教育岩盤 まとめ読み

 

学校教育、変化を嫌う体質から脱却できるか

 

 

日本の学校教育改革が停滞しています。変化を忌避する教育現場の実態を追った連載「教育岩盤」をまとめました。

 

 

多様性求め異議相次ぐ 秋入学や飛び入学、個別学習で

硬直した教育の仕組みへの異議申し立てが各地で相次いでいます。背景にあるのは急速に進む社会のデジタル化と新型コロナウイルス禍です。秋入学の小中高一貫校設立をめざす小原芳明理事長は「危機は変革の好機。何もしないと社会に取り残される」と指摘します。多様性を高めようとする動きを探りました。

・教育の多様性求め旧弊に異議 筆記入試なしの先端大学も

 

 

学校教育はデジタル社会に追いつけるか

端末を使って学習する東京学芸大付属小金井小の児童(東京都小金井市)

教育界に漂う新しい試みへの拒否感と平等主義。IT(情報技術)で社会が激変しても「黒板とチョーク」「紙とペン」を信奉する学校文化はなかなかアップデートされません。大学にも規制の壁があり、慶応大の中室牧子教授らはデジタルを教育に活用する世界の潮流から取り残されるおそれがあると危機感を抱いています。

・教育現場は黒板・紙「信仰」 デジタル社会へ追いつくか

 

 

枠にはめる指導、自由な発想を阻害

校則の見直しについて議論する足利清風高校の生徒ら(栃木県足利市)

子どもを枠にはめて主張や疑問を抑え込んできた日本の学校教育。同志社大の太田肇教授は「日本の学校は行動も服装も何でも同じにさせたがる。集団のルールに合わせるよう求める同調圧力の強さが影響している」とみます。広い世界に飛び立とうとする若者らをどう支えるか。大人たちの対応が問われています。

・枠にはめる教育固執 同調圧力絶ち自由な発想を

 

 

新陳代謝阻む仲間内の壁、新参者に高いハードル

英語によるデザイン基礎の授業を聴く京都先端科学大工学部の新入生(京都市右京区)

日本の教育界は仲間内で固まり、新参者や異分野からの参入にはハードルが高いのが実情です。永守重信・日本電産会長という大物経済人も例外でなく、京都先端科学大工学部を開設するための国の審議会には悩まされました。

・教育参入阻む「仲間内」の壁 新陳代謝へ脱・前例主義

 

 

薄れた人づくりの共通目標 骨太なビジョンを描こう

東京大学の安田講堂

変化を嫌い、旧来の教育を守っている間に時代は大きく変わり、どんな人材を育てるかというビジョンが改めて問われています。経済同友会の遠藤信博・教育改革委員長(NEC会長)は「現在の教育は均質性重視の大量生産型。社会で価値創造を担える人材の育成という視点から全体を考え直したい」と訴えます。

・人づくりの目標はどこに 教育改革、骨太な未来図描け

 

 

 


 

教育の多様性求め旧弊に異議 筆記入試なしの先端大学も

 

 

日本の学校教育改革が停滞している。新しい試みに背を向けたままでは、国際化やデジタル技術の進展、新型コロナウイルス禍という時代の転換期をけん引する人材は育たない。変化を忌避する「教育岩盤」の実態を追った。

入試で筆記試験は行わず専門性・人間性・国際性を重視する1時間半の面接のみ。1学年300人で海外留学が必修、半数は大学院へ進学――。アスキー創業者で元マイクロソフト副社長の西和彦氏(須磨学園長)はエンジニア育成に特化した日本先端工科大学(仮称、神奈川県小田原市)の2024年開校を目指して奔走する。

東京大で教える西氏には長年の不満があった。「東大工学部は日本史や漢文ができないと入れない。でも本当にエンジニアに必要な資質なのか?」

東大入試は文系・理系の科目を満遍なく得点する必要がある。エンジニアの才能があっても文系科目が苦手だと積み残される。「そんな若者にチャンスを与えたい」

幼小中高の一貫教育で知られる玉川学園(東京都町田市)。幼稚園年長組の9月から小1の学習を始め、高校を6月に卒業する一貫教育校の設立を目指す。

秋入学にすれば夏休みを有効活用できる。学年の切り替え期になるため、補習や発展学習、教育内容の点検・改善に取り組める。小中高一貫校は学年の壁を越え、個々の理解に応じた「修得主義」指導も可能になる。

背景にあるのは急速に進む社会のデジタル化とコロナ禍だ。小原芳明理事長は「危機は変革の好機。何もしないと社会に取り残される」と語る。

デジタル技術を駆使した街づくりを支援する国の「スーパーシティ型国家戦略特区」。前橋市は小中高大の一貫教育型を盛り込んだ構想で応募した。公設民営の小中一貫校と市内の高校・大学と連携し、飛び級も可能にする。目標は「究極の個別最適学習」だ。

