「いい質問」をする会(上)

 

コロナ禍を生きる 

 

池上彰

いけがみ・あきら 東京工業大学特命教授。1950年(昭25年)生まれ。73年にNHKに記者として入局。94年から11年間「週刊こどもニュース」担当。2005年に独立。主な著書に『池上彰のやさしい経済学』(日本経済新聞出版社=現日経BP)、『池上彰の18歳からの教養講座』(同)、『池上彰の世界はどこに向かうのか』(同)、『池上彰の未来を拓く君たちへ』(同)。長野県出身。71歳。

 

 

東京工業大学で7月、「池上彰先生に『いい質問』をする会」をオンラインで開きました。学生からの質問に、私が答えるという恒例のイベントです。今回が4回目です。新型コロナウイルス禍の下、若者の不安や素朴な疑問がありました。

 

■私も副作用を体験した

質問 若者のワクチン接種について伺います。20歳前後の私たちはワクチンを打つリスクと打たないリスクのどちらを取るべきでしょうか。

池上教授 ワクチンの目的を一つ挙げるなら「社会防衛」でしょう。私は2度目のワクチン接種後、高熱が出ました。いわゆる副作用を体験しました。感染を広げない目的のために、個人が被る副作用のデメリットよりも、社会全体のメリットの方が大きいと判断されているのです。

これまでは新型コロナに感染しても若者は重症化しないとみられました。感染しても無症状で、結果としてウイルスを広げてしまったケースも指摘されました。

最近は若者の感染者も増えています。家族に高齢者がいる場合、基礎疾患を持つ人がいる場合もあるでしょう。社会を守るという視点に立てば接種する意味は大きいと考えます。

質問 ワクチン接種を巡って推進派と反対派の対立があるように思います。この分断はなぜ生じているのでしょうか。

池上教授 科学的な知識やデータに基づいて判断することが大切ですが、ワクチンを接種するかどうは最終的には個人の判断です。評価は人それぞれですから、賛成、反対の考えがあることは仕方のないことでしょう。

海外出張など仕事の都合があり、「ワクチンパスポート」を求められるような国を訪れるのであれば接種する必要が出てくるでしょう。

 

スクランブル交差点を歩くマスク姿の人たち。国内で新たに確認された新型コロナウイルス感染者が初めて1万人を超えた(7月29日、東京・渋谷)

 

■科学的見地から発言する

質問 コロナ禍において科学的な見地から専門家が発言する場面が増えました。欧米と比べて日本はまだ科学を軽視しているように感じます。

池上教授 ポイントを突いた質問ですね。ただ、米国ではトランプ政権のとき、すべて科学に基づいて判断していたとは思えません。新型コロナ対策を巡っては、大統領の考えと専門家の分析や発言がぶつかる場面がたびたびありました。

新型コロナが収束した後、日本にもパンデミック(世界的大流行)にすぐ対応できる専門家の対策会議のような仕組みをつくっておくべきではないかと考えています。

質問 東京五輪・パラリンピックを巡る議論が、いつの間にか「開催の是非」から「観客をどうするか」に変わったように思いました。コロナ禍の下での開催について十分に議論されたのでしょうか。

池上教授 指摘された通りですね。「開催するかどうか」という議論が十分尽くされたとは思いません。

外部から見ていると、議論の前に開催を止められない段階を迎えてしまったように思います。感染状況が日本より海外の方が厳しかったという認識も働いたのではないかと思います。この認識の差を埋めることは難しいと思います。

学生は「いい質問をする」となると、プレッシャーを感じるかもしれません。でも、悪い答えはあっても、悪い質問はないでしょう。私の話を聴いても、「こんな考え方もあるのか」という参考にとどめておいてください。学生自らがしっかり考えるきっかけにしてほしいのです。

 

 


 

「いい質問」をする会(中)

 

寛容性ある社会を

 

池上彰

 

 

今回も7月にオンラインで開いた東京工業大学の「池上彰先生に『いい質問』をする会」の模様を紹介します。学生たちの疑問は社会のあり方や人生の幸せについても及びました。

 

■若い世代に託す

質問 政府、企業、国民がよりよい日本を目指しているのに、うまく進んでいるように思えません。何が課題なのでしょうか。

池上教授 いい質問だけれど非常に難しいですね。社会や組織をよりよく変えようとしても、改革に必要な知識や経験を持ったリーダーがいない場合があります。従来の組織の中で既得権を持つ人は、変えたくないと思うかもしれません。

たとえば日本はデジタル技術で先端的な国づくりを目指してきたのに、様々な課題が浮き彫りになりました。閣僚がUSBメモリーのようなIT(情報技術)に詳しくないことがありました。リモート勤務が奨励されるなか、紙の書類に押す印鑑をどうするのかという日本の課題も話題になりました。

改革には若い世代に託したり、外部人材を登用したりする方法もあるでしょう。台湾で新型コロナウイルス対策の新システムをつくったデジタル担当相のオードリー・タン(唐鳳)氏のような人物の登用は日本にも参考になるでしょう。

質問 どうすれば、それぞれが幸せになれる社会をつくることができるでしょうか。

池上教授 これも難しいですね。人がそれぞれ幸せを感じる場面というのは、「居心地の良さ」に通じるのではないでしょうか。人と交流しながら対立を生まない社会といえるかもしれません。

