中国共産党100年

 

支配の正当性、巧みに演出 

 

 

青山瑠妙・早稲田大学教授

あおやま・るみ 慶応義塾大商卒、同大博士(法学)。専門は国際関係論、現代中国外交

 

ポイント

○ 時代の変化への適応能力が強靱性に寄与

○ 習体制は党集権と市場経済を同時に推進

○ 経済格差の拡大や国際環境の悪化が重荷

 

 

中国共産党は7月に建党100周年を迎える。中国は2010年に日本を抜き世界2位の経済大国になったが、政治面では民主化に逆行する。冷戦終結後の西側先進国による関与政策は失敗したようにみえる。

中国共産党体制はなぜ強靱(きょうじん)なのか。それは抑圧と支持獲得を使い分けているからだ。100年の歴史を振り返れば、安定性は常に脆弱性と共存してきた。政権掌握後も反右派闘争、文化大革命、天安門事件、劉暁波氏らが一党独裁の廃止を呼びかけた「08憲章」など挑戦を受け続けている。しかし反対勢力は徹底的に抑圧されている。

 

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他方、中国共産党の適応能力もその強靭性に寄与している。支配の正当性を巧みにつくり出し、様々な主要な社会アクター(関係者)を体制内に取り込むことに成功してきた。その最たる例は、労農暴動やゲリラ戦からスタートした中国共産党の政権獲得までの戦術と、改革開放にかじを切ったケ小平の政策転換だ。

建党当初から、マルクス・レーニン主義の思想とナショナリズムを掛け合わせたポピュリストの性格を持つ。農村で階級闘争に基づく土地配分を実施する一方で、1935年以降は「一致抗日」という政治的訴えにより共産主義に無関心な労農や知識人など幅広い国民の支持を勝ち取り、勢力を急速に拡大させた。

特に37年の日中戦争勃発以降、革命根拠地の建設、民主政権樹立のプロセスのなかで、党委員会を利用した民衆動員と組織化は勢力拡大に大きく寄与した。

この経験を踏まえて54年以降確立された中国の政治体制は「党・国家・軍」三位一体の「党国家体制」だ。動員と統制の役割を果たすべく党委員会は軍隊、国家(立法、行政、司法)、社会の隅々まで浸透し、党がすべてを指導できる組織体制となっている。毛沢東は大衆運動を最大限に利用しながら、計画経済の下で経済の現代化を目指し、プロレタリア独裁下の継続革命を推進しようとした。

だが豊かさより平等と革命を追求した毛沢東の政治統制により、国家の経済は疲弊し、政治運動に嫌気した国民の不満が蓄積した。

最高指導者の座に就いたケ小平は経済発展にかじを切った。階級闘争に基づく共産主義への凝集性が弱まるなか、ケ小平時代の共産党は抗日ナショナリズムと経済成長に政権合法性を求めた。江沢民(ジアン・ズォーミン)政権はさらに私営企業などの改革開放の受益者を政党内に取り込み、2000年2月に「先進的生産力、先進的文化、最も広範な人民の利益の代表」と宣言し、階級政党から国民政党へと変貌させた。

改革開放政策により中国は年平均2桁の経済成長を遂げた。一方、政治腐敗がまん延し、所得格差は広がり、環境破壊も深刻化した。市場経済を促すための「党企分離」「党政分離」を中心とした経済分野の改革は、党による国家、社会への統制の弱体化、党の統治能力の低下につながった。

12年3月に中国7都市で実施された中国共産党系の「環球時報」の世論調査では、63.6%が西側の民主主義体制を中国に導入することに反対せず、49.4%が現状では革命が起きる可能性があると指摘した。

 

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習近平(シー・ジンピン)体制が誕生したのはまさに民主化か革命かという議論のさなかで、共産党統治の脆弱性が顕著になり始めたときだ。ソ連の轍(てつ)を踏まないよう警告を発する習体制は、21世紀半ばごろまでに総合的な国力と国際的影響力で世界の先頭に立つという壮大な目標を打ち出した。「社会主義現代化強国」を目指し、新疆、香港や海洋などの主権問題を中心に国民国家建設が推進され、イデオロギー色の強いナショナリズムが政権の合法性に据えられた。