硬直した教育制度への異議申し立てが相次ぐ。6・3・3・4制などは戦後間もなく導入され、入学年齢や時期、学習内容を細かく定める。だが、この間に社会は激変し、制度が現実に合わなくなってきた。

平均点の高い優等生は選抜できても、とがった才能の発掘が苦手な難関大入試。世界の主流とずれる4月入学。年齢と学年がリンクし、理解が早い子にも遅い子にも苦痛なだけの「履修主義」指導……。制度の限界は明らかなのに、平等主義を盾に改善は進まない。

風穴を開けようという動きもあったが、多くは変化を嫌う多数派≠前に頓挫した。典型は臨時教育審議会が30年以上も前に提言した秋入学。18年度時点で266大学が「4月以外の入学制度」を持つが、実際の入学者は2900人どまりだ。

東大は12年、秋入学への全面移行を提案したが、学内の反対や他大学の様子見などで断念した。浜田純一元学長は「社会の支援がもっとあれば」と悔やむ。

玉川学園の構想も、学校の種類ごとに修学年限や入学時期を定めた法令をクリアできるのか、前例のない試みだけに文部科学省内でも意見が分かれ、協議は道半ばだ。

優秀な若者に早期教育を保障する飛び入学も広がらない。1998年の制度化以降、導入は8校。第1号の千葉大でさえ累計合格者は98人だ。「あと1年鍛えて東大に入れた方が実績になる」。高校の本音が垣間見える。

米国では大学学部生1600万人のうち17歳以下が120万人、2割強が25歳以上だ。ノーベル賞受賞者の8割は21歳以下で大学を卒業した。年齢に関係なく才能やキャリア設計に応じて学べる柔軟性・多様性が米国の強さの源泉だ。

変化を嫌う体質を変えない限り、激動期に必要な人材は育たない。改革の芽を摘み取る愚を繰り返している余裕はない。

 

 


 

教育現場は黒板・紙「信仰」 デジタル社会へ追いつくか

 

 

自宅でタブレット端末に表示された問題を解き、解答を送る――。東京都品川区にある私立青稜中学校の今年2月の入試は、こんな光景になるはずだった。試験会場での新型コロナウイルス感染を懸念する受験生向けのオンライン入試だ。

「柔軟対応こそが私立の強み」(青田泰明校長)と昨年4月から導入を探ってきたが、日の目を見ることはなかった。東京私立中学高等学校協会が「不正防止が困難」と自粛を申し合わせ、同校も従わざるを得なかったからだ。

同協会の近藤彰郎会長は「できる学校だけやればいいというのは違う。入試の質が保てず受験生が不利益を被る可能性もあった」と話すが、千葉県や神奈川県では各校の判断に任され、導入した中学校もあった。中学入試に詳しい森上教育研究所の森上展安代表は「非常時こそ思い切った試みができたのに」と惜しむ。

6月、国立大学協会の記者会見。2025年から大学入学共通テストに加わる新教科「情報」を国立大入試で採用するかを問われた岡正朗入試委員長は「全国で十分な教育ができるか、高校や大学の意見を聞く」と慎重に答えた。

情報科は地方などに専門教員が少なく、一律で課すと不利になる受験生が出る。デジタルにたけた若者の育成を求める声は教育界にも強いのに、公平性の確保を前にすると足踏みが続く。

教育界に漂う新しい試みへの拒否感と平等主義。IT(情報技術)で社会が激変しても「黒板とチョーク」「紙とペン」を信奉する学校文化がアップデートされる気配はない。

国の政策で全児童生徒に学習用端末が配られた公立小中学校。神奈川県で端末の活用法を教える40代女性は「紙と鉛筆の方が頭が良くなると言って端末を使わない先生もいる」とアナログ信仰≠嘆く。

「未知のツールを使えばトラブルも起きる。長年の経験が通用しない不安が教員にある」。端末を積極活用する東京学芸大付属小金井小の鈴木秀樹教諭は分析する。

世界の考え方は異なる。昨年3月、コロナ禍で学校を閉鎖した米ニューヨーク市。同市に住む日本人女性(47)の長女(12)が通う公立小でオンラインによる遠隔授業が始まったのは閉鎖の1週間後だった。

同市はパソコンがない家庭にタブレット端末を無償で約25万台配り、学習機会も保障した。女性は「まず多数派に合わせて動き、残された人は後でフォローするのが米国」と話す。

規制もデジタル化の壁になる。一例が大学卒業に必要な124単位のうち遠隔授業で取得可能な分を60単位に限る大学設置基準だ。私大の団体はコロナ下の経験も生かし教育の幅を広げられるとして撤廃を求めるが、文部科学省は「安易に対面授業をなくす大学が出かねない」と消極的だ。

