政治色強まる中国共産党の企業支配(The Economist)

 

 

中国互聯網投資基金(CIIF)の投資先をみたら世界有数のテック投資ファンドと勘違いするかもしれない。その投資ポートフォリオは世界中のベンチャーキャピタリストの垂ぜんの的だからだ。

CIIFの保有銘柄には動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」を運営する字節跳動(バイトダンス)の子会社や、中国版ツイッター「微博(ウェイボ)」を運営する新浪の子会社、人工知能(AI)の最先端企業の一つである商湯科技(センスタイム)、人気の動画共有アプリの快手科技(クアイショウ)など、この分野トップ企業がずらりと並ぶ。

 

中国の政府投資ファンドCIIFはバイトダンスの子会社の株1%の取得だけで同子会社の3人の取締役の1人の任命権を得た=ロイター

 

さらに驚くのは投資に伴いCIIFが得た合意事項だ。中国版ティックトックを運営するための中核ライセンスを持つバイトダンスの子会社、北京字節跳動科技の株1%の保有で、この子会社3人の取締役の1人を任命する権利を握っている。ウェイボとも同様の取り決めを結び、その子会社の株1%をわずか1070万元(約2億円)で取得した。両社に資金需要はないし、米大手ベンチャーキャピタルに負けない規模の投資を目指すCIIFも確実に高い投資収益を得られるだろうが、そこにはあまり関心がない。

 

台頭する中国の新しい国家資本主義

持ち分が小さいのは、わずか5年前に設立されたCIIFは通常の投資ファンドとは異なるからだ。CIIFの株はインターネット監視機関として強い権力を握る中国国家インターネット情報弁公室(CAC)がほぼ保有している。CIIFによる積極投資は今、中国で台頭しつつある新しい国家資本主義を象徴している。

中国規制当局は、テック各社は影響力が大きくなりすぎて共産党の核心的価値観から逸脱しているとして締め付けを強化している。アリババ集団の創業者、馬雲(ジャック・マー)氏を含む大物経営者複数が当局に屈服した。今や当局の指示で各社の事業モデルは書き換えられ、経済界の空気は一変している。

共産主義国家が大企業を屈服させるのは驚きではないし、民間企業への投資も新しくはない。政府が重視する半導体などの分野に国が資金を投じるのも珍しくない。ただ、そうした活動範囲はこの20年で大きく拡大している。

清華大学の白重恩教授と米シカゴ大学経営大学院の謝昌泰教授らの論文によると、政府系投資機関による中国民間企業への出資は2000年には登記資本金総額の14.1%を占めていたが、19年は33.5%に増えた。政府系投資機関の数に変化はほぼないが、それぞれが投資を拡大した結果だ。中国企業の間では官民の共同事業が急増し、19年までに国有企業と共同事業を設立した民間企業は13万社強と、今世紀初頭の4万5000社から大きく増えている。

19年以降、政府系資本が入った民間企業の設立が急増、国内登記資本金の増加分のほぼ全てを占める。16年に94億ドルだった民間企業への公的投資は20年は1250億ドルを記録。ただ、調査会社ディールロジックによると21年は減る見込みだ。

つまりこの国の企業の成長は政府と極めて密接に結びついているということだ。政府は特にテック業界を重視し、規制もかけ、問題視した大物経営者には社会的制裁も下してきた。だが、ここへきて起業家たちを従わせるにはそれでは不十分だとみている。

出資という形で民間企業に直接介入し、統制を強める形に変えつつある。強い支配権を持つ「黄金株」を取得しているのではないかとの噂は何年も前からあったが、前述2社についてはそれが最近のネット報道で明るみに出た。

