アナザーノート
どうする中国への「抑止と関与」 論客に聞いてみた
藤田直央
国際・国内政治をナショナリズムから考察
こんにちは。コロナに負けずダイエットを続けます、とこの場で宣言して自分にプレッシャーをかけている藤田直央です。
今回は、米中対立が深まる中、日本も対応が問われている中国への「抑止と関与」について、政治学者の北岡伸一さん(73)へのインタビューをもとに考えてみます。
外交や安全保障の世界で、「抑止」と言えば、もめ事を武力で片付けないように相手を牽制(けんせい)することです。そして「関与」と言えば、協調しようとするこちらの考えを相手に理解させようとすることです。
このテーマで北岡さんにぜひ聞きたかったのは、東京大学名誉教授としての「ミサイル防衛から反撃力へ」という寄稿が、月刊誌「中央公論」の4月号に連名で載っていたからです。急速に軍拡を進める中国をいかに抑止するかについて、北岡さんはこれまでも積極的に発言してきました。
一方で北岡さんは、日本政府の途上国援助(ODA)を実施する国際協力機構(JICA)の理事長を務めて5年半になります。日本の対中ODAと言えば、中国の改革開放路線を後押しする関与政策の柱として約40年間続きましたが、中国の経済発展をふまえて今年度で役割を終えます。
中国への「抑止と関与」について聞くにふさわしい北岡さんですが、二回り上の論客へのインタビューにあたり、ちょっと緊張していました。私は2005年の米国留学中、国連大使(日本政府次席代表)だった北岡さんがゲストに招かれた勉強会で国連改革について質問し、逆にやり込められたことがあったからです。
「反撃力」唱える主張
そこで脇をしめて事前に中央公論への寄稿を読みました。日本が射程に入るミサイルを持つ中国を抑止するため、日本も中国を射程に入れるミサイルを持つべきだという趣旨で、日本政府が懸念を示しつつも語らない中国を名指ししたミサイル論議に踏み込んでいます。
具体的には、ミサイルを撃ち落とそうとする今の日本の防衛システムでは中国に対応しきれないと指摘。一方で、自民党などで議論されている、相手がミサイルを発射する直前に拠点をたたく「敵基地攻撃」は技術的に不可能で、国際的にも先制攻撃として批判されかねないと述べます。
そして、「政府は首相声明の形で、先制攻撃はしないが万一攻撃された場合には、反撃を加えるという意志を明らかにした上で、反撃力の整備に着手すべきである」と主張。昨年に安倍晋三首相が退任する間際に出した「抑止力を高めることが必要」という談話にこたえる具体案だとしています。
中国に対する抑止論としては練られています。私はこの後に述べるやり取りを経て賛同はできませんでしたが、政府が対中政策であいまいな言い回しを続けてなかなか国民に議論を開かない中で、一石を投じる論考だと思いました。
「関与だけしている国があるでしょうか」
私が心配したのは、関与との関係でした。日本を攻撃しないよう牽制するためとはいえ、日本が戦後の「専守防衛」政策の下で持ってこなかった他国を攻撃できる兵器を持つことは、協調しようという関与のメッセージを弱め、抑止をより難しくしないでしょうか。
「反撃力を持たないで、関与だけしている国があるでしょうか」と北岡さん。相変わらずの鋭い切り返しがきました。
「中国はすでに横須賀、嘉手納、三沢といった在日米軍基地への攻撃を想定した軍事演習をしています。第2次安倍内閣の初期に中国大使館の人と議論し、軍事費の増加は中国は毎年10%なのに、1%の日本をなぜ批判できるのかとただしたら、中国は既定路線だが日本は新しい政策だからだと言われました」
「私の立場は相互主義です。日本の方がはるかにモデスト(穏健)なのに、中国を挑発するからと国内から批判するのはおかしい。日本が生き延びるためにあらゆるオプションを考えなくちゃいけない。反撃の用意をして攻撃されないようにした上で、いろんな外交の駆け引きがあるんです」
北岡さんは表情を崩さず、たたみかけてきます。踏ん張って聞いたのは、そうした中国を抑止する「反撃力」の整備が、JICAが担うODAを通じた日本外交と背反しないかということです。
「もちろん両立します。日本が重視する『人間の安全保障』の分野にODAで取り組むことで、日本は世界の信頼を勝ち得ている。その中で東南アジア諸国に対しては発展を支援し、仲間になってもらうことで中国への防波堤にもなります」
ただ、それもどちらかと言えば中国をいかに抑止するかの議論です。日本のODAも中国向けは終わってしまうので、関与に生かすのはやはり難しいのかと思って聞いていると、北岡さんは話を続ける中でそこに触れました。
「日本は安倍内閣の時に中国が主導する一帯一路(シルクロード経済圏構想)の事業に協力する姿勢を示す一方で、第三国の途上国を借金漬けにしない債務持続性や、汚職がからまない透明性、環境への配慮などを条件にしました」
「そういう事業を持ってくるような、国際社会で責任あるメンバーになってくださいと中国に求めているんです。取り込んで仲間にしてルールを守らせる。押したり引いたりで、決して一直線に防波堤を作っているわけではない」
JICA理事長の立場と「両立」
「人間の安全保障」という言葉に、北岡さんの2代前にJICA理事長を務め、19年に亡くなった国際政治学者の緒方貞子さんを思い出しました。様々な国際問題に生存を脅かされる人々を救うこの理念を、日本人初の国連難民高等弁務官も務めた緒方さんは紛争地を訪ねるなどして実践しました。
そして、近代日本軍事史の専門家である北岡さんも、緒方さんと同様に今の国際情勢をふまえて積極的に発信しつつ、戦前の日本に厳しいまなざしを向けてきたことに思い当たりました。
北岡さんは15年に安倍内閣でJICA理事長に任命される少し前、安倍首相の戦後70年談話に関する有識者懇談会の座長代理を務めました。懇談会の報告書が「日本は、満州事変以降、大陸への侵略を拡大」とした点が談話でどうなるかが焦点でした。
8月14日に閣議決定された談話では、「事変、侵略、戦争。いかなる武力の威嚇や行使も、国際紛争を解決する手段としては、もう二度と用いてはならない」という表現になりました。
北岡さんはその後の記者会見で「我々の提言は大体ふまえていただいてほぼ満足している」としつつ、こう述べています。「『日本は確かに侵略した。こういうことを繰り返してはいけない』と、一人称でできれば言ってほしかった」
そうした北岡さんの芯の強さと、一筋縄ではいかない「抑止と関与」の難しさを、今回のインタビューで改めて感じました。北岡さんは、JICA理事長の立場と「反撃力」の寄稿は「両立する」とした上で、「オピニオンリーダーとして意見を求められるからには、言う義務があります」と語りました。
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私の3本は今回の記事と同様、中国とどう向き合うかについて考えていただければと書いたものです。1本目は日米中間の難題である「台湾」に触れて注目された先の日米首脳会談の解説。2本目は1989年の天安門事件当時の日本の外交文書が公開された昨年の特集記事。3本目は日米が中国と国交正常化前の1968年に中国の核攻撃を想定し協議をした極秘文書を入手した特ダネです。