時論
対コロナ、反省点は 日本医師会・中川会長に聞く
編集委員 大林尚
なかがわ・としお 1977年札幌医大卒、88年札幌市内に新さっぽろ脳神経外科病院を開設。医療法人の理事長・院長をこなす傍ら母校の医学部や大学院で臨床教授を務めた。 2005年から日本医師会の要職を歴任。20年の会長選で現職の横倉義武氏を破って20代会長に就いた。社会保障審議会、中央社会保険医療協議会など枢要な厚労相の諮問機関委員を兼職した。主に民間病院や開業医の立場から歯にきぬ着せぬ発言を続ける。70歳
新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)が経済社会を襲って1年半。制圧への切り札とされるワクチン接種は軌道に乗ったが、ウイルスは変異を重ね、感染は再拡大している。この間、首都圏などでコロナ病床が逼迫し、医療の脆弱性があぶり出された。問題はどこにあり、対応は的を射ていたのか。日本医師会の中川俊男会長に聞いた。
病床、症状別の確保急務
――東京都は4度目の緊急事態宣言にもかかわらず人の流れが止まらず、新規感染者が増えています。政府・自治体・医療界に何が足りないのでしょうか。
「『足りない』はちょっと違うと思う。敵は未知の新興感染症だ。本当に手ごわい。(感染抑制に重点を置くハンマー期と経済活動を復調させるダンス期に分けて対応する)ハンマー・アンド・ダンスで、ハンマーをどう使うかが重要だ。宣言は早めに、解除はゆっくり慎重に、が私の考えだ」
「あえて足りないものを挙げれば、医療提供体制に新興感染症対策がなかった点だ。(5月成立の)改正医療法で都道府県医療計画に感染症対策事業が入ったのを評価する。ただし(2024年度開始の)次期計画を待つのではなく、すぐやるべきだ」
「厚生労働省はやっていると言うが、病床計画をつくるだけではなく高機能マスク、防護具、人工呼吸器などをどこにどの程度備蓄するかを決めるべきだ。医療圏の実情に即し、公立・公的病院か民間病院かを問わず、重症者はどこ、中等症はどこといった機能別の病床確保も必要だ」
――専門性が高い医療人材をどう重症患者の治療に特化させるかが課題です。
「パンデミックを伴う感染症は何十年、もしかしたら100年に1度来るかどうかだ。専門家や専門知識をもつ医師・看護師を常に配備しておくのは難しい。技術水準が一定程度高い人材を常時養成すべきだ」
――インド型(デルタ型)を含めて感染力が格段に強い変異ウイルスへの置き換わりが進んでいます。
「備えは3密を避ける基本の感染防止対策だ。当初は3つ重ならなければ大丈夫という誤解があった。一つだけでも感染の恐れは十分にある。もう一つのカギはワクチンの普及だ。接種開始前は守りの戦いだったが、攻めの戦いに転じた」
「小規模な病院は(感染症ゾーンと通常医療ゾーンを分ける)ゾーニングがやりにくく限界がある。感染力が強いウイルスが侵入してくるこれからは、ゾーニングを完璧にしなければ」
――今年度上期は全診療科の初診・再診料を引き上げました。コロナ対策名目の補助金を含め、コロナとの関連が薄い医療機関にお金が行くのは問題です。
「時限的な措置だ。感染対策はコロナ患者を受け入れていない医療機関も同様にしている。負担が増え、人員配置が必要になる。コロナ患者を治療する病院が目立つが、後方支援機能を担う民間病院や診療所は発熱外来やワクチン接種でコロナ医療を支えている」
――まんべんなくお金をつけるのはおかしい。
「すべての医療機関が面で支えている。重症病床の患者が回復期に入り、退院基準を満たしても(療養機能を担う)病院に行けないことはあったが、かなり改善した。中小病院の後方支援機能は強化された」
「コロナ重症者を診る病院がやっていた通常医療を代替する対策もとった。がん、脳卒中などの手術が代表だ。診療報酬の一定の加算や補助金は過剰ではない。医療費自体が平年よりかなり減っている。小児科と耳鼻科の患者が激減しており、倒産を心配しなければならないところもある」
――受診抑制には「不要不急の医療」があったという仮説が成立しませんか。
「受診抑制ではなく受診控えだ。少しなら減らしてもいいという受診はあったかもしれない。だが、かかりつけ医への受診は健康チェックや病気予防など様々な観点から役立つ。糖尿病などは受診を控えて症状が重くなったというデータがある。がん検診も心配だ。早期発見、早期がんの手術が減った。数年後には進行がんばかりになってしまう恐れがある」
