終わったが、省庁をまたいだ改革になると調整に時間を要し、動きが途端に鈍くなる。例えばドローンの規制緩和では5〜6の省庁が関わり、改正する関連法令は数十に上るため、決まる頃には時代遅れになる」

「もう一つは霞が関の終身、一括採用モデルへの魅力が薄れている点だ。自分より若い世代からロールモデルが変わり、外資系証券など就職する間口が広がった。崇高な志を持ち、国家の役に立つために、キャリア官僚として40年近く働く必要がないと思われてきている。戦略的に人事を担う内閣人事局の仕組みも悪くはないが、終身雇用とは相性が悪い」

――日本では米国のようなイノベーションが生まれにくくなっているように見えます。こうしたことも統治構造に理由があるのでしょうか。

「日本でイノベーションが生まれにくい理由は、英米との法体系の違いにもあると考える。柔らかく法律を作り、もめた場合は裁判で解決する英米の判例法主義に対し、日本の法文化は法の前提となる規範概念を決めていく実定法主義だ。イノベーションを促すようなこれまで見たこともないものに規範概念を当てはめていくのは難しく、実定法主義に慣れた官僚は対応できない」

――解決策はありますか。

「昭和の戦後時代から、日本の統治は政治家が選挙に不利にならないかどうかを気にして、人権同士が対立する緊急事態にどこまで権利制限を認めるかの議論を避け、お願いベースで物事を進めてきた。こうした状況は限界が来ている。これまでのやり方に慣れた昭和世代に退場を促し、思い切った世代交代を進めるべきだ」

「このほど発足したデジタル臨時行政調査会(臨調)は期待している。ただ、本当にデジタル臨調が効力を発揮するためには小手先のパッチワーク的な活用ではどうにもならない。憲法改正に匹敵するような抜本的な統治機構や実定法体系の大転換にまで踏み込んで作り直すことが必要だ」

 

とやま・かずひこ 経営共創基盤(IGPI)グループ会長 1985年東大法卒。ボストンコンサルティンググループなどを経て2003年産業再生機構最高執行責任者(COO)。07年経営共創基盤を設立、20年から現職

 

 

 

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