慶応大の中室牧子教授(教育経済学)は「海外の大学の授業もオンラインで受けられる時代なのに、日本だけ単位の上限が壁になる」と訴える。固定観念がしみついた学校文化の中で、進取の精神に富む人材が育つのだろうか。

 

 


 

枠にはめる教育固執 同調圧力絶ち自由な発想を

 

 

「黒い下着は不可」「(頭髪を刈り上げる)ツーブロックは禁止」。栃木県立足利清風高校(足利市)の教室で、風紀委員を務める生徒約15人が厳しすぎると思う校則を次々に上げた。

議論を呼びかけた小滝智美教諭も「下着の色まで指導するのはおかしい」といい、校則変更を支援するNPO法人カタリバの協力を得たうえで今年度中の改定を目指す。

頭髪や服装に関する厳しい校則は非行が問題化した1980年代に広がった。その後に一部緩和されたが、滑稽なほど細かい「ブラック校則」は今も残る。

子どもを枠にはめ、はみ出しを許さない学校教育。同志社大の太田肇教授(組織論)は「日本の学校は行動も服装も何でも同じにさせたがる。集団のルールに合わせるよう求める同調圧力の強さが影響している」と話す。

「リンゴを4個持った子が5人。リンゴは全部でいくつ」という問題の答(20個)を出す式が4×5は正解、5×4は減点……。小学校ではこんな指導がまかり通る。学習指導要領の解説書でも重視される、かける数とかけられる数の関係性を理解させることが狙いとみられる。

数学界のノーベル賞といわれるフィールズ賞を受賞した京都大の森重文特別教授は減点について「とんでもないこと」と言い切る。「自由な発想を妨げ、科学の進歩を阻害する。順番を変えてやってみないと発見は生まれない」

東京都内の公立小に通う娘を持つ父親は「担任の漢字指導が厳しく、学校に行きたがらなくなった」と話す。「とめ・はね・はらいが手本通りでない」と何度もやり直しを命じられたという。文部科学省は漢字の書き方を柔軟に評価する方針も示しているが、現場では硬直的な指導が残る。

海外の教育に触れた帰国子女らは違和感を抱く。18歳までスペインで過ごし、小学校は日本人学校、中高は現地校に通った都内の会社員、下山泉紀さん(25)は「日本の学校は暗記中心で多様な答えを認めないことがあった。授業でも子どもが萎縮して積極的になれない」と話す。

徳島県の私立高校から世界トップ級の米スタンフォード大に合格した松本杏奈さん(18)もなじめなかった一人だ。日本で生まれ育ったが学校では「授業中の質問が多すぎて問題児扱いされた」。

転機は高2の夏に参加した世界の科学者らとの交流会。ノーベル賞受賞者を多く出す米マサチューセッツ工科大の教員に「どんなにばかなことでも質問しなくてはいけない」と言われ、「質問することが良しとされる世界に行こう」と決意した。

海外進学の希望を聞いた高校の教員からは前例のなさなどから懸念する声が出たが、大学教員の指導を受けて研究活動をするなど実績を積み自力で狭き門をこじ開けた。この秋から米国で機械工学を専攻している。

子どもを枠にはめて主張や疑問を抑え込んできた日本の学校教育。広い世界に飛び立とうとする若者らをどう支えるか。大人たちの対応が問われている。

 

 


 

教育参入阻む「仲間内」の壁 新陳代謝へ脱・前例主義

 

 

永守学園(京都市、理事長・永守重信日本電産会長)が運営する京都先端科学大工学部で夏休み前、新入生約100人が3教室に分かれてデザイン基礎の授業を受けていた。使用言語は英語で時折、助手が日本語で解説する。

2018年に就任した永守理事長は19年に法人と大学の名称を現行に改め、私財100億円以上を投じ改革を進める。20年に工学部を新設し、22年にビジネススクールを開設。「英語が話せ、社会ですぐに活躍できる人材」を育てる。

大物経済人といえども教育界参入の道は平たんではなかった。工学部開設で文部科学省の審議会からは、入試での英語の扱いや定員規模などに細かな質問が相次いだ。認可は2カ月遅れ、初年度の学生募集で大打撃を受けた。

永守氏は「今は国も理解してくれた」と矛を収めるが、一時は全国紙に抗議広告を出すことも考えた。

審議会が関門

14年に開校した全寮制国際高校「ユナイテッド・ワールド・カレッジ(UWC) ISAKジャパン」(長野県軽井沢町)。小林りん代表理事は「あそこで許可が下りないなんて考えもしなかった」と苦笑する。

国内外から教員や生徒を集める構想で、外国籍教員の教員免許取得など課題は山積した。最大の関門は学校法人の新設認可に必要な県の審議会の承認だった。「外資系企業の出身者に教育ができるのか」「他校から生徒を奪うのでは」。私学関係者らの懸念で数カ月たなざらしにされ、開校が1年遅れた。