習体制の最大の特徴は、毛沢東時代の政治運営手法とケ小平時代の市場経済を同時に推進する点にある。

「頂層設計」が強調され、党委員会を通じて党がすべての組織と社会を統制するという毛沢東時代の政治体制が復活した。同時に「市場を志向した改革」も目指す。自由貿易試験区に多くの自由を与え、金融市場の規制緩和などを積極的に進める。環太平洋経済連携協定(TPP11)への参加可能性を示唆した20年11月の習氏の発言以降、労働や環境条項、知的財産権保護などの導入を検討している。

米中対立が激しさを増すなか、第19期中央委員会第5回全体会議で内需拡大を主軸としつつ、対外開放を目指す方針が示された。イノベーション(技術革新)を促し、毛沢東時代から続く国内市場の分割状態から脱し、国内統一市場の創出により内需を喚起する。また自由貿易協定(FTA)、越境電子商取引(EC)、金融協力などを通じて、中国を中心に据えたグローバル・サプライチェーン(供給網)を、アジアと「一帯一路」沿線国との間に構築する戦略も打ち出された。

40年余りの改革開放プロセスのなかで市場経済化が進み、社会の価値観と利益は多様化している。経済格差への処方箋については、新毛沢東主義を掲げる極左主義者、自由民主主義を主張する者、また中国の伝統文化への回帰を求める者が存在し、激しく対立している。こうしたなかでの言論統制と国家措置による抑圧は、むしろ中間層の政治参加の要求を誘発している。

党への集権体制の再建により、国家資源を総動員して人工知能(AI)などの重要な分野に投じられる。他方、習政権の強国戦略が果たして共産党政権に強靭性をもたらせるかは以下の課題克服にかかっている。

まずは所得再配分。中国は市場経済を導入しながらもセーフティーネット(安全網)や社会保障制度の改革は大幅に遅れており、経済格差の拡大が社会階層の固定化につながった。労働力人口の減少が中国の経済成長への大きな足かせとなるなか、住宅、医療、戸籍などの様々な社会問題の改革を推進することが喫緊の課題となっている。党への権力集中のなかで大衆迎合主義による政権運営と政策合意形成は果たして可能か。

次に権威主義の政治体制と私有財産に基づく資本主義経済の両立。上海自由貿易試験区の事例が示すように、司法の独立、政治改革を抜きにした改革開放の深化は難しい。党への権力集中のなか、市場重視の路線はむしろ遠ざかりつつある。

そして人権と領土問題での強硬姿勢により悪化する国際環境。中ロ関係は長らく「政熱経冷」といわれ、西側先進国との貿易に中国は大きく依存している。地政学的な競争、人権問題で欧米先進国との関係が悪化し、主権問題を巡りアジア諸国で中国に対する懸念が高まるなか、内需拡大、アジアと一帯一路沿線国でのグローバル・サプライチェーン構築により中国の持続的経済成長は可能か。

100周年を迎える中国共産党は大きな曲がり角に差し掛かり、そのガバナンス(統治)の理念と能力が問われている。西側先進国の関与政策の成否に関する判断は、もう少し長いスパンでみる必要がある。

 

 


 

中国共産党100年

 

対外強硬、背後に「国内不安定」

 

 

加茂具樹・慶応義塾大学教授

かも・ともき 72年生まれ。慶応義塾大博士(政策・メディア)。専門は現代中国政治外交

 

ポイント

○ 経済成長鈍化と人々の期待の変化に直面

○ 近代化に伴う政治的不安定の克服に躍起

○ 国際ルール形成での自己主張は一層強く

 

 

中国を巡る問いは過去30年の間に変化した。21世紀初頭ごろまでは「民主化の第三の波」という考え方に突き動かされ、「いつ、どのように民主化するのか」だった。しかし一党支配は持続し、問いは「なぜ持続するのか」へと変化した。

この変化は日本外交を巡る議論と密接に関連する。かつて中国政治は民主的なものに向かっているとの期待のもと、中国を国際秩序の中にいかに迎え入れるかという考え方があった。それはいま、権威主義国家中国の持続という現実を踏まえ、いかに対峙、共存するのかという議論に変化した。

対中外交を巡り2つの問いが提起されていよう。一つはなぜ一党支配は持続するのか、もう一つはなぜ中国は自己主張の強い対外行動を選択するのかだ。

この問いの要は国内政治にある。対外行動を通じ国益の獲得や実現を目指すという国家の選好は国内政治を通じ形作られるからだ。

共産党は開発主義と定義できる「改革開放」路線を歩んできた。歴代の指導部は経済成長に貢献する安定した国内環境の維持と、安定した国際環境、すなわち安定した対米関係の維持を内外政の目的としてきた。

