予見される危機に備えよ

 

横断思考で回復力向上を

 

ラナ・フォルーハー

 

予測が難しい一度限りの極端な出来事を「ブラックスワン(黒い白鳥)」と呼ぶ。第1次大戦が勃発するきっかけとなったオーストリア皇太子が暗殺されたサラエボ事件や、米株価が1日としては過去最大の下落率を記録し、全世界の主要市場に波及した1987年10月のブラックマンデーなどは皆よく知っている。だが、我々のありふれた日常に潜むリスクはどうか。

 

イラスト Financial Times/Matt Kenyon

5月に米石油パイプライン大手のコロニアル・パイプラインに身代金を要求するサイバー攻撃が仕掛けられたことに、驚いた人はいただろうか。米カリフォルニア州の電力・ガス大手PG&Eの2019年の経営破綻、05年の米南部への大型ハリケーン「カトリーナ」上陸、11年の福島第1原子力発電所事故、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)などはどうか。

これらは、政策決定者や企業経営者、活動家、ジャーナリストなど多くの人々が以前から予見していたタイプのリスクだ。調査会社ペントランド・アナリティクスのデボラ・プリティ氏が執筆した米保険仲介大手エーオンの報告書は、こうしたリスクを「グレースワン(灰色の白鳥)」と呼ぶ。このグレースワンがいつ到来するかは分からないかもしれない。だが起きうることは予見されていた。

 

コロナで明らかになった米農業のもろさ

確かにこれらは今までとは種類が異なる脅威で、全く新しいリスク管理の手法が必要とされる。その一つであるコロナは明確な教訓をもたらした。それは、気候変動であれ、サプライチェーン(供給網)の混乱であれ、あるいはインフレや金融の安定性、格差、ナショナリズムであれ、一見互いに関係ないように思える様々な問題が実は複雑に関係しているということだ。

さらに、多くの人がネットに接続するようになったことで、問題は終着点が見えないまま、延々と連鎖していく。こうしたリスクは単独では解決できないし、解決のための特効薬もない。根底にある本質的な問題に対する認識を状況に応じて変え、最終的には我々の生活や仕事、統治のあり方を根本から変える必要がある。

例えば、コロナで明らかになった米国の農業のもろさについて考えよう。食料品店には品不足で長蛇の列ができているのに、一方では余った農産物を廃棄する生産者がいた。これは、レストラン向けと食料品店向けのサプライチェーン(供給網)が互いに全く連携することなく別々に存在しているからだ。しかも、いずれも上位企業による寡占が進み、拠点が一部の地域に集中している。

コロナで特に深刻な打撃を受けた食肉サプライチェーンの場合、わずか5つの郡の拠点が全米の需要の大半を担っている。そのトップ2であるカリフォルニア州南部のサンバーナディーノ郡とリバーサイド郡は、農業のみならずあらゆる産業におけるトラック輸送の要衝の地だ。だが、同時に自然災害が多く経済格差が深刻な地域でもある(「インランド・エンパイア」と呼ばれるこの一帯は2007〜08年のサブプライム住宅ローン危機の発生源となった)。様々なリスクが交錯する「ハブ」ともいえる。

米非営利研究機関のMITREによる米食肉産業の分析は、こうした複合的な問題を解決するために乗り越えなければいけない障壁を示している。例えば、反トラスト法(独占禁止法)はその一つだ(なぜ大手3社がこれほど巨大化したのか)。農業補助金もそうだ。炭素排出を減らそうとしているのに、なぜ飼料作物を栽培する農家に補助金を出すのか(肉牛生産は大量の炭素を排出する)。

安全保障の問題(米豚肉業界の相当な部分が中国企業の資本下にあってよいのか)もあれば、社会的弱者への医療体制、テクノロジーの問題(複数のシステムが相互接続できる開放性とセキュリティーをどう両立させるか)もある。数え上げればきりがない。農業の一分野だけでもこうだ。同様の分析を水道やエネルギー、金融、インターネットにも広げれば、さらに複雑怪奇なものになるだろう。

 

求められる複雑系の思考

コロナ後の世界にはこうした複雑系の思考が必要と考える声は多い。筆者が4月に出席した経済協力開発機構(OECD)の会議「経済的課題への新しいアプローチ」では、各国の短期的なコロナ対策がレジリエンス(回復力)の強化につながっているか、それとも既存の仕組みの機能不全をさらに悪化させているかについて議論が交わされた。米国防総省国防高等研究計画局(DARPA)の研究員など各部門の専門家も、よりレジリエンスの高い仕組みの構築について熱心に研究している。

米バイデン政権は筆者が記憶する限り、複合的な問題の分析にこれまでの米政権では最も力を入れている。それでもなお、米国がグレースワン問題についてできることは多い。

この分野を検討する上で重要な文書が、レオン・ファース氏が12年10月に執筆した「予測的統治」と題する長文の報告書だ。同氏は元外交官で、クリントン政権でゴア副大統領の国家安全保障問題担当補佐官を務めた。表紙には、行政府が「主要課題が深刻になる速さと複雑さ」への対処を提案すると書かれている。

ファース氏は次のように提言した。「この国が共和国として機能し続け、繁栄し続けるためには、米政府はいつまでも危機管理に頼っていてはならない。それがどれほど巧みであってもだ。危機が起きる前に対処することが必須だ。さもなくば我々はリスクに振り回されることになる。(中略)この国の19世紀に作られた統治機構は21世紀の問題が持つ特性に対応できていない」

 

求む「レジリエンス担当官」

報告書ではいくつかの賢明な提案がなされている。筆者も1つ提案しよう。ホワイトハウスにレジリエンス対策の専門担当官を置くことだ。大統領に直接進言し、各省庁の官僚組織にとらわれず横断的に判断できるような権限を持たせる。現政権は米経済の構造を大きく作り変えようとしているが、それをさらに加速させるのだ。

人選は、インフラや物流、テクノロジー、人的資源など、複数の問題を同時に処理することが日常業務となっている国防分野の経験がある人物が望ましい。

そうなると、国内で起きていることには軍を関与させないという米国の原理原則に抵触するかもしれない。ただ、それはまた別の構造的な問題だ。筆者は将来、別のコラムで考察することになるだろう。

 

 

 

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