時論・創論・複眼

 

 

海外の同胞守るには

 

 

武田康裕氏/小野正昭氏/川又弘道氏/古賀賢次氏

 

イスラム主義組織タリバンの攻勢でアフガニスタン政府が短期間に崩壊する事態となり、在外邦人や日本に関係する現地職員の緊急時の救出に課題を残した。企業のグローバル化で在外邦人は増加傾向にある一方で、朝鮮半島や台湾海峡という火種を抱える。政府は救出体制をどう見直すべきなのか。

 

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安全見極めよりまず動け 東京国際大学教授 武田康裕氏

 

たけだ・やすひろ 防衛大学校教授を経て9月から現職。防大名誉教授。編著書に「在外邦人の保護・救出」など

外邦人などの輸送に自衛隊を派遣するのは今回で5回目だった。基本的に自衛隊の海外派遣に慎重姿勢である日本政府が、緊迫した状況のアフガニスタンに部隊を派遣したのは画期的だ。ただ、当初救出を目指したアフガン人職員を救えなかった点で派遣は失敗だった。主因は、部隊の派遣決定までに時間がかかったことだ。

2016年、南スーダンで軍事衝突が起きた時、日本政府は発生の3日後には自衛隊による邦人救出を決めた。今回はアフガン政府崩壊から派遣決定まで約1週間もかかった。各国は崩壊直後から軍の派遣に動いている。

日本の外務省は邦人保護に自衛隊機を使うことへのためらいが非常に強い。外務省の考え方では、まずは民間機を使い、次に外国軍に依頼し、自衛隊機は最後の手段となる。一方、外務省は在外邦人に「自らの安全は自分で守る」ように呼び掛けている。その考え方に基づくなら、なぜ自衛隊機をすぐに使おうとしないのだろうか。

在外邦人の保護・救出に際しては、安全性と迅速性が二律背反の関係にある。安全性にこだわれば迅速性が失われる。日本は安全性より迅速性を重視すべきだ。安全性の確保を法的条件にしているが、これだと部隊が取りうる行動の幅が狭められ、任務はできないという方向へ傾きがちだ。米英仏などは、政府の判断にゆだね、部隊を柔軟に動かせるようにしている。

日本は朝鮮半島や台湾海峡の有事に直面する可能性がある。両方とも、邦人を救出する際に派遣先の当局の同意がとれる保証はない。ただ、同意を得られなくても救出に動かざるを得ない局面は起こりうる。国際法上は、事態が切迫している、他に適当な手段がないなどの条件を満たせば、国家の自衛権の範囲で動くことが認められている。

戦後の日本は、表向きは「国民の生命・財産を守る」としつつも、実際は国民の命より「国家の存立」を重視してきたように思う。その国家の存立も米国頼みの部分が大きかった。今回のアフガンでの経験は、日本の従来の在り方を再考させる機会になった。

 

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独自情報で「次」に備えよ 海外法人安全協会会長 小野正昭氏

 

おの・まさあき 外務省領事移住部長など在外邦人関連の経験が豊富。駐メキシコ大使などを経て2011年退官。13年から現職

アフガニスタンの治安が急速に悪化する中、日本政府は8月初旬には邦人と現地職員らの退避の検討に着手し、8月14日までには民間チャーター機を利用した退避計画をほぼ整えていたと外務省からは聞いている。しかし15日に米国すら予想しなかったスピードで首都カブールが陥落し、諸外国が大使館閉鎖と軍用機による退避を決めた。

日本政府も同日、大使館の一時閉館を決め、日本人職員が17日に国外退避した。邦人と現地職員の退避は中断せざるを得ず、チャーター機の利用は再考せざるを得なかった。最終的に自衛隊機派遣以外の手段はないとの結論に達した。

大使館は滞在する邦人には電話やメールで繰り返し退避を呼びかけてきた。アフガン政府崩壊時点で、現地の邦人は国際機関の職員を中心に10人程度で、そのうち退避を希望していた1人は後に自衛隊機で出国できた。退避活動はまだ完了していない。大使館や国際協力機構(JICA)の現地職員らの安全確保と出国が引き続き課題だ。

初の在外勤務地エジプトで1973年、第4次中東戦争が勃発し孤立した日本人観光客をバスで隣国リビアまで運んだ。砂漠を走る中、大使館員夫人が作ったおにぎりで空腹をしのいでいただいた。危機は突然やってくることを実感した。

外務省では2001年、米同時テロを担当した。邦人の行方不明者の捜索などに苦労し、在留届が身元確認や家族との連絡にいかに重要かを痛感した。事件後、在外邦人関連を管轄する旧領事移住部の領事局への格上げと人的強化を訴えた。局への格上げは実現したが、定員が増えても実際の人数が増えなくては体制強化にはならない。

重要なのは秘匿性の高い情報収集と分析能力の強化、在外邦人への情報発信だ。米英の情報をうのみにせず独自の活動が大切だ。朝鮮半島や台湾海峡の有事などへの対処にお手本はない。事案ごとに急展開に備えるべきだ。

日本大使館所属の医務官は原則として医療行為が制限されている。将来、ワクチン接種などが可能となるよう在留邦人の医療環境の改善を図るべきだ。

 

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運用見直し、現場踏まえて 元陸将 川又弘道氏

 

