複眼

 

五輪・パラが残したもの

 

 

來田享子氏/谷真海氏/渡辺守成氏/三崎冨査雄氏

 

新型コロナウイルス禍で1年延期して開催された東京五輪・パラリンピック。五輪で過去最多のメダルを獲得した日本選手の活躍に沸く一方、開幕直前まで続いた混乱やコロナ感染者の急増で賛否が渦巻いた。開催経費の膨張や組織委員会の不透明な意思決定プロセスなど課題も残した。オリパラの教訓とは。

 

 

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「感動」以外の成果、可視化を 中京大学教授 來田享子氏

 

らいた・きょうこ 五輪史などが専門で、日本スポーツとジェンダー学会会長を務める。今年3月から東京大会の組織委員会理事

 

新型コロナウイルス禍に伴う1年延期という初めての事態の中、大会組織委員会は巨大イベントを遂行する力を世界に見せられたと思う。一方でスポーツを通じて社会課題を考え、未来につなげるという五輪・パラリンピックムーブメントの具体化は道半ばだ。

五輪での日本の最多のメダル獲得で「成功」、ほぼ無観客で赤字になったから「失敗」といった単純な評価はそぐわない。招致を決めて以来、誰が何にどう資源を投じてきたのか。予定通り達成できなかった項目は何か。ジェンダー平等の推進などを含めて課題を分析し、具体的な取り組みを生み出せるかで開催した意味は大きく変わってくる。

コロナ前、国民の多くは五輪をただのスポーツ大会としか捉えていなかっただろう。重要事項は国際オリンピック委員会(IOC)などが決めてしまう二重構造があるとはいえ、組織委や日本オリンピック委員会(JOC)に大会の理念や開催意義をもっと的確に伝える言葉があれば意識は変わったと思う。

東京大会の組織委は来年6月に解散する予定だが、IOCは今後、各大会の組織委を閉幕から5年間は存続させ、社会への影響を長期的にモニタリングする役割を求める方針のようだ。

招致時のポイントはインフラ投資や経済効果、選手村の跡地利用が主だった。今はソフト面でのレガシー(遺産)が大会の意義や成果になるという考え方が主流だ。日本が先んじてその可視化に取り組み、新たなモデルを示す必要がある。アスリートの懸命な姿勢は今大会も人々の感情を揺さぶったが、「夢」や「感動」でとどまっては多額の税金を投入する意味はない。

2030年冬季大会の立候補を札幌市が検討している。東京大会の招致から現在に至るプロセスの反省をもとに開催の意味を市民レベルで創出できることが大前提。SDGs(持続可能な開発目標)などを参考に地域課題を明確にし、その解決にスポーツがどう役立つのかを判断の起点とすべきだ。開催ありきで意義を唱えるのではなく、招致を見送る選択肢も含めて議論する必要がある。

 

 

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パラへの支援ここから パラリンピアン 谷真海氏

 

たに・まみ パラリンピックに4大会出場。走り幅跳びからトライアスロンに転向した東京大会は10位。サントリー所属

 

20年前に骨肉腫を発症して右足膝下を切断した後、走り幅跳びを始めた私はスポーツに救われ、スポーツで自信を持つことができた。2013年の東京大会招致のプレゼンテーションで訴えたのは「スポーツの力」。新型コロナウイルス禍で大会へ批判的な意見も目立った時期は、この言葉の使用にためらいも感じたが、世界中から開催への感謝の思いを示され、その力を再認識できた。選手の活躍や輝いた表情が多くの人の心を動かしたと思う。

招致活動に関わりながら、日本のパラスポーツは世界から遅れていると痛感する場面は多かった。それは心のバリアフリーといった面でも日本に課題があることを意味する。12年に出場したロンドン大会。8万人で埋まったスタジアムの熱気を目の当たりにし、日本で開催するならこれを受け継がないといけないと胸に刻んだ。

今回はほぼ無観客となってしまったが、特に子供はすぐに「壁」を乗り越えることができるし、多様な価値観を受け入れることができる。パラスポーツの持つ価値は大きく、コロナが落ち着いた後はこれまで以上に大会を誘致したり、観戦機会をつくったりする運動を続けていけば社会を変える力になると信じている。

招致決定から8年でハード面で改善が進み、障害者スポーツが厚生労働省から文部科学省に移ってスポーツ庁に一元化された。報道やスポンサー企業の広告にパラ選手が登場する機会も増え、選手を取り巻く環境は大きく変わった。

ただ、今後は同じようにはいかないだろう。競技団体への補助金や遠征費などが減る危機感があり、東京大会からパラを目指したアスリートは今まで当然と思っていたことが不可能になるかもしれない。様々なパートナーに共感してもらう姿勢を示したり、積極的にメッセージを発信したりしていく努力が必要になる。

自国開催は大きな転換点に違いないが、ここがゴールではない。パラ選手の環境面に加え、社会でダイバーシティーとインクルージョン(多様性と包摂)を進めていく通過点にしないといけない。

 

 

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改めて考えた「選手第一」 国際体操連盟会長 渡辺守成氏

 

わたなべ・もりなり 日本体操協会の要職を経て、2016年に国際体操連盟会長選で当選。18年からはIOC委員も務める

 