投資家の利益団体アジア企業統治協会(ACGA)の李睿調査部長は、政府によるこの種の投資は今後も拡大する可能性が高いと指摘する。

こんな動きを知らずに中国政府の投資先と同じ会社に投資してきたのが活況に沸く中国市場に足がかりを得ようとする海外の投資家だ。米国など海外投資家は中国政府のこうした介入を嫌うだろう。だが影響を受ける投資家はさらに増えそうだ。政府のスタートアップへの投資を監督する最高機関でもあるCACは、7月にテック大手が海外上場してよいかを審査する権限を与えられ、今後は上場を阻止する可能性があるからだ。

 

政府の新方針反映させた方が賢明との判断も

こうした新たな統制は対象企業にとって何を意味するのか。CIIFの呉海代表は、同ファンドは中国の最も重要な国有企業から成る「ナショナルチーム」の一員だと言う。英キングス・カレッジ・ロンドンで中国や東アジアの企業を研究する孫?氏は、共産党はCIIFが支援する企業を資金面、政策面から寛大に支援してきたが、それが当局による監視強化と、共産党の経営へのより直接的な介入まで招いていると指摘する。

CIIFは「過度な利益率」は求めないとしており、ベンチャーキャピタルとしては奇異だ。だがこれは政府高官が中国テック企業を「容赦ない成長」と「無秩序な資本の拡大」を続けているとして批判した言葉とも重なる。

CIIFの重点領域はAI向け半導体やロボティクス、量子コンピューター、ブロックチェーンなどで、政府の最も重要な政策関連の文書の一つである第14次5カ年計画で優先的に取り組むとした領域と合致する。企業がこれに気づかないはずがない。

バイトダンスはCIIFの投資を受けても経営に影響はないと主張している。本当ならば、同社は国の新方針を経営に反映させた方が賢明だと気づいたのだろう。同社は公式に勤務時間を平日の午前10時から午後7時に変えた。これはアリババ集団と馬氏が「996(午前9時から午後9時まで週6日)」と呼ばれる長時間労働を強く支持したのを政府が非難したことを受けた方針転換だった。

 

イデオロギー重視が収益率低下と活力そぐリスク

政府のテック企業への新たな締め付け方が明らかになるに従い問題点も見えてきた。一つが共産党の教義を重視する活動ばかりが重視される点だ。過去20年、中国の経済成長を支えたのは企業と地方政府の連携だ。その協力関係は党のイデオロギーにではなく事業に重点を置いていた。

だが最近は地方政府がイデオロギーを重視する傾向があると謝氏は指摘する。地方政府の役人が集まって習近平思想を読み、その美点を話し合う勉強会を頻繁に開くのが一例だ。国と民間企業が提携することが前より難しくなり、上位の指導層とのコネが必要だとも同氏は言う。

新たな政府系株主はリスク回避志向が強いのも問題だ。経済学者のアーサー・クローバー氏は、最近の中国政府は大手投資会社が起業間もない会社に少額出資する手法をまねているとして「ベンチャーキャピタリスト国家」と呼ぶ。CIIFもテック企業やスタートアップに投資した経験者を抱えるが、一般的に政府系投資機関は臆病な官僚のようにリスクを取ろうとしない。政府が出資する企業と仕事をする民間企業の経営幹部らは、官僚は失敗を恐れるようになったと指摘する。

だが独メルカトール中国問題研究所のアナリスト、ニス・グリューンベルク氏は、官僚が最も恐れているのは投資で失敗することより、党の考え方に逆らう企業を統制できないことで、その方がより問題だと考えているのではないかとみる。

習政権の新たな経済統制の見通しは明るくなさそうだ。政府系出資者らが党のイデオロギー上の考え方に反するのを恐れて慎重になるあまり投資収益率が低下し、企業の活力がそがれる可能性がある。

ACGAの李氏によれば、CIIFが任命したバイトダンス子会社の取締役にはこれといったビジネス経験はないが、共産党の宣伝活動に以前携わっていたという。中国では今、事業を営む上で共産党を怒らせないよう助言してくれる事情通の存在が重要ということかもしれない。

 

 

 

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