仲間内で固まる教育界は新参者には壁が高い。例えば四年制大学の新設。少子化が進む中で21年度は803校と01年度より134校も増えたが、大半は短大など既存校からの転換で新規参入はまれだ。

起業より論文数

デジタルコンテンツの制作技術などを学ぶデジタルハリウッド大(東京)は04年、構造改革特区の株式会社立大学院として誕生した。「ベンチャー企業に数十億円もかかる学校法人は無理。特区だからできた」と杉山知之学長は振り返る。

国に設置認可を申請すると、審議会委員(大学教授)は「すぐに役立つ人材を育てるというが大学とはそういうものではない。浅薄だ」と酷評した。担当者に「モデルとする大学はない」と告げると「前例がないのか」と困惑された。

外部からの評価でも大学が生む論文数が重視され、全国12位の大学発ベンチャー設立数は軽視される。文化の違いは深刻だ。

岡山市の朝日学園グループは2つの学校法人の下に幼稚園、小学校、中等教育学校、通信制高校を擁する新興校だ。鳥海十児学園長が一代でゼロから築いた。

学校法人が2つあるのはわけがある。中等教育学校の前身である中学校を04年に開校する際に岡山県と事前協議したが認可が下りず、特区を使った株式会社立で発足したからだ。

「中高は競合校が多く、反対があった」と鳥海氏。「学校は責任が重く、ある程度の参入制限も必要だが、意欲のない既存校は新しい人に経営権を譲った方が社会のためだ」

新陳代謝なしに、時代に応える教育は生まれない。

 

 


 

人づくりの目標はどこに 教育改革、骨太な未来図描け

 

 

中央省庁の人材供給源といえる東京大学で、霞が関を目指す若者が減っている。キャリア官僚となる国家公務員総合職の採用試験(全区分)の2020年度合格者で東大出身は349人と旧T種試験時代の1999年以来最少だった。

官界の重鎮を輩出してきた法学部の学生の就職先も変わった。今では優秀な学生が長時間労働の霞が関より、20代から好待遇で政策立案にも携われる外資系のコンサルティング会社などを選ぶことは珍しくない。

動機は「自分中心」

大沢裕法学部長は「学生の公共心は健在。ただ公共に関わる分野が民間を含む多方面に広がり、進路の選択肢も増えた。我々も様々な分野で活躍できる人材を育てていきたい」と語る。

東大の前身である帝国大学が明治期に設置された目的は国家の運営に必要な人材の育成にあり、教育の目標は明確だった。欧米列強に並ぼうとする国の意思と個人の自己実現が重なり、勉学を通じた「立志立国」が実現した。

現代はどうか。国際社会での日本の地位は低下し、国の将来像は不透明。価値観も多様になり、志や倫理意識は希薄化した。

東大出身で元官僚の坂東真理子・昭和女子大総長は言う。「戦前と違い、今の受験エリートは勉強するのは自分のためと教えられて育ってきた。だからノブレス・オブリージュ(高貴さに伴う義務)や社会に恩返しする感覚がない」

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創立者の福沢諭吉が「気品の泉源、智徳の模範」「全社会の先導者」であれとした慶応義塾も近年、OBや学生の不祥事が目立つ。「福沢の教えと全く異なることが起きている。学生にもっとメッセージを出さなくては」と伊藤公平塾長。

変化を嫌い、旧来の教育を守っている間に時代は大きく変わった。どんな人を育て、何を実現するのか。今必要なのはビジョンだ。

微修正のループ

経済同友会の教育改革委員会は「教育の将来ビジョン」を今年度の検討課題とした。委員長の遠藤信博・NEC会長は「現在の教育は均質性重視の大量生産型。社会で価値創造を担える人材の育成という視点から全体を考え直したい」と意気込む。

バイデン米大統領は今後10年で幼児教育の機会拡充や子育て支援に4千億ドル(約45兆円)を投じる計画を打ち出した。中国は35年の「教育強国」実現へ高等教育の機会拡大などを進める。教育が国力を向上させるとの考え方は同じだ。

日本にも「教育振興基本計画」はあるが存在感は薄い。08年の最初の計画策定時に教育支出の数値目標の設定が見送られ、迫力を欠く内容になった。当時、議論に加わった片山善博・早稲田大教授は「微修正のような改革をやめ、世の中を教育重視に大きく動かすきっかけにしたかったが、骨抜きにされた」と憤る。

小手先の対応策で「やった感」を出し、岩盤を砕く抜本改革は見送る。その繰り返しで世界と差が開いた。微修正のループから抜け出すには骨太な教育の未来図が要る。

 

 

 

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