EU軍創設には課題山積 共有ビジョンを作れるか

 

 

 

ドイツの連邦議会選挙(総選挙)の結果を受けた連立交渉は難航が予想される。だが各党の公約から判断する限り、次期政権は「欧州連合(EU)軍」の創設を目指すことになる。この点はすべての主要政党が支持しており、特に今回、僅差で勝利した中道左派のドイツ社会民主党(SPD)はEU軍創設の考えには積極的だからだ。

 

イラスト James Ferguson/Financial Times

米国、英国、オーストラリアの英語圏3カ国が9月15日に新たな安全保障協力の枠組み「AUKUS(オーカス)」の創設を発表したことを仏政府は「後ろから刺されたようなものだ」と評した。以来、マクロン仏大統領は、EUの戦略的影響力を前にも増して高めようと決意を新たにしている。

欧州では「EUとしての主権」や「EUの戦略的自立」「EU軍創設」を求める声が最近高まっているが、どれも空想の域を脱していない。EUがこれらの理想を実現するのに必要な莫大な予算や仕組み、共通のビジョンを共有できているかといえばほど遠い。

 

「戦略的自立」を追求する必要あるが

だからといって戦略的自立が誤った発想なわけではないし、EUが地政学的な影響力を失っていくと指摘しているわけでもない。EUは貿易協定を締結したり、制裁を科す可能性を示したりすることで世界の国々の行動を変えることができる。

しかし、経済力や道徳的観点から相手を説得する手法は、軍事力に取って代わるほど常に効果を発揮するわけではない(報道によると、第2次大戦中に連合軍がローマ教皇の後ろ盾を得る可能性を議論した際、スターリンは教皇の影響力を推し量るため「いくつ師団を持っているのか」と尋ねたとされる)。

EUの加盟27カ国は、軍事面の安全保障では依然として米国に大きく依存している。これは憂慮すべき状況だとするフランスの主張は正しい。歴代の米政権は、経済的に豊かなEUの防衛に多額の予算を投じて支援する忍耐が限界に達しつつあることを極めて明確にしている。

米国の政治は安定しているという前提も崩れ去った。トランプ前政権のようにEUや自由民主主義の価値観を強く敵視する米政権が再び出現した場合に備え、EUは戦略的自立をもっと推進する必要がある(EUから離脱した英国は、そんな事態が発生したらさらに脆弱だ)。

だが、そうした方向に進むための戦略面、政治面の現実は依然として厳しい。米国の年間防衛費7000億ドル(約78兆円)強に対し、EU加盟国のそれは計2000億ユーロ(約26兆円)弱だ。EUの防衛費は加盟各国の国家予算の寄せ集めだ。そのため、多くの機能が重複する一方で、一部の重要な能力(輸送機など)が欠落している。

 

世界的危機への対応が加盟国間で異なる現実

さらに深刻なのは、加盟各国の防衛を統合させるための根拠となる政治的ビジョンが欠如していることだ。EUは大きな世界的危機が発生すると意見が分かれることが多い。

カダフィ政権下のリビアに対する2011年の米国による軍事介入に英仏は参加したが、ドイツはしなかった。03年のイラク戦争では、独仏はロシアとともに米国主導の侵攻に反対したが、スペインやオランダ、デンマーク、イタリア、さらには後にEUに加盟したポーランドなどは米侵攻を支持した。

EU加盟各国の戦略的優先順位は、その歴史的、地理的な背景から今も国によってしばしば大きく異なる。中欧諸国は第2次大戦と冷戦の経験から、最終的に信頼できる唯一の安全保障上の頼みの綱は米国以外にないと今も考えている。チェコのある政治家は筆者にこう語った。「1938年から我々が学んだのは、フランスは安全保障上、頼りにならないということだ」(編集注、チェコスロバキアはフランスと20年代から同盟関係にあったが、36年にナチスドイツがラインラントに進駐して以降、ほぼ機能しなくなり、チェコも38年侵略された)

 

唯一の安保理常任理事国フランスへの不満

そのフランスも別の問題を抱えている。フランスは、EU加盟国の中で唯一の国連安全保障理事会の常任理事国にして核保有国だ。ドイツの主要政党はすべて、フランスに代わってEUがその常任理事の席を確保するのが望ましいと考えている。だが仏政府は9月22日、この可能性を冷たく否定した。

フランスは、他のEU加盟国を一種の外国人部隊として扱っているようだといわれることがある。つまり、自国の国際的な目標を達成するために、さらなる加勢が必要なときだけ加盟各国に協力を求める、と。EUの外交官らは、フランスが自国と同等に扱うEU加盟国はドイツだけだと時々嘆く。

だがドイツでさえマクロン氏がいきなり新しい発想を押しつけてくるのを苦々しく思っている。これは周知の事実だ(同氏が2019年に北大西洋条約機構=NATO=を「脳死状態だ」と発言したことは特に独政府の怒りを買ったようだ)。

フランスもドイツが「平和主義」を「意図的に」強く打ち出してくる戦略に業を煮やすことが多い。ドイツは言葉の上ではEU軍創設を支持しているが、その軍隊をいつ投入すべきかでEU内の意見が対立した場合どうなるか、深く考えた人はほぼいないように思える。独政府が反対しても、独軍が戦場に派遣されることなどありえるだろうか。EUがこうした存立に関わる問題を多数決で決められるようになるには、まだ1世代以上の歳月がかかりそうだ。

シンクタンク欧州外交評議会のウルリケ・フランケ政策研究員は、ドイツ国民がEU軍創設におおむね賛成なのは、自国だけの軍隊を抱える居心地の悪さをいまだに拭えずにいるのと、EUは平和を追求する存在という漠とした印象を持っていることが大きい、と分析する。

深刻な危機なくしては難しいビジョンの共有
EUの「戦略的自立」の実現を目指すには構造的、財政的、政治的障害が立ちはだかる。だが、ドイツ人もフランス人も互いに憤りを感じながらも、両国には協力していかなければならないという強い思いがある。EU内では独仏両政府が合意した事項は、依然として絶大な力を発揮する。

メルケル独首相退任後の新時代は、様々な新しい可能性を開くことになるだろう。フランスは戦略的自立の実現に向けて新たな機会を抜け目なく捉えていくに違いない。しかし、EUが戦略的自立に向けて本当に動き出すには、トランプ氏の米大統領再選といった極めて深刻な危機に直面する必要があるのかもしれない。

 

 

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