カバーストーリー
「演歌のようなショパン」聴衆沸かす 個性踊った鍵盤
ショパンコンクールで日本人ダブル入賞
ポーランドで21日に最終結果が発表になった第18回ショパン国際ピアノ・コンクールで、反田恭平(そりた・きょうへい、27)が2位、小林愛実(26)が4位と、日本人のダブル入賞となった。反田の2位は、日本勢の最高位だった1970年(第8回)の内田光子に並ぶ快挙だ。
反田がファイナルに登場した18日、演奏したのはショパンのピアノ協奏曲第1番だった。第3楽章での弾むようなアクションと音色に、伴奏のオーケストラもノリノリ。聴衆からはオケの演奏が終わらないうちに拍手が巻き起こった。現地で聴いたピアニスト・文筆家の青柳いづみこは「オケの全ての楽器と対話し、一緒に音楽を作っていた。圧倒的な存在感だった」と話す。
緩急や強弱のメリハリが絶妙だった。「演歌のようなショパン」とも青柳は評する。その個性は、ピアニストの枠にはまらない経験によって培われてきたのかもしれない。自らのCDレーベルを立ち上げたほか、音楽家が経済的に自立して活動し続けられるようにと世界でも珍しい株式会社の形態をとるオーケストラまで設立。若手音楽家が演奏方法のツボなどを伝授する会員制のオンラインサロンも運営している。最終結果の発表前の座談会で語った音楽家としての理想像は、米大リーグで投手と野手の二刀流を実現する大谷翔平だった。同じ27歳として、常識にとらわれない次元での活躍を目指してきたのだろう。
前回ファイナルに進みながら入賞を逃した小林も、今回は高い評価を獲得した。20日に協奏曲の第1番を弾き、ゆったりとしたテンポをとって優美な弱音を紡いだ。青柳は「日本人らしい繊細さを強調した音楽作りをしていた。国際舞台で戦う方向性を明確に打ち出し、成功した」と分析する。
ショパン国際ピアノ・コンクールで4位入賞した小林愛実さん=20日、ポーランド・ワルシャワ(共同)
このコンクールがほかの音楽コンクールと大きく異なるのは、ショパン作品の演奏のみで競うところだ。しかも開催は原則5年に1度。経済成長とともにピアノの愛好家が増え、なかでもショパンの人気が高いアジア勢の躍進が回を追うごとに目立つようになってきた。
ベトナムのダン・タイ・ソンがアジア勢で初めて第1位を獲得したのは1980年(第10回)で、今回は審査員の一人に名を連ねている。2000年には中国のユンディ・リ、15年には韓国のチョ・ソンジンが優勝し、国籍の多様化は進んでいた。今回も本大会に出場した87人のうち中国勢が22人と最多。日本の出場者14人はご当地ポーランドに次ぐ3番目だった。
このコンクールは保守的なことでも知られてきた。主催するのはショパンをポーランドの大切な文化遺産として研究する国立ショパン研究所だ。繊細なショパン像を固守するような、折り目正しい演奏をする正統派が評価されてきた。
近年の大会では、最前線の研究成果に基づく楽譜「エキエル版」の使用を推奨しはじめた。さらに2018年にはショパンが生きた時代の古いピアノを使った「ショパン国際ピリオド楽器コンクール」を初めて開催し、今後も5年に1度開く予定だ。
ピアニストたちは、ショパン自身が思い描いたものにより近い楽譜を手にし、音を耳にしたことになる。ピアノコンクール事情に詳しい全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)の加藤哲礼育英・広報室長は「原点に戻ることで、従来の演奏上の慣習や固定観念にとらわれず、それぞれのピアニストがショパンの自筆譜を読み込むなどして『私のショパン観』を深めたのではないか」と指摘する。
新型コロナウイルスの影響でコンクールが1年延期となり、思索の時間も増えただろう。小林は予備予選前の6月、コロナ下で録音したショパン作品のCDについて「内にこもるこの状況だからこそ、第三者に聴かせるというより、ショパン自身やショパンの作品と対話しながら演奏した」と語っていた。
今回の入賞者の演奏には、テンポやダイナミクス(音の強弱)の解釈で個性を押し出したものが目立った。正統派の演奏が好まれるこのコンクールではあまり見られなかった変化だ。審査員も様々なショパン像を受け止めた結果、今回のコンクールは激戦となった。ファイナルは10人の予定だったが、絞りきれなかったようで進出者は12人に。最終審査の発表も予定より大幅に遅れて現地時間深夜にずれ込んだ。最終結果も2位と4位それぞれに2人が入り、入賞者は計8人に上った。
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