理科教育の課題 「科学とは」授業で欠落

 

中山迅・宮崎大学教授

 

データサイエンスの理解などが全ての若者に求められる時代になった。理科教育が専門の中山迅・宮崎大学教授は、その土台部分の学習に欠落があると指摘する。

国が大学などのデータ・AI(人工知能)人材育成の取り組みを認定する「数理・データサイエンス・AI教育プログラム認定制度」が今年度始まった。データサイエンスの名を冠した学部・学科の相次ぐ新設や小中高校の授業へのプログラミングの導入なども一連の流れだろう。

理論と証拠に基づき物事を予測したり、制御したりすることの重要性が国レベルで認められるようになったことは喜ばしい。国民の高い科学的リテラシー(知識と能力)は国の発展や個人の的確な判断と行動を支える。しかし、国際的な調査からは少し気がかりな結果が報告されている。

一つは国際教育到達度評価学会(IEA)による2015年の国際数学・理科教育動向調査(TIMSS)だ。小学校4年生の保護者の算数・数学と科学に対する姿勢を8つの質問から調べたところ、日本は否定的な回答が突出して多かった。

この質問には「ほとんどの職業は数学や科学、テクノロジーに関するスキルを必要とする」「科学を学習することは、すべての人にとって大切である」などへの肯定・否定が含まれている。

日本では親世代の18%が理数系の学びが大切であるとは考えておらず、それが国際的に見て極端であることにも気づいていない。小中高校の学習指導要領は「科学の有用性」を認識することを重視しているが、まだ実を結んでいないようだ。

 

小学校の算数の成績を気にする保護者は多そうだが、それが子どもの将来生活にとって大切だと思っている人は案外少ない。このような傾向が、証拠に基づいて論理的に対話することを軽視する社会全体の風潮と結びつくとすれば心配だ。

科学研究や経済活動での国際的な競争力低下の背景となっているおそれもあるし、科学が関係する社会的問題の適切な解決を妨げることにもつながりかねない。社会や日常の問題について科学に基づいた判断を行うには科学的な知識、十分な証拠(データ)、そして妥当な手続きが不可欠だ。それを重視する姿勢が根本にあることが必要だ。

経済協力開発機構(OECD)が15年、高校1年生を対象に行った学習到達度調査(PISA)で「科学とは何か」に関する認識を調べた結果も気になる。

その内容はこうだ。科学の特徴には、観察や実験から得られた証拠に基づいて真偽が決定される「実証性」▽同じ条件で何度繰り返しても同じ結果が得られる「再現性」▽定説とされる理論や法則も新しい発見があれば覆される可能性があり、「正しさ」は当面のものであるという「暫定性」――などが含まれる。

「何が真実かを確かめるよい方法は、実験することだ」という見解への賛否を尋ねる形で実証性に関する認識を調べたところ、この見解に賛成した日本の高校生は80.6%だった。

同様に「発見したことを確認するために、実験は2度以上行った方がよい」(再現性)には81.2%、「科学の本に書かれている見解が変わることがある」(暫定性)には76.9%しか賛成していない。数値だけ見ると高い割合と感じるかもしれないが、他国と比べると実は日本は最も低いグループに位置している。

例えば米国は実証性には90.0%、再現性には91.7%、暫定性には86.8%がそれぞれ賛成している。教科書に書いてあっても新事実の発見で学説が変わりうることは自然科学では当たり前であり、それこそが科学の発展の一部なのに、そのことを認めない若者が無視できない割合でいることに驚かされる。

どうも教科書の内容を絶対視しすぎているようなのである。日本人は全体的に高い科学的知識があるが、科学の本質についての理解が十分かというと、そうでもない。

原因の一つは学校の教科書に「科学とは何か」を教える内容が乏しいことにある。学習指導要領に、学習すべき内容として明記されていないため、教科書でもほとんど触れられていない。

大阪大学の岡本紗知准教授らが日本とカナダの生物の高校教科書を比較した研究によると、科学の暫定性についての日本の教科書の記述量はカナダの17分の1程度という。「科学とは何か」について正面から問いを立てたり、教えたりしないことが弱点になっていることが懸念される。

私は教育学部と教職大学院で教員養成に携わっているが、学生に理科の模擬授業をさせるときにはすべての班の実験結果を黒板上などで共有し、それが再現性の確認につながることを説明している。私が中学生だった頃の教科書ではキノコやカビなどの菌類は植物に分類されていたが、今では含まれなくなっていることなども取り上げる。

日本はこれまで、科学技術分野で世界をリードしてきた。現在はデータサイエンスや文理融合といった言葉が飛び交い、理系人材だけでなく国民全体についてこれらを推進しようとしている。

しかし、国際的な調査結果はその土台となる理科教育が万全ではなく死角もあることを物語る。学力の国別順位などに比べ行政があまり取り上げてこなかったこれらの調査結果にも注目し、学習指導要領や教科書の記述にも反映していくことが望まれる。それが複雑化したSDGs(持続可能な開発目標)時代の科学的リテラシー育成の第一歩になるだろう。

 

本質的な理解へ 学習内容点検を

2019年のTIMSSでは砂漠の絵を見て、描かれたものの中から生き物と生き物でないものを選ぶ問題が出された。前者は「ラクダ」、後者は「石」などが正答だ。日本の小4の正答率は37%で、国際平均(45%)より有意に低かった。

中山教授によると、日本の理科の授業では生物の体のつくりやはたらきは詳しく学ぶが、「生物とは何か」という本質的な事柄はあまり教えられていないという。

コロナ禍は科学的な知識・思考が全ての市民に必要であることを浮かび上がらせた。学校の授業内容も、いま一度点検と工夫が必要ではないか。

 

 

 

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