9.11から20年

 

 テロとの戦い、続く試練

 

 

テロの標的になった世界貿易センタービルはニューヨークの象徴だった(2001年9月11日)=AP

2001年9月11日。世界を震撼(しんかん)させた米同時テロが発生した。圧倒的な軍事力を背景に米国はアフガニスタンで戦争を始めたが、同国史上最も長く兵士と税金を投じる結果となった。最終局面では自国民などの退避で大混乱も招いた。過激派組織などは各地で活動を続けており、民主主義陣営によるテロとの戦いは試練が続く。

 

米国泥沼、中ロの挑戦招く

同時テロ後、米国民はテロとの戦いを強く支持していた。しかし米兵の犠牲を出し、巨額の戦費をつぎ込んでも、成果を実感できず熱気は冷めていった。この20年の間に、中国やロシアの台頭を許し、国際秩序を変更しようとする挑戦を招く事態となった。

国際テロ組織アルカイダは4機の民間機を乗っ取り、ニューヨークの世界貿易センタービルなどに衝突させた。旧日本軍による1941年の真珠湾攻撃以来の米国に対する大規模な攻撃となった。米軍はアルカイダ指導者のウサマ・ビンラディン容疑者をかくまったアフガンのタリバンから最後の拠点を2001年12月に奪取した。

アフガン戦争はここから泥沼化する。ブッシュ政権(第43代)は03年にイラク戦争も始め、兵力が分散することでタリバンに反転攻勢の隙を与えた。オバマ政権はアフガン戦争終結を目指したが、戦況悪化を受けて米軍増派。トランプ政権がタリバンと和平合意を結んで終戦への道筋を付けた。バイデン政権は軍撤収の最終局面で混乱を招きながらも幕を引いた。

戦費はかさんだ。米ブラウン大の推計によると、米国はアフガン戦争に2.3兆ドル(約250兆円)を使った。2400人以上の米兵らが命を落とした。

米国がテロとの戦いに注力する間、中ロ両国は軍事力を高めた。兵器開発や部隊再編を推進し、サイバーや電子戦の能力も高めた。米ランド研究所は台湾有事が起きた場合の制空権をめぐり米軍が1996年時点で絶大な優位性を持っていたが、17年に米中が互角になったと指摘した。

米国は中ロがサイバー攻撃や民兵組織を駆使して国家の関与を曖昧にして、米軍の軍事介入を招かない「グレーゾーン作戦」も進めたとみている。中国は「民間漁船」を使って南シナ海の実効支配を強め、軍事拠点化に成功した。

ロシアは14年、ウクライナの政治対立の混乱に乗じて、同国領のクリミア半島を併合した。米欧などは不当な占領だと批判したが、ロシアのプーチン大統領は平然とやりすごしている。

サイバー攻撃は米国民の身近な脅威にもなった。米国はロシアのサイバー犯罪集団を中心に重要インフラに対してランサムウエア(身代金要求型ウイルス)攻撃を行っているとみる。今年はランサムウエア攻撃で石油パイプラインの稼働が一時止まってガソリン価格が上昇し、食肉工場の閉鎖で供給不安が起きた。

 

 

グローバル経済に綻び

米同時テロが起きた2001年、中国が世界貿易機関(WTO)に加盟した。世界の工場として存在感を飛躍的に高め、ほかの新興国も絡み、経済のグローバル化が大幅に進んだ。しかし近年は米中対立が激しくなっているほか、巨大IT(情報技術)企業の独占的状況や経済格差などの綻びも目立ち始めている。

中国経済は社会主義市場経済を進めるもと、強力な内需を追い風に急成長を続けた。国際通貨基金(IMF)によれば、購買力平価でみた01年の中国の国内総生産(GDP)は米国の4割弱にすぎなかった。だが、21年では米国を18%上回る。

米1強は米中2強へとシフトしていった。19年には米中対立が激化し、関税引き上げの応酬に発展した。米国が中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)を排除するなど、両国の亀裂によってブロック化が進んでいる。

世界貿易センタービルの跡地にできた超高層ビル「ワン・ワールドトレードセンター」(2020年12月)=ロイター

米国ではアップルやグーグルといった巨大テック企業が急成長し、世界の顧客を取り込んだ。生活の利便性を高める一方、独占につながる動きについては、米議会が厳しく追及する。

金融市場もグローバル化が進んだ。情報技術の進展も相まって、国境をまたぐ投資マネーは膨張し、政府や企業にとっては効率的な資本調達への道が広がった。

だが資産価格は連動性を強めるあまり、08年のリーマン・ショックのような危機が世界で瞬時に増幅してしまう副作用も併せ持つ。21年3月の新興国のドル建て債務は4兆ドルと20年間で5倍に増えた。

20年の新型コロナウイルス流行後は各国が財政出動や金融緩和を進めた。だが、新興国では財政余力が乏しかったり、金融政策が十分に機能しづらかったりする国も少なくない。ワクチン接種が遅れている途上国では景気回復どころか、貧富の格差が拡大し、社会情勢も不安定な状況だ。