「コロナ収束後も受療行動は完全には戻らないのではないか。(人々の健康状態を)検証しなければならない。受診が過剰だったと結論を出すのは拙速だ」
――五輪・パラリンピック開催に必要なことは。
「やる以上は感染の最少化に手を尽くしてほしい。無観客開催という菅義偉首相の決断は良かった。感染が指数関数的に増えないようにしなければならない」
行動制限「誤解与えた」
――オンライン診療解禁を恒久化し対面診療と使い分けるようにすべきでは。
「やみくもに反対しているわけではないが、オンラインは対面の補完という原則は守らねばならない。まったく初対面の患者をオンラインで診るのは反対だ。100人の医師に聞けば99人がそれはあり得ないと答えるだろう」
「対面診療は五感も働かせて診療する。顔色やにおいがいつもと違うとか、脂汗がにじんでいるとか。技術的にはロボットと人工知能(AI)で診療を完了するのも可能かもしれないが、どんなに科学技術が進んでもそれは医療ではない」
新型コロナウイルスワクチンの接種を受ける女性(6月、東京都千代田区)
――ワクチン接種者を薬剤師などにも広げては。
「接種には予診から健康観察までの流れがあり、注射するのはその一つだ。ワクチンを溶かして注射器に注入する作業も気を遣う。一連の業務の担い手として医師・看護師以外がかかわるのは十分あるが、打ち手の不足例はあまり知らない」
――英アストラゼネカ製は承認したにもかかわらず使用を見送っているので在庫が積み上がっています。
「当初、副作用としてまれに血栓症が出るという報道が広まりすぎた。ああなると的確に情報提供しようにも理解が進まない。年齢層などを選んで使うことは十分可能だ。効果は米ファイザー製などより少し劣るデータがあるが、実際はさほど変わらないと思う」
――地域医師会を束ねる立場として医療機関の連携へリーダーシップを十分に果たしたとお考えですか。
「就任当初は民間病院批判も強かったが、実態を明らかにするにつれ頑張っている事実が理解された。400床以上の民間病院の8割はコロナ患者を受け入れた。小規模病院は後方支援機能を果たしている」
――この間、一貫して行動制限を強く求めました。
「制限というつもりは毛頭なく国民のみなさん我慢しましょう、という呼びかけだった」
――必ずしもそうは伝わっていませんでした。
「飲食店の関係者に誤解を与えたかもしれない。店へ行くなと言ったつもりはなく人の流れを抑えましょうと呼びかけた。最近は言わないようにしている」
閑散とする飲食店街(7日、東京都千代田区)
――横倉義武前会長が本紙の取材に「日医として努力が足りなかった」などと述べました。反論は。
「私と意見がまったく一緒ではないが、反論するものではない」
――菅政権との間に隙間風が吹いていませんか。
「政権とは密接に情報交換している。菅首相をはじめ田村憲久厚労相、西村康稔経済財政・再生相、ワクチン担当の河野太郎規制改革相らとも連携している。隙間風は吹いていない」
〈聞き手から〉弱み克服、先頭に立つ責務
取材の冒頭、カメラマンが撮影時はマスクを外してもらえないかと聞くと「メディアに出る時は外さないことにしているので」と、コロナ対策をけん引する自負をのぞかせた。むろん対外的なアピールも意識してのことであろう。医師会長がこれほど注目されるのは、けんか太郎の異名をとり、1957年から四半世紀の間、会長職にあった武見太郎時代以来ではないか。
がんは日本人にとって死因1位の「国民病」だが、コロナは誰もが罹患(りかん)しうるリスクにさらされている点で恐怖をより肌に感じやすい。感染はグローバルに広がり、日本の医療制度や病院・診療所の機能が海外に比べて果たして優れているのかを問い直す機会が増えた。当初はコロナ治療に消極的な開業医が続出し、診療所の利害を重くみる日本医師会に厳しい目が注がれた。
人口あたり病院・病床数が多いのに治療体制の脆弱性があらわになった主因は、重症治療に特化する大学病院などと後方支援を担うべき中小病院との連携不足にある。連携強化と機能分担を指揮する先頭に立つのが医師会長の役割であるはずだ。またコロナ治療と直接の関係がない診療所などの収入が減り、異例の診療報酬引き上げが実現した。医師会の政治力のなせる業だが、安易に金をつけた政権与党と厚労官僚にも問題がある。
会長に就いて1年あまり。自己採点を問うと「歴史的に(評価)されるものだ」。医療界のリーダーとしてパンデミックを制することに心血を注ぎ、結果を出す責務を背負っている。