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接種率はヒミツ 内気な自治体、ワクチン統計ご都合主義

 

 

新型コロナワクチンの接種率を独自基準で公表する自治体がある

都道府県の6割が新型コロナウイルスの市区町村別ワクチン接種率を公表していない。「比較されたくない」と自治体が反対するためだ。ほかの統計も都合良く集計基準を変えたり、結果を明かさなかったりする事例がある。地方自治の原則のもと裁量が認められているとはいえ、競争や説明責任から目を背けていては統計を地域活性化に生かせない。

「未入力を踏まえない実績で世田谷は23区最下位といわれた」。東京都世田谷区の保坂展人区長は不満を吐露する。同区は接種に協力する医療機関の負担を減らすため、本来は医療機関が担う国のワクチン接種記録システム(VRS)への入力作業を区が代行する。区側の入力が遅れ、多い時は7万〜8万人分もの未入力が生じたため、接種率が低く計算された、というのが保坂区長の主張だ。

保坂区長はSNS(交流サイト)に未入力分を追加した「本来」の接種率を公表している。ただ分母を「12歳以上の区民」とした独自基準で計算している。国は全人口を分母として使う。接種対象外の子どもを分母に含めた方が、社会全体で感染しやすい未接種者がどれだけ残っているかがわかりやすいためだ。

子どもの多い大都市は、世田谷区と同様、12歳以上の住民に限った接種率を公表するケースが目立つ。堺市は12歳以上を分母とした接種率と、全人口を分母とする接種率の両方を公表している。9月28日時点で12歳以上の接種率の方が6ポイント高かった。

日本経済新聞社が9月、全国主要都市(東京23区と県庁所在地、政令指定都市の計74市区)を調べたところ、分母は「12歳以上の住民数」が30.6%で最も多く、国基準を採用する自治体は19.4%だけだった。接種券の発送数を分母とするケースもあったが、これも国基準よりも高い結果が出る。

実は国はデータベースを通じて市区町村別の接種率を把握し、都道府県とも情報を共有している。国は公表を検討したが、近隣との比較を嫌う自治体の懸念が強く、断念した。

全国知事会の調査では、自治体から「個別事情を勘案せず、単純に高い低いだけで評価されてしまう」「市町村から競争になる状況は極力避けてもらいたいとの発言が出ている」との慎重意見が相次いだ。日経新聞が9月時点で47都道府県に確認したところ、市区町村別の接種実績を「公表できる」と答えたのは5府県(10.6%)だけで、「公表できない」が29都道県(61.7%)もあった。

統計や調査の結果を巡り、自治体が比較や競争を避けるケースはほかにもある。

観光地などを訪れた人数の統計も一部都道府県が独自の基準で集計し、うまく比較できない。観光庁は共通基準の導入を呼びかけるが、いまも大阪府が未導入だ。沖縄県や石川県は導入済みだが結果を公表していない。共通基準に沿って宿泊者数の集計を延べ人数から実人数に変えると実績が減ってしまうことなどがネックという。

全国学力テスト(全国学力・学習状況調査)も市区町村別の結果を公表しない都道府県が多い。地域格差が明らかになることの悪影響を懸念している。

東京大学社会科学研究所の田中隆一教授は「公表が前向きな効果を生む可能性にも目を向ける必要がある」と指摘する。研究では、学力テストの結果公表には児童の学力を上げる効果があったという。公表自体が自治体や学校の努力を促す。放課後の補習の頻度が増え、児童が家で宿題をやるようになるとの結果が出ている。

それでも国は集計基準の統一や結果公表を強制できない。地方自治への配慮が必要なためだ。

前京都府知事で地方自治に詳しい京都産業大学の山田啓二教授は「データを公表せずにどうやって市民に協力を呼びかけ、議会で議論を進めるのか」と疑問を投げかける。地方が自分で考え、自分で決めるのが地方自治の原則だが「情報なしに考えたり決めたりはできない。公表が大前提だ」と指摘する。

「個人情報に配慮し、いたずらな順位競争の抑制は必要だが、工夫して公表すれば済む話だ」とし、そうした工夫も検討せずに公表しないのならば「説明責任を果たしていないといわれても仕方がない」と断ずる。

保育所の待機児童数や新型コロナウイルスの重症者数など、自治体が国の基準と異なる独自の集計を示し、住民の疑念や混乱を招いたケースは枚挙にいとまがない。国の基準が絶対ではないにせよ、独自の基準を採用するのなら、それが地方自治の趣旨に沿っているかを問われるのは当然だ。

 

地域活性、データこそ宝の山 

全国共通のデータに基づく地域比較には宝の山が眠る。地域課題の解決を早め、民間の新サービスを生み出す効果が期待できる。

例えばスタートアップ企業のワイズバイン(横浜市)が自治体データを活用して開発した行政リソースマッチングサービス。規模などが似ている他自治体の成功事例や、使えそうな国の交付金などを検索できる。そうした成長の芽を自治体は自ら摘んでいないか。

デジタル庁が9月に発足した。全国共通の自治体システム「ガバメントクラウド」の導入も目標に掲げる。ワクチン接種なら、件数などがほぼリアルタイムで共通のクラウド上に蓄積される。どこに課題があるか官民が分析し、テコ入れ策などを検討できる。自治体も証拠に基づいて必要な支援を求めやすくなる。

別々にシステムをつくるコストを削減し、住民サービスに注力できる。大きな自治体ほど行政サービスが充実していることが多い現状を改善する可能性も秘める。

総務省は図書館の貸し出し予約など58の手続きを「優先的にオンライン化を推進すべきだ」と定める。この手続きについて、2019年度のオンライン利用率は47.5%にとどまる。ニーズの高い子育てや介護の手続きで利用率が低く、デジタル化は急務だ。

デジタル化を最大限生かすには、市民や地方議会を巻き込む建設的な議論が不可欠だ。データ公開はその大前提。比較を恐れるのは宝の持ち腐れだ。

 

 

地方自治

地方の問題や業務は自治体が地域の特性に合わせて自主的に処理し、その決定過程に住民が参加すべきだとする理念。身近な課題を解決することを通じて公共心が養われるとして「民主主義の学校」とも呼ばれる。地方自治の進展が民主主義の成熟度を表すとされる。大阪府市の「大阪都構想」は住民投票で否決されたが、自治体のあり方を自ら問い直した例ともいえる。

趣旨を外れた自治体の判断が話題になることもある。ふるさと納税制度は自治体の過度な返礼品競争が趣旨をゆがめたとの指摘がある。新型コロナウイルス対策に使うはずの地方創生臨時交付金を巨大なイカのモニュメントに投じた石川県能登町には批判的意見も多かった。

 

 

 

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