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脱キッシンジャー路線、米中識者に聞く

 

1971年、周恩来首相奄ニ握手するキッシンジャー米大統領補佐官=ゲッティ・共同

キッシンジャー米大統領補佐官が1971年に極秘訪中してから半世紀を迎えた。米国がとり続けてきた中国と一定の関係を維持しながら変化を促す「関与政策」は中国リスクの増大によって終わろうとしている。日本外交も影響は避けられない。米中双方の識者に聞いた。

 

「関与政策で中国リスク増大」 米弁護士のゴードン・チャン氏

Gordon Chang 中国専門家で著書多数。中国本土と香港に約20年在住し、弁護士として活動。米政府・議会に対中政策を助言する。70歳

米国は中国共産党政権の本質を見誤った。国際秩序に組み入れれば共産主義体制も良好なものになるという認識を持ち続けてきた。実際には関与政策は失敗に終わり中国の危険性が一段と増しただけだった。

旧ソ連が崩壊した1991年ごろに政策変更すべきだった。民主主義と共産主義の戦いはゼロサムゲームだ。もはや米国は中国に関与すべきではない。

貿易、投資、技術協力などを含めて関係を断ち切るべきだ。彼らは米中の接触を不当に利用し、私たちを打ち負かそうとしている。

関与政策が成果をもたらした面があるのは否定しない。米国の巨大企業は中国市場で多額の利益をあげた。これらは中国が米国にもたらす致命的な脅威と比べれば微々たるものにすぎない。

 

バイデン政権の対中政策はスピードが不十分とみる。例えばサイバー攻撃で欧州連合(EU)、北大西洋条約機構(NATO)とともに中国を非難した。その一方で対抗措置は4人のハッカーを起訴するなどにとどまる。

同盟国と共同戦線を張るのは素晴らしいが、日本も含めて関係国は制裁を含む具体的な対抗措置をとるべきだ。

中国は知的財産権の窃取や略奪的な貿易によって米国や日本から富と成長力を奪っている。その意味で世界経済の成長エンジンではなく、むしろ障害物といえる。

バイデン政権がめざす気候変動や公衆衛生で米中協力の余地はない。気候変動で曖昧な目標しか掲げず、新型コロナウイルスを拡散させた中国との協力で成果は出せないだろう。

台湾政策も変更して相互防衛条約と自由貿易協定を推進すべきだ。台湾への防衛意思を明確にしない戦略はかつて中国が攻撃的でなかったときはともかく、いまは機能していない。可能なあらゆる手段をつかって台湾防衛の意思を宣言する必要がある。

これらは歴代米政権が踏襲し米中関係の土台としてきた「1つの中国」政策の見直しにつながる。大変なことになるだろうが、これまでの優柔不断な対中政策が今のような危険な状態をつくりだした。

リスクを伴わない政策はもはやなくなってしまった。その中で最善を探るべきだ。米国の対中政策は共産党政権の排除、すなわち体制転換をめざすべきだ。

 

「対米関係は競争へ変質」 廉徳瑰・上海外国語大教授

れん・とくかい(Lian Degui) 黒竜江大卒、早稲田大博士。国士舘大の講師などを経て現職。著書に「米国と中日関係の変化」「日米同盟の実相」など。59歳

米国が中国と一定の関係を維持しながら経済発展や民主化を促すキッシンジャー氏の対中政策に戻ることはもうないだろう。地球温暖化や新型コロナウイルスなどで一緒に取り組む必要性は高まっているが、両国は協力と競争が同居する新しい関係になった。

キッシンジャー氏の関与政策の背景には米ソ関係があった。米国はソ連がさらに強国になるのを封じ込めるために中国と国交を正常化して手を結ぶ狙いだった。対ソ関係が悪化していた中国も米国を利用したいと考えた。

長い間、米国にとって中国がソ連以上の脅威になることはなかった。状況が変わったのは最近だ。中国の経済力は世界第2位になり米国の背中を捉えている。おそらく10年以内に追い越すだろう。軍事技術も急速に進歩した。北東アジアでは米国と互角以上の実力を備えつつある。

米国から見ればロシアと中国の立場は完全に逆転した。中国は経済力も軍事力もまだまだ発展を続ける。こうした状況で米国は中国を「最大の敵」と位置づけているようにみえる。かつての関係に戻ることは難しい。

米国の有識者は国際社会の主導権が米国から中国に移行する過程で武力衝突の危険性が高まることを「トゥキディデスの罠(わな)」と呼んで中国脅威論を唱えている。

中国が主張するのは「新型大国関係」だ。米国の立場に取って代わるつもりはなく大国同士でウィンウィン関係を築きたい。この考え方が米国でなかなか理解されない。

バイデン米政権は中国を抑止するために同盟国を利用する。中国と周辺国との関係を悪化させようと動いており、日本はその代表例だ。

中国と日本の貿易額は2010年から3000億ドル前後でほぼ横ばいが続く。中日関係が友好なら拡大したし、中国製ワクチンの提供も進んだだろう。米国が中日関係を引き離そうとしており、残念ながら政治上の理由から協力が進まない。

中国は米国のように関係国と同盟関係を結ぶ手法はこれからもとらない。同盟の本質は自国を守ることにある。ロシアとは経済・軍事面で連携を強化しているが、米国を抑えるうえでは関係強化で十分だと考える。

 

 

<記者の目>隘路を探る日本外交

米国社会は党派を問わず中国に厳しくなった。強硬派で知られるゴードン・チャン氏ほどでなくても関与政策の見直しを求める声は共通する。トランプ前政権で国務長官を務めたポンペオ氏は歴代政権の関与政策は失敗だったと公言し、中国の民主化リーダーを称賛してみせた。

バイデン政権は対中関係を民主主義と専制主義の戦いと位置づける。めざすのは民主主義の方が優れた統治モデルだという証明だ。新型コロナウイルス対策やそれによる打撃を受けた経済回復の成否は、どちらが優位かを推し量る指標となる。

米国と同盟を結ぶ日本は踏み絵を迫られる。地理的に近い中国と経済関係を断つのは現実的でなく、不要な対立も避ける必要がある。日本外交は米中対立の狭間で隘路(あいろ)を探るしかない。

 

 

 

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