かわまた・ひろみち 陸上自衛隊中央即応集団司令官として南スーダン派遣部隊を総指揮。海外派遣関連の法制度にも詳しい

日本政府は今回、救出しようとした人々の大半を救えなかった。現地情報が米国頼みで独自の情報収集・分析ができていなかったのではないか。米欧各国の対応と違ってアフガニスタン人関係者の避難は最初は考えていなかったのだろう。

現行法では、自衛隊がアフガンで邦人などの保護に動くには、同国政府の同意と、軍または警察による活動地域の治安維持が必要だが、その政府が崩壊した。邦人輸送も空港の安全確保やアフガンを含む領空通過国の同意が必要だ。このため日本政府の事務方は当初、自衛隊の派遣は困難と判断し、少人数の邦人の輸送は他国に頼めばよいとしたのだろう。

結局は、米国に促されての派遣決定になったようにみえる。決定は遅れたが、その後の統合任務部隊の迅速な行動は評価できる。

自民党総裁選で派遣国の同意の見直しが議論になった。ただ、それは無政府状態に陥った場所で自衛隊に任務を遂行させることを意味する。「主な紛争当事者と戦闘することは憲法の禁止する武力行使にあたる」という従来の憲法解釈とどう整合させるのだろうか。

政治がこの課題の整合を図ったとしても、別の問題が出てくる。無政府状態の地域で空港や港湾から離れた場所にいる邦人を救出に行くには、作戦遂行に情報が必要になる。画像情報のほか、武装勢力がどこにいるといった現地の協力者から得られる情報だ。それらなしには戦闘を避けつつ退避する経路を決められない。結果的に武器を使いながらの退避になってしまい、邦人の安全を十分に保証できない。

ヘリコプターで空港まで退避させるにしても、武装勢力に携帯型の地対空ミサイルが出回っていれば実行は難しい。米軍が人質救出作戦で特殊部隊を投入する場合、情報、通信、火力、輸送、衛生など多くの部隊が作戦を支えている。

内戦地域に部隊を出すなら、情報力を強化し、派遣部隊と支援部隊の規模や構成を見直さねばならない。精神論では任務は達成できない。防衛省・自衛隊も専門家として必要な意見は明確に言うべきだ。政府全体の検証作業も必要だ。

 

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駐在員の危機予知力向上を 日本在外企業協会海外安全アドバイザー 古賀賢次氏

 

こが・けんじ パナソニックグループで海外事業の経験が長く、2006年から10年まで海外安全対策室長。同年から現職

2000年、アフリカのコートジボワールで内乱勃発前に日本大使館と日本人会の代表者で退避作戦を検討し、実行に移した。ここに私も関わった。予測した通り内乱が起きたが、日本人140人は民間機で事前に国外脱出を果たし、全員が無事だった。一方で同じアフリカでは、非常時に日本大使館職員がいち早く脱出し、邦人が置き去りになった事例もあった。

今回のアフガニスタンでの救出活動に関し、政府は想定外の事態に遭遇して退避が進まなかったという。だが、異常時には想定外はつきものであり、国家として最悪の事態が起きる前提で対応策を準備しておくべきだった。

企業には海外駐在者を含む従業員への安全配慮義務がある。ただ、海外での安全確保の取り組みはまちまちで、その情報を開示している事例はまれだ。経営トップは、かけがえのない社員と家族を送っている以上、義務を自覚してほしい。

海外危機管理の原則は平時からの体制構築だ。定期的に課題を洗い出し、できていないことは改める「計画・実行・評価・改善」のサイクルを回す。事態発生後、ただちに緊急連絡網で安否確認し、収拾まで24時間365日、対処計画が機能するようにすべきだ。

専門スタッフの育成も不可欠だ。できれば海外でテロや誘拐などの事態の収拾を経験した人が担当するとよい。専門部署は社の危機管理委員会で、必ず経営トップの参画の下、過去の取り組みを総括し今後の方針や個々の役割、予算などを細かく決めておくことだ。

企業は、海外駐在員の赴任前に、地域事情と非常事態に巻き込まれた場合の対処法を指導しなければならない。駐在員は、赴任地の治安・宗教・文化・習慣などについて日本との違いを理解し、危険を予測する能力を高めるべきだ。自分と帯同家族の安全を自ら守る自己管理が基本であることを認識してほしい。

海外安全ホームページなど外務省や在外公館の情報発信は、近年大幅に刷新され、充実した。コロナ禍で各種の海外安全セミナーは対面式では開催されていないが、収束後に再開されるよう期待している。

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〈アンカー〉執着薄い政府 不断の改善を

日本の安全保障の歩みを振り返って常に感じるのは「窮地に陥った民を守ることへの国家の執着の薄さ」だ。先の大戦では、空襲で無数の国民が犠牲になり、外地では取り残された人々が引き揚げに難渋した。現在、日本に対するミサイル脅威が増しても国民の避難問題は忘れ去られたままで、アフガニスタンでは救出の出遅れが露見した。

識者の多くが語ったのが自民党総裁選や衆院選といった変化の中でも、在外邦人らの救出体制の不備を巡る検証や改善をうやむやにしてはならないということだった。陸自OBの川又氏からは、政治家が部隊派遣見直しに言及する際には、専門家の声を踏まえてほしいとの注文もついた。

良い取り組みも存在する。次なる危機が訪れても、以前より上手に対処できたと言えるよう、不断の改善に取り組む日本であってほしい。

 

 

 

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