チャートは語る
「学び直し」世界が競う
出遅れる日本 所得格差が壁
新型コロナウイルスの感染収束後の経済成長に向け、欧米主要国が人材の「学び直し(リスキリング)」を競っている。デジタルトランスフォーメーション(DX)が加速するなか、スキルの向上は生産性のカギを握り国際競争力を左右する。出遅れる日本は公的支援の改善が課題だ。
学び直しと生産性は一定の相関関係がある。経済協力開発機構(OECD)のデータをみると、仕事に関する再教育へ参加する人の割合が高い国ほど時間あたり労働生産性が高い。参加率が50%を超えるデンマークやスウェーデンなど北欧は生産性も上位だ。
共通するのは政労使が連携した訓練の充実だ。デンマークでは各地に地方自治体が主体となる職業訓練学校がありカリキュラムは企業と労組の協議で決める。IT(情報技術)系ではエンジニアの職業別労組などが参加し、技術トレンドの変化に合わせ毎年のように内容を更新。参加者は実用的なスキルを磨く。
スウェーデンも官民が連携して訓練内容を決め、訓練時間の25%以上は企業での実習に充てるなど実践的だ。解雇規制が緩やかな一方、再就職支援の組織も充実する。成長産業にスキルを持つ人材が移動しやすい環境がスポティファイ・テクノロジーなど成長企業を生む土壌になる。
DXのスピードが速く、求められるスキルの変化も激しい中、再教育の必要性は高まる。世界経済フォーラム(WEF)が2020年1月、30年までに10億人に再教育を実施する企画を立ち上げたのはIT関連を中心に人材を充実させるのが目的だ。米セールスフォース・ドットコムや印インフォシスなどが協力する。
日本は出遅れが目立つ。再教育への参加率は35%とOECD平均より5ポイント少ない。人材のスキルが伸び悩み、生産性は北欧各国の半分程度で37カ国中21位にとどまる。
日本経済新聞と人材大手パーソルキャリアの転職サービス「doda」の調査で企業に社員のスキルを聞くと、情報システム分野で多くが「不足」と答えた。経営管理や製造は十分との回答が多いが研究開発も「不足」が目立つ。
民間は対策に動き出す。富士通は20年4月からオンラインで約9000種類の教育コンテンツを無料で利用できるようにした。プログラミング言語などの研修でDXに貢献する人材を育てる。40代の男性社員は「担当以外のスキルも身につけないと取り残される」と学習に打ち込む。
もっとも勤め先で研修を利用できない人も多い。日経とパーソルの調査で個人に「勤務先でスキルが習得できているか」を聞くと、年収1000万円以上の人の54%は肯定的だったが、年収300万円未満は28%にとどまった。
「何を学べばいいのか考える余裕もない」。事務職で働く30代女性は不安を募らせる。以前は毎月80時間の残業で勉強どころでなく、スキルを取得しようと転職し残業は半減したが年収が150万円減り難しくなったという。
所得格差を縮めるには公的支援の役割が重要だが、現状は心もとない。国や自治体が提供する職業訓練は行政主導でカリキュラムを作り、現場のニーズとずれがち。ITの経験を生かしたい人が建設関連の訓練を紹介されるといったケースもある。同志社大学の奥平寛子准教授は「政府と労使の連携が不十分なので利用が増えない」と指摘する。
日本総合研究所の山田久副理事長は「日本も雇用政策を成長戦略の観点から考え直すべきだ」と話す。生産性向上に必須のスキルを幅広い人材が高められる仕組みを整えなければ、コロナ後の国際競争で出遅れる恐れがある。
日本経済新聞とパーソルキャリアの調査では、新型コロナウイルス禍を機に働く場所についての認識が変化している様子も浮き彫りになった。回答企業の5割はコロナ収束後もテレワークを恒久措置として続けると回答。個人は若い世代ほど柔軟な働き方を企業選びの際に重視すると答えた。
コロナ禍で企業が新たに導入・拡大した働く場所についての施策では「ウェブ会議システムの整備」が最も多く、回答企業の79.4%をしめた。テレワークの導入・拡大も68.1%と高く、47.3%はコロナ禍の収束後も継続すると答えた。
テレワークが広がると働き方も多様になる。EY新日本監査法人などのEYジャパングループは2020年秋に従業員の地方移住を支援する制度を導入した。東京の部署に所属したまま地方からの遠隔勤務を認める。第1弾で希望者から約30人を選び長野県や静岡県などへの移住を認めた。
テレワークの導入を機に転勤や単身赴任の廃止や中止を決定・検討している企業も1割前後あった。水処理大手メタウォーターは20年夏、テレワークが可能な場合、単身赴任を解除する仕組みを導入した。すでに30人ほどが単身赴任を終えて帰任したという。
働く場所が柔軟になるとオフィスは見直しが進む。企業にオフィスのあり方で検討している項目を聞くと、本社の移転・縮小が全体の11.5%を占めた。特に東京都の企業の場合は21.5%と割合が高かった。
働き手の意識も変わってきた。個人に「転職時に柔軟な働き方の整備を重視するか」を聞いたところ「重視する」「まあ重視する」と答えた人は20代で76.8%に達した。若い人ほど割合が高いが50代も62.6%あった。パーソルキャリアの喜多恭子・doda編集長は「中核を担う人材の採用ほど、柔軟に働く環境を整えることが優位性につながる」と解説する。
調査概要
日本経済新聞と共同で作成した調査票を基に、パーソルキャリアの転職サービス「doda」が個人・法人にアンケートで回答を得た。調査は日経リサーチに委託して2021年3月にウェブ形式で実施し、1万6000人強の個人と383の企業・団体から回答を得た。個人は正社員・正規職員として働く20〜65歳を対象とした。