経済教室

 

混雑回避、「抽選一括方式」で コロナに経済学の知見

 

 

栗野盛光・慶応義塾大学教授

くりの・もりみつ 73年生まれ。京都大工卒、ピッツバーグ大博士(経済学)。専門はマーケットデザイン

ポイント

○ワクチン予約などの先着順方式は弊害大

○予約の過度なスピード競争を弱める必要

○需給に応じた柔軟な予約システム運用を

 

コロナ対策として、3密(密閉、密集、密接)の空間で生じる混雑を避けることの重要性が強調されている。そのための政策は緊急事態宣言での休業要請などが主だが、混雑を制御する制度も導入して経済活動を支えることも重要だ。予約システムはそうした制度の一つだ。本稿では、マーケットデザインの観点から、どのような予約システムが望ましいのかを考えたい。

 

◇   ◇

予約システムを考える際に重要なのが需要と供給のバランスだ。財やサービスでは通常、価格が需要と供給をバランスさせる。一方、ワクチン接種や公園などは無料なので価格による需給調整はできず、需要量が供給量を上回り、価格以外の制度で誰が財とマッチ(消費)できるかが決まる。有料の場合でも大規模イベントなど価格が抑えられている場合は同様だ。そうしたとき、私たちの社会では価格の介在しない先着順制度が慣習的に用いられる。

コロナ禍の下では財の供給量に限界がある。例えばワクチン接種では、供給量に加えて打ち手や接種場所など供給方法にも限界がある。病院や歯科医院でもそうだ。またコロナ対策の政策は財の供給量に上限を課すことも多い。公園や植物園、博物館や美術館などの多くの公共サービスでは入場制限を課している。プロスポーツや五輪関連の大規模イベント、テーマパークでも入場制限が課されている。飲食店に対しては時短営業などが要請されているが、緩和して顧客数を制御することも検討すべきだ。

先着順はわかりやすく運用しやすい。早く行動する努力をした人を優遇する意味で公平だが、状況によっては努力できる人だけを優遇することになり不公平となる。先着順は通常はうまく機能するが、需要が供給を大幅に上回るときには、むしろ弊害が大きくなる。3つの弊害が知られる。

第1にマスク販売やワクチン予約でも問題になったアクセスの殺到だ。希望者にとって最適な行動は予約開始時にアクセスし、一家総動員で行うことだ。アクセス殺到で予約できず、アクセスを繰り返すので、より一層混雑するという悪循環となる。結局、予約の成否は抽選のように確率的になるにもかかわらず、不要な努力やシステムへの過度の負担が発生する。

第2に悪質な代行業者の横行だ。誰よりも早くアクセスして予約枠を確保し、他の顧客の予約を困難にする。これは本人確認をしても起きる。世界各国の公共サービスで問題になっており、日本でもワクチン予約で実際に現れている。

第3に優先順位の順守が困難になることだ。例えば優先すべきグループとそうでないグループの2つがある場合、1つの予約枠で両者が混在し、優先グループで当選しなかった人が非優先グループで当選した人に不公平を感じてしまう。

ワクチン予約では割当制も注目されている。アクセス殺到回避のため、自治体側で予約枠を指定するものだ。住民の希望を聞いていないのでアクセス殺到を避けられる半面、指定された予約枠では都合の悪い住民が出てくる。その結果、改めて希望を聞いたうえで再予約が必要になり、そうした住民が多いと別の予約方式を使わざるを得なくなる。

さらにワクチン予約では架空予約と二重予約が問題になっている。無断キャンセルにつながるからだ。レストラン予約でも同様だ。架空予約は本人と照合できるシステムがあれば解決する。二重予約の問題はシステムの連携や統一化で解決できる。だがワクチンもレストランもこの問題を解決できていないのが実情だ。

 

◇   ◇

ではマーケットデザインではどのように解決するのか。筆者はドイツの共同研究者らとともに、先着順の弊害を克服する制度として「抽選一括制」を提案し、理論と実験でその有効性を確かめた。研究成果は国際的学術誌アメリカン・エコノミック・レビューで7月に発表される。その成果に基づき、望ましい予約システムについて議論する。

鍵となるのは過度なスピード競争を弱めることだ。一定期間、予約申し込みを受け付け、少なくとも第3希望までを登録し(可能な日時だけでもよい)、期間終了後に一括してマッチングを定められた手順で決める。これを一括方式と呼ぶ。その方式は抽選や年齢を使うなどマッチングの手順は様々だが、期間内ならば早くても遅くても当選確率は同じという特徴がある。

これによりスピード競争が弱まり、先着順の弊害が除かれる。つまりアクセスが分散化され、希望者は代行業者を使っても自分で申し込んでも当選確率が同じなので、わざわざ業者を使うインセンティブ(誘因)はない。さらに、すべての希望者の登録後に当選者を決められるので、優先順位を順守できる。

一括方式の中でも、抽選制がすべての登録者に当選確率の意味で平等になるという公平性を満たす。抽選制は、抽選により登録者に順位を付け、順位の高い者から希望の予約枠を割り当てる。この方式は、マッチング理論では「確率的優先順序メカニズム」と呼ばれ、安定的に15年以上用いられている米ボストン市の小学校入学のマッチングと本質的に同じだ。

兵庫県加古川市は抽選一括方式を用いて、集団接種と個別接種の予約を統一して二重予約を未然に防いでいる。ほかに望ましい一括方式として、順位に年齢を用いる方式も考えられる。

またワクチン予約で再認識されたのがキャンセルにどう対応するかだ。どのような予約システムでも必要であり、抽選一括制とも矛盾しない。効率性の観点から、キャンセルによる余剰財をなくすことが重要だ。

経済学的解決策の一つはデポジット(保証金)により無断キャンセルのインセンティブを弱めることだ。予約時に一定額を支払ってもらい、予約通り来れば返金し、来なければ返金されない。この方法はワクチン予約には非現実的かもしれないが、レストラン予約には既に導入されつつある。

以上は無断キャンセルの抑止についてだが、キャンセルが起きてしまった場合にはどう対応すべきだろうか。民間サービスであれば、現場の裁量に任せても問題ないだろう。ワクチン接種のような公共サービスでは、どんなマッチングの結果でも誰かが接種し他の人は接種できないという不公平が生じるので、裁量に任せると社会的に問題になる場合がある。よって透明性のあるルールを整備しておくことが重要になる。

一つは加古川市のように予備枠を設け、通常枠と同様に割り振っておき、キャンセルが生じた場合に予備枠の人に連絡するという方法だ。もう一つはキャンセルで生じた空き枠をウェブサイトなどで一元的に共有して、スピード競争を促す先着順で割り振る方法だ。

コロナ対策で求められる予約システムは需給に応じた柔軟な運用が必要だ。需要が供給を上回る場合、抽選や年齢による一括方式が望ましく、割当制が機能する場合もある。需要が落ち着けば、予約なしも含めた先着順が望ましいだろう。

 

 

 

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