そのために何が必要かを考えてみましょう。その実現に取り組んでくれる政党や政治家を応援するという方法もあります。自ら国や地方の議員に立候補するという選択肢もあるでしょう。

 

■外部に耳を傾ける

質問 日本や世界を変えるには政治が大切だと思います。しかし、政治家は万能ではありません。政治家というより、官僚に対して政策提言ができるような存在、知識人が必要だと思います。

池上教授 かつて、大平正芳首相は外部の専門家や有識者の提言を大事にしていました。彼自身が教養人で勉強家でした。政治家として足りないところがあれば、謙虚な気持ちで、虚心坦懐(たんかい)に受け止めるという姿勢が大事なのだと思います。

一方で世界にいえることですが、「反知性主義」というか、知識人の発言を受け入れないリーダーもいます。一握りの側近だけで意思決定をすると、大きな問題を引き起こしかねません。世界ではいま、多様性を重んじ、異なる意見も大事にする寛容性が求められています。

質問 私は今年、選挙権を得ます。政党の政策や政治家の活動を見ていて、どこに投票すべきかわからなくなります。どのように候補者を選べばよいのか教えてください。

池上教授 あくまでも私個人の考え方として聴いてください。私は消去法で投票する人を選んでいます。自分の考え方と一致する候補者はなかなかいないもの。そこで、「この人だけは嫌だ」と消していき、残った人に投票します。「よりましな候補」というよりは「より悪くない候補」を選んでいるのです。

今回、気になったことがあります。根拠や証拠を示さずに、一方的に問題点があるかのように提起したり、特定の国を批判したりする質問があったことです。若者にはエビデンスに基づいた問題意識を大事にしてほしいと思います。

 

 


 

「いい質問」をする会(下)

 

対話で視野広げて 

 

池上彰

 

 

東京工業大学で7月にオンライン開催した「池上彰先生に『いい質問』をする会」の模様を伝える最終回です。新型コロナウイルス禍の下、学生たちは自らに「なぜ学ぶのか」と問いかけています。これもリベラルアーツ教育改革の成果ではないでしょうか。

 

■考えるきっかけをつかむ

質問 授業でものを教わることに罪悪感を覚えます。自分で考える力が落ちるのではないかと考えているからです。人からものを教わることは悪いことでしょうか。

池上教授 決してそんなことはありません。独学も大事ですが、もしかしたら間違った方向に進んでいるかもしれません。大学には様々な分野で学び、研究をしてきた多くの教授陣がいます。大学では教授陣の話を聴き、新たな発見をしたり、軌道修正をしたりするとよいでしょう。

もちろん、先生方の言うことを鵜呑(うの)みにする必要はありません。自分の頭で考えることが大切なのです。大学では自らが考えるきっかけをつかむことがとても大切です。

質問 池上先生は若い時期に孤独を感じることが大切だと話しました。なぜそのように考えるようになったのですか。また、相反するような意見や考え方でも、どちらも正しいと思えることがあります。得た知識をどう生かしていけばよいでしょう。

池上教授 東工大立志プロジェクトの講演ですね。私が1969年に入学したときは大学紛争の真っただ中でした。ストライキがあってキャンパスが封鎖され、授業もありませんでした。いま考えれば一人で本を読み、考え抜いた時間は、学ぶ姿勢を身につける貴重な経験でした。

 

機動隊導入に抗議する学生たちが法学部を除いてほぼ全学部スト、東大の安田講堂前でデモする学生(1968年6月20日)

読書をしていると、同じテーマでも考え方の異なる主張や指摘を知ることがあります。それぞれに「なるほど」と感じることがあります。どちらかに結論づけるのではなく、そう感じたり、判断したりしている自分に気づけばよいのです。新たな視点を増やし、考えを深めていけばよいのではないでしょうか。

 

■人としてのモラルが問われる

質問 科学技術は私たちの生活を豊かにしていると思う一方で、サイバー攻撃や兵器などにも使われ平和や安全を脅かすという側面もあります。科学技術の開発は喜ばしいことでしょうか。

池上教授 まさに東工大生に考えてほしいテーマです。科学技術にはそうした両面があります。研究に携わる若者たちには、「この研究が果たして本当に必要なものなのかどうか」という視点を忘れずにいてほしいと思います。

科学者である前に人としてのモラル、人間性が問われます。諸君が入学直後に参加した東工大立志プロジェクトは、学びや研究の意味を考えるきっかけにする狙いがあったのです。

質問 先生は「自由」をどのように定義しますか。リベラルアーツと教養の違いは何でしょうか。

池上教授 私の視点で言えば、自由とは何ものにもとらわれない心のあり方、行動様式のことをいうのではないかと思います。「こうあるべきだ」という生き方のために、歩んでいくことが大切なのです。

「リベラルアーツ」とは自由に生きるための学び、技法を意味しています。一方、「教養」は「修養」に通じるかもしれません。人間としての学び、常識に近いでしょう。この2つのキーワードは重複する部分、共通点があると思います。

学生たちにはコロナ禍の厳しい環境だからこそ、前向きに時代をとらえてほしいです。そして、気づいたこと、考えたことを仲間どうしで話してください。異なる意見を知り、共感を覚える経験が視野を広げてくれるでしょう。

 

 

 

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