五輪の閉幕後、国際体操連盟の本部があるスイスに戻った。スポーツ関係者はもとより、ホテルやレストランで会う人たちからも「おめでとう」「ありがとう」と声を掛けられる。コロナ禍の困難な状況で大会を無事やり遂げたことへの敬意と受け止めている。日本国内の評価は賛否が渦巻くようだが、世界は約束を果たしたと評価している。

アスリートの戦いぶりを見て、開催できてよかったと心から思えた。私は体操に加え、国際統括団体が国際オリンピック委員会(IOC)から資格停止処分を受けたボクシングの競技統括責任者でもあった。出場枠を争う大陸予選がコロナ禍で中止になるなど綱渡りで、練習環境にも差があったと思う。それでもアスリートのために舞台を用意することが何より大事と思って準備に奔走してきた。

一方で「アスリート・ファースト」を改めて考えさせられた大会でもある。体操では米国の第一人者、シモーン・バイルス選手がメンタルの不安を訴えて演技を断念し、今大会を象徴する出来事になった。採点結果などを巡り、SNS(交流サイト)上でアスリートに対する攻撃も露呈した。

アスリートのメンタルヘルスケアは大きな課題になってくるだろう。競技が人生の全てではなく、人生の一部と考える選手が増えている。メダルのためにあらゆる犠牲を払うのは当然という固定観念を押しつけるのではなく、彼らの人生そのものを豊かにするという視点でサポートすることが求められる。そうでなければ、今の親世代も子供にスポーツをやらせたいと思わなくなってしまう。

今大会の新競技となったスケートボードやスポーツクライミングは、スポーツ元来の魅力である「楽しさ」や「友情」といったものを体現していた。勝利至上の色が強くなりすぎた伝統競技を刺激しただろうし、IOCの狙いもそこにあったはずだ。大事なのは一過性のブームに終わらせず、根付かせていくこと。新競技はまだ組織基盤が確立されていない団体も多い。自由な気風を尊重しつつ、競技スポーツとして発展させていくことが欠かせない。

 

 

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開催で日本の信頼守る 野村総合研究所 三崎冨査雄氏

 

みさき・ふさお シニアパートナーで公共・産業政策のコンサルティングを担当。日本オリンピック委員会の元マーケティング委員

 

成熟した社会にとって五輪・パラリンピックのような世界的イベントは、大会後に外需を引き寄せる効果をもたらす。開催都市や国の魅力が大会を通じて世界に発信され、インバウンドの増加や海外企業の投資が加速するからだ。

ロンドンはオリパラを開催した2012年に世界の都市の総合力ランキングでトップとなり、現在もその座を譲っていない。東京もそれに続く可能性はあった。しかし、新型コロナウイルス禍で海外からの観戦客は訪れず、取材で来日したメディアも活動を制限されたことで、日本の魅力を発信する機会は失われた。

東京都の試算では13年から30年までのオリパラ開催に伴う需要増加額は14兆円。内訳は施設整備や大会運営など直接的効果が2兆円で大会後のレガシー効果が12兆円だった。こうした需要増加が新たなサービスや雇用を誘発して総額32兆円の経済効果が見込まれたのだが、レガシー効果の中核である外需の誘引が失われたことは、経済的には大きな痛手となる。

しかし、中止にすべきだったと考えるのは短絡的だ。20年東京五輪・パラリンピックの開催は世界との約束だった。1年延期してこんな状況に追い込まれても破綻なく大会を終えたことで日本の評価は高まったはずだ。もし開催できなかったら逆に信頼を失う結果になったかもしれない。

20年に4000万人達成が目標だった日本のインバウンドも壊滅的な状況にある。この状況が続いた先に日常が戻った時、爆発的な観光需要が生まれることが予想される。

日本政策投資銀行と日本交通公社が20年12月に行った調査では、コロナ禍後に訪れたい海外旅行先は、アジア居住者では日本が1位、欧米豪居住者でも日本は米国とトップを争う。オリパラ開催で守られた日本の信頼は、観光需要の取り込みや、今後の国際会議、イベントの招致などでもプラスに働くことだろう。

ただ、そのためにはコロナの感染拡大を早期に収束させ、いち早く日本の魅力を積極的に世界にアピールする態勢を整えることが不可欠である。

 

 

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<アンカー>多様性への理解、社会変化の契機

コロナ下の厳しい状況で五輪・パラリンピックを実現したことは、日本で考えるよりも世界から感謝されている。

パラリンピック開催は多様性を尊重する共生社会への理解を深めるだろう。アスリートの奮闘は多くの人々を楽しませ、勇気づけた。五輪で新たに採用されたスケートボードでは、10代の少女たちの互いに励まし合って競い合う姿が、スポーツの素晴らしさを思い出させてくれた。

ただ、それで「成功した」と結論を出すのは安易すぎる。思い描いた祭典にはできなかった。今後のコロナの感染状況によっても、大会の評価は変わってしまうだろう。

レガシー(遺産)は、10年後、20年後に見極めるべきものだ。本当に大切なのは、大会がもたらした気付きを、これからの日本の社会のポジティブな変化につなげられるかどうかである。

 

 

 

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