コロナ起源巡る新リスク

 

米調査が刺激する戦狼外交

 

ギデオン・ラックマン

 

中国とオーストラリアの関係悪化は、世界情勢の大きな流れの中では些末(さまつ)に思えるかもしれないが、注目に値する。豪州への中国の強硬姿勢を見れば、新型コロナウイルスの発生源に関する独立した調査を求める国際的な圧力に、中国が当初からいかに神経をとがらせていたのかがわかるからだ。

 

イラスト James Ferguson/Financila Times

 

裏目に出たWHO調査への対応

中国政府と豪州政府の関係悪化には驚くべきものがある。2014年、中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席は豪連邦議会で演説した際、豪州とその時に合意した自由貿易協定締結を称賛し、「両国間には広大な善意の海が存在する」と述べた。だが中国はこの1年、豪州産のワインや食品、石炭に制裁関税を課したり、ロブスターを「食の安全のための検査」と称して上海空港で差し止めたり、中国高官らは豪州を人種差別の国で様々な戦争犯罪を抱えていると非難してきた。

この関係悪化がエスカレートしていく様子も衝撃的だったが、その始まりも特筆に値する。昨年11月、中国の外交官が豪州に対し14項目に上る抗議文書を発表した。そこには中国企業による対豪投資計画の阻止や、豪州による「反中国的な」研究への資金提供が含まれていたが、モリソン豪首相による新型コロナウイルスの発生源を巡る独立調査の要請も含まれていた。

豪中対立の経緯を振り返るとこれが引き金となったのは明らかだ。モリソン首相は、国際調査を担当する専門家らには「強い調査権限」が与えられるべきだとさえ主張した。これに対し中国の駐豪大使は、このような中国に対する侮辱ともいえる要求は、豪州産商品に対する中国の消費者の不買運動を招きかねないと警告した。そして数カ月のうちに中国政府は自国の消費者の先陣を切るかのように豪州からの輸入品への関税を次々に引き上げた。

中国政府はその後、世界保健機関(WHO)の国際調査団の受け入れにようやく同意したものの、実際に調査する範囲を厳しく制限した。だが、この調査を必死に統制しようとしたことが裏目に出て、中国は隠蔽していることがあるのではないかという疑念をむしろ一段と深める結果となった。

 

「戦狼外交」は中国の政治体制の産物

中国がこうした対応に出るのは、恐らく新型コロナの発生源を巡って後ろめたさがあるからだけではない。中国は海外からの非難には、あらゆる脅威や辛辣なレトリック、隠蔽主義を織り交ぜて悪しき対抗措置を講じるのが通例となっている。国際的な非難の矛先が新疆ウイグル自治区でも、台湾問題でも、新型コロナでも同じ対応となる。

こうした中国の「戦狼外交」は、往々にして望ましくない結果を招く。ただ戦狼外交は、習氏にこびへつらうことを強要する国内の政治体制(かくして検閲と弾圧が必要になる)が生み出した必然的な産物でもある。国内が閉鎖的で権力者にこびる体制でありながら、外交では柔軟かつ開放的な姿勢を貫くなど可能なわけがない。

中国の外交官が発する攻撃的メッセージの多くは、自国の市民や政府高官らに向けたものである可能性さえある。習政権が世界を相手に中国のために戦っている、と示すのが狙いだ。

 

なぜバイデン大統領による追加調査決定が脅威か

新型コロナ発生源を巡る議論では、中国政府は米大統領がトランプ氏だった時は守られていた面もある。同氏は世界的に「?つき」とみなされていたうえ、米国での新型コロナの大流行の責任は自分ではなく中国にあるとしておきたい政治的理由を抱えていた。おかげで中国政府としては「中国科学院武漢ウイルス研究所から流出した」という説を極右過激派の陰謀論にすぎないと一蹴できた。

だがバイデン米大統領がこの発生源解明に慎重な姿勢で臨んでいることが、矛盾するようだが中国政府には脅威となっている。バイデン氏の発言への信頼感は米国内でも海外でもトランプ氏に比べ格段に高いからだ。

バイデン氏は、武漢ウイルス研究所からの流出説を巡り米情報機関で意見が割れている点を率直に認めた。同氏は流出説が真実だと立証された場合、その波紋が招く事態を深く憂慮しているかもしれない。バイデン政権がいくら阻止しようとも、米裁判所では中国に巨額の賠償金を求める訴訟が相次ぐだろう。その場合、バイデン政権の中国と対立するところでは対立しても協力できるところはするという微妙なバランスを維持することは極めて難しくなるからだ。

中国を取り巻くリスクは高まっている。中国政府はこの一年、新型コロナを巡る議論をうまくすり替えてきた。最初に感染拡大に直面し打撃を受けたが、その後、欧米諸国で死者が急増する中、感染封じ込めに成功したと世界にアピールしてきた。

だが米政府が新型コロナ発生源について追加調査を決めたことで、中国政府は突如、再び世界から厳しい目を向けられることになった。難しい局面を迎えた中国にとっては友好国の存在が頼みの綱となるが、習政権とその配下で戦狼外交を繰り広げてきた中国の外交官らはこの1年、友好関係を築けたはずの国々を自ら遠ざけてきた。

最近も欧州連合(EU)が新疆ウイグル自治区の人権問題を理由に中国に制裁措置を発表したのに対抗し、中国政府はEUに制裁を発動した。これを受けて欧州議会は5月20日、中国とEUが昨年末に大筋合意した投資協定の批准に向けた審議を停止する決議を可決した。

インドとの関係もこの1年、悪化したままだ。昨年6月、インドと中国の両軍がヒマラヤの国境係争地域で衝突し、インド兵20人、中国兵4人が死亡した。以来、インド政府は対中政策を硬化させている。この事件についてインドのベテランのアナリストらの間では、中国が新型コロナを巡る中国への国際的な注目ををらすべく、インドとの対立を意図的に悪化させたのだという見方が広がっている。

中国が新型コロナの発生源を巡り自らが世界に責められていると再び感じるに至れば、また強行な姿勢で反撃に出てくるだろう。あるいは世界を分断させようと画策してくる可能性は高い。パンデミックの発生源を解明しようとする動きは誰にも止められないし、必要なことだ。だが、それは大きな危険をはらんでいる。

 

 

 

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