共産党による一党支配の正当性は、経済成長という実績に支えられてきた。1990年3月、東欧諸国の政治情勢を踏まえてケ小平は、人々は経済的な豊かさを求めていると総括し、経済成長に注力するよう指導部に檄(げき)を飛ばした。

また指導部は、有効性を失いつつあった社会主義に代わるイデオロギーとして愛国主義に注目した。一党支配が中国社会にとって最も適切だという信念を人々に抱かせるため、愛国主義の重要性を明示した。愛国主義を通じて支配の正統性を調達しようとした。加えて経済成長の実績という支配の正当性は、支配の正統性にも置き換えられる。共産党は正当性と正統性に支えられて、今日に至るまで一党支配を維持してきた。

 

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だが習近平(シー・ジンピン)指導部のもと、共産党を取り巻く環境は大きく転換した。一つは経済成長の鈍化だ。新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的流行)以前から経済成長は転換点にあり、指導部は就業問題を重要な政策課題として掲げていた。「中所得国のわな」といわれる課題に直面している。

もう一つは中国社会の変化だ。人々の国家に対する期待は、経済成長の速さという量から経済成長の質に変化した。習氏は2017年党大会で「人々の満足感、幸福感、安全感を満たさねばならない」と確認した。従来の指導部は中国社会の矛盾を「人々の日々増大する物質的、文化的な需要と遅れた社会生産の間の矛盾」と定義してきた。習氏はこれを「人々の日々増大する素晴らしい生活への需要と、発展の不均衡、不十分との矛盾」と言い換えた。

そして対米関係は悪化し以前と比べ国際環境は悪化していると指導部はみる。

支配の正当性が摩滅するなか、指導部はいま「2つの奇跡」という概念を使って支配の正統性を得ようとしている。経済の高度成長と社会の長期的安定の同時実現は、共産党による一党支配だからこそ可能だったという理屈だ。この言説は胡錦濤(フー・ジンタオ)指導部時代に既に提起されていた。11年7月の「人民日報(海外版)」は「ハンチントン・パラドックス(逆説)を中国は克服した」との論説を掲載していた。

国際政治学者のサミュエル・ハンチントンは、近代化(経済発展)とそれに伴う社会変動を論じ、国家が不安定なのは「貧しいからではなく、豊かになろうとしているからだ」という考え方を示した。「近代性が安定を生み出し、近代化が不安定を生む」というパラドックスを検証し、その因果関係の説明を試みた。

これが発展途上国で経済発展に伴い政治的不安定が深刻化することを説明する有力な考え方だ。実は歴代の指導部はこの考え方を熟知していた。指導部の公式文書には政治的制度化の進展が政治参加の拡大に追いつかず、政治的不安定に陥る可能性を危惧する言説が繰り返し提起されていた。一党支配が「2つの奇跡」を実現したかどうかの評価はこれからのことだ。

 

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現指導部が「人々の満足感、幸福感、安全感」に注目するのは「社会的挫折感」が高まっていることを警戒するからだ。高度成長の段階を終え、パンデミックに苦しむ中国で社会的挫折感や政治的不安定性の増大を生む条件は整っている。

習指導部は近年「全過程民主」という概念を提示している。重要な課題に関わる立法や政策過程で、公聴会などを通じてパブリックコメントを実施する必要性を訴えている。政治参加要求の増大や多様化に応えようとする政治的制度化の取り組みともいえる。

歴代の指導部はこの問題を主要な政策課題として掲げていた。もちろん、政策決定は共産党が独占したままであり、一党体制が順守を求める政治原則と社会が発する多様な要求との間の緊張関係を緩和する効果的なメカニズムは見当たらない。政治的不安定性を内包しながら一党支配は続く。

習指導部は科学技術イノベーション(革新)を重視している。それは生産性の上昇を達成し、人々が求める質の高い社会を実現するためであり、また多様化する社会の要求を的確に把握する能力向上のためでもある。一方で「総体国家安全観」の提唱など、国内安全の強化を訴えている。これらは増大する政治的不安定性への指導部の反応といえよう。「一国二制度」の「一国」に力点を置いた「愛国者による香港統治」という対香港政策を選択するのも同じ文脈にある。