IMFや世界銀行は途上国支援に力をいれるが世界全体で足並みをそろえた回復の実現は難しい。経済グローバル化の恩恵が世界中に行き渡っていないのが実情だ。

 

原油の脱・中東依存進む

米国では2000年代後半からのシェール革命によって原油・天然ガスの生産量が飛躍的に増加し、中東からの原油の輸入が急速に減っていった。エネルギー地政学の劇的な変化は米政府の軍事・外交政策を「内向き」にさせた。

車社会の米国では有権者がガソリン価格の変動に敏感なため、米政府は相場に目配りしてきた。

「水圧破砕法」と呼ばれる技術を通じたシェール革命で、米国は10年代に世界有数の原油と天然ガスの生産国となった。

「米国によるエネルギー支配の黄金時代が来る」。トランプ前大統領は17年、こう宣言した。米エネルギー情報局(EIA)によると、18年には米国の原油と石油製品の合計生産量がサウジアラビアを追い抜き、世界トップとなった。20年には純輸出国にもなった。

天然ガスも17年に純輸出国に転じた。オバマ政権時代に相次いで計画された液化天然ガス(LNG)の輸入基地が、シェール革命を受けて輸出基地に転換された。わずか10年程度でLNGの生産能力は世界3位になった。

一方、脱炭素も、世界のエネルギーの大きな流れだ。産油国の原油収入が減少すれば脱炭素を見据えた産業振興策の原資が細る。

中東の若者の人口は増え続けている。産油国政府は新産業の育成で経済の石油依存を軽減するだけでなく、雇用を提供することで若者の過激派へ傾倒を食い止めようとしてきた側面もある。中東発の混乱が発生すれば、アジアにシフトする米国の戦略にも影響しかねない。

 

 


 

「戦いからは立ち去れない」 9.11から20年、識者に聞く

 

 

「イスラム過激派、注視必要」 デビッド・ペトレアス氏(元米中央軍司令官)

 

米同時テロ後の20年に及ぶ戦争から学ぶべきことは、イスラム過激派との戦いから立ち去るわけにはいかないということだ。20年は十分ではない。持続的なコミットメントが必要だ。アフガニスタンでのイスラム主義組織タリバンの勝利を受けて、国際テロ組織アルカイダや過激派組織「イスラム国」(IS)は聖域の再建を狙うだろう。

イスラム過激派が拠点を再建しようとするたびに破壊しなくてはならない。対テロ活動は艦船や湾岸諸国の基地からとなり、より難しく、費用がかかるようになる。

タリバンのアフガニスタン支配は、民主主義や人権、女性の権利を尊重する米国や自由世界全体の利益ではない。

米国は多くの問題に同時に対処する能力がある。オバマ政権時代にはアジアへのリバランスも始めた。現在、最も重要なのは中国との関係だ。できる限り相互利益の関係を保ち、協力できる分野では協力するとともに、競争と抑止を強化する必要がある。

 

 

「米、他国に割く余力なく」 三牧聖子氏(高崎経済大准教授)

 

再度のテロは許さないと遂行された戦争の目的は次第に拡大した。女性の権利擁護や民主的な政府の樹立などが掲げられ、引き際を見失った。

新型コロナウイルス拡大で65万人超の死者を出し、格差も広がる米国には他国に大々的に介入する余力はない。バイデン大統領の「他国を造り替えるための大規模な軍事作戦の時代は終わった」との発言は率直な「アメリカ・ファースト」の表明だ。

アフガニスタンを西洋的な「民主主義国家」に造り替えるという計画にも問題があった。都市部では女性の権利の尊重が促進されたが、戦禍の影響が大きい農村部の女性は生活基盤を破壊され男性の働き手を失い、苦難を強いられた。家父長制の根強い同地の文化や歴史の理解に基づく復興支援だったとは言い難い。

今後も米国はイスラム主義組織タリバンがどう女性や少数者を扱うか監視し、人権を守る必要がある。人権は本来、米国が中国に最も優越できる分野であるはずだ。その旗を降ろすべきでない。

 

 

「平和構築に課題残す」 山本忠通氏(元国連アフガニスタン支援団代表)

 

2001年以降の経験は平和構築のあり方に根本的な問題を提起した。紛争後に先進国の民主政治制度を移植しようとしても、かえって政治と社会を混乱させる場合がある。各地の政治実態、社会風土、伝統を考慮して徐々に発展へ導かなければならない。

「戦いは失敗に終わった」と断言する見方にはくみしない。成果もあった。20年2月の米国とイスラム主義組織タリバンの合意では、国際テロ組織の活動を認めないことが確約された。この成果をタリバンに守らせることが必要だ。20年間で女性の権利を巡る状況も改善した。

タリバンと国内各勢力の協議で「アフガニスタン人自らが国のあり方を決める」ことが大事だ。国際社会は新しい政府が包摂的なものとなるよう働きかける必要がある。

国際社会がコンセンサスを持って、支援していく必要がある。日本の信頼は高い。日本のような国が関係国に呼びかけて、協力を促すことが重要だ。アフガンを国際社会の孤児にしてはならない。

 

 

 

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