そうであるがゆえに、中国の自己主張の強い対外行動は続く。いま指導部は「大国」外交の道を歩んでいる。経済発展のために平和的な発展を追求するが、そのために主権や領土の問題を巡り譲歩することはない。指導部は大国を「世界の平和に決定的な影響力を持つパワー」と理解し、大国を形作るパワーの強化が経済発展に必要な国際環境の構築に貢献すると信じている。

指導部はいわゆる構造的権力の強化を目指し「制度性話語権」(制度に埋め込まれたディスコース・パワー=発言内容を相手に受け入れさせる力)の確立にまい進している。中国は世界貿易機関(WTO)など国際経済秩序を形作るルール形成の分野で自己主張を強める。また国際社会は「2つの奇跡」の実現やコロナ対策の成果など「成功した一党支配」という「物語(ナラティブ)」を国内外にアピールする中国と向き合い続けることになる。指導部は「物語」が支配の正統性を支えると考えるからだ。

共産党によれば21年は中国共産党建党100年だ。これを期に共産党による統治の成果と自信を訴えるだろう。ただし中国の自己主張の強い対外行動の動機はこうした「自信」というよりも、国内の不安定要因に突き動かされた「警戒」にあるようにみえる。一党支配の下で、この警戒を解くことは可能だろうか。

 

 


 

中国共産党100年

 

 

新常態、技術革新を成長の糧に 

 

西村友作・対外経済貿易大学教授

にしむら・ゆうさく 74年生まれ。対外経済貿易大博士(経済学)。専門は中国経済・金融

 

 

ポイント

○共産党が掲げる目標・計画が経済の根幹

○国内構造の変化と国外情勢悪化が前提に

○デジタル基盤に「新経済」への移行を急ぐ

 

 

中国の経済体制は、建国後の社会主義計画経済から改革開放を経て、社会主義市場経済へとその姿を大きく変えてきた。だが中長期目標・計画を策定し、中国共産党の強いリーダーシップの下で達成を目指すスタイルは一貫して変わらない。

中国全土に「根」を張る中国共産党が掲げる目標・計画を「幹」に、経済・産業政策という「枝」が四方に伸び、その先に無数の企業の「葉」が生い茂る姿をイメージするとわかりやすいだろう。産業助成金という「肥料」で成長を促す一方、不健全に発展した産業は規制の「ハサミ」で剪定(せんてい)する。

100周年を迎えた中国共産党は3月、「第2の100年の奮闘目標の達成に向けた最初の5年」と位置付ける「国民経済・社会発展の第14次5カ年計画および2035年までの長期目標綱要」を発表した。供給側構造改革の深化を主軸に、イノベーション(技術革新)を根本的な原動力として、質の高い発展を目指す。今後はこのグランドデザインを「幹」に具体的な政策が打ち出されていく。

本稿では、転換点を迎えた中国の経済構造を考察したうえで、供給側構造改革を通じたイノベーション駆動型への転換を目指す中国経済の課題を論じたい。

 

◇   ◇

近年、中国経済の成長鈍化が鮮明になっている。実質経済成長率は、1981〜2010年の30年間平均では10.1%と2桁成長を達成したが、第12次(11〜15年)、第13次(16〜20年)5カ年計画期間ではそれぞれ7.9%、5.8%と低下している(図参照)。

 

中国は、高速成長期を終えて中高速成長期という新たな段階に突入した。この経済状態を「新常態(ニューノーマル)」と表現し、経済発展モデルを大きく転換しようとしている。

なぜイノベーション駆動型への転換が必要なのか。改革開放以降、安価で豊富な労働力を背景に、国内外から巨額の投資マネーが集まり「世界の工場」として発展してきた。だがこの構造が転換点を迎えている。

供給サイドからみると、経済成長の原動力は、労働供給、資本ストック、全要素生産性(技術水準)の3つの要素に分解できる。

労働供給はかつての一人っ子政策の影響で減少に転じた。中国国家統計局の20年人口センサスによれば、15〜59歳人口は10年前から4千万人近く減った。就業人口も17年をピークに減少に転じ、長期的にこの傾向は続きそうだ。16年には産児制限を緩和したが、教育・生活コストの高騰などを背景に出生数は急速に減少している。21年から第3子の出産を認めたものの、大幅な改善は期待しづらい。

資本ストックはどうか。中国経済全体のレバレッジ比率(国内総生産=GDP=に対する債務残高比率)は高止まりが続く。特に企業部門の債務比率は国際的にみても高水準だ。国際金融協会(IIF)のリポートによると、20年第4四半期の中国の非金融企業部門のレバレッジ比率は164.7%と、世界全体の100.1%を大きく上回る。

主な投資主体である企業の債務負担が大きい中国では、過度な投資拡大による資本ストックの大幅な増大も見込めない。実際、企業の設備投資を含む固定資産投資の伸び率は、世界金融危機直後の09年の30.0%から低下傾向にあり、20年には2.7%にとどまった。

労働供給、資本ストックの経済成長への寄与度が低下するなか、中国経済が「新常態」に適応し中高速成長を維持するには、イノベーションを通じた全要素生産性の向上が不可欠だ。

 

◇   ◇

現在最もイノベーションが生まれている分野が、デジタル技術をベースとする「新経済(ニューエコノミー)」だ。オンライン決済をプラットフォームに新ビジネスが次々に生まれ、それらが結びついた巨大なビジネスエコシステム(生態系)が形成されている。

イノベーション実現にはヒト、モノ、カネが集まる仕組みが必要だ。中国は近年「大衆創業・万衆創新」「インターネットプラス」といった政策を数多く実施してきた。海外経験を積んだ高度人材を呼び戻し、デジタル技術者の育成や起業しやすい環境の整備にも力を入れた。「新経済」のエコシステムは急拡大している。

新産業の発展は雇用を生み、経済成長に貢献している。都市部では自動化・機械化で工場や建築現場の仕事が減る中で、デリバリー配達やシェア自転車の整理などの新たな労働需要を生み、農民工(出稼ぎ労働者)雇用の受け皿となった。農村部でもネットを通じた直販が普及した。人工知能(AI)開発に不可欠な人手によるアノテーション(タグ付け)作業は貧困地区の新たな収入源になっている。

中国工業情報化部(省)によれば、19年のデジタル経済規模はGDPの36.2%に達し、経済成長率への寄与度も60%を超えた。

だが35年までにイノベーション先進国入りを目指す中国にとって「イノベーション力は質の高い発展要求に適応できていない」(前述の長期目標綱要)。中国のイノベーションは、巨大な国内市場を背景に既存技術を応用する社会実装型が特徴だ。例えばモバイル決済で利用されるQRコードを開発したのは日本のデンソーだ。パソコンやスマホの基本ソフト(OS)市場は米国企業の独占が続く。ソフト、ハード両面での海外技術への依存度は高い。

念頭にあるのが中国を取り巻く国際情勢の悪化だ。米中対立が激しさを増す中で、海外から先端技術を容易に導入できない環境が「新常態」となりつつある。米国の対中輸出規制により高性能半導体の調達ができなくなった華為技術(ファーウェイ)が、関連事業の縮小に追い込まれたのは象徴的事例といえよう。

環境変化に対応すべく中国が急ぐのが独自の研究開発、特に基礎研究分野の強化だ。長期目標綱要では、社会全体での研究開発費を年平均7%以上増やすとともに、基礎研究比率を総額の8%以上に高める目標を掲げた。税制優遇など企業にインセンティブ(誘因)を与え、技術者の育成や外国人専門家の招致にも力を入れる。イノベーション駆動で生まれる付加価値の高い供給が新たな需要を喚起し、国内循環を主体とした、国内外2つの循環が相互に促進しあう「双循環」を早期に築き上げたい考えだ。

中国社会にはなお様々な問題が山積しており、安定した経済成長が必要だ。特に農村部の問題が顕著で、都市部との所得・教育格差、社会保障制度の整備の遅れなど、不均衡発展は未解決のままだ。少子高齢化は加速し、成長が滞れば豊かになる前に老いる「未富先老」も現実味を帯びてくる。

経済発展とそれに伴う国民全体の生活水準向上は、中国共産党の大きな求心力の一つでもある。世界第2位の規模に成長した巨木に、イノベーションの「花」を咲かせ、国民が経済成長の「果実」を享受し続けられるか。国内外の「新常態」が複雑に絡み合う中で、次の100年に向け第一歩を踏み出した中国共産党の真価が問われている。

 

 

 

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