時論・創論・複眼

 

地域医療を立て直す

 

湯崎英彦氏/猪口雄二氏/松山幸弘氏/渡辺幸子氏

 

 

新型コロナウイルスの感染拡大は地域医療の問題点を浮き彫りにした。感染者を受け入れる病院がなかなか増えず、綱渡りの病床確保を強いられている自治体は多い。中長期では医療費の膨張を抑える必要もあり、危機対応力と効率を同時に高めることを迫られている。当事者と識者に改革の道筋を聞いた。

 

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患者受け入れ義務化も 

広島県知事 湯崎英彦氏

 

ゆざき・ひでひこ 通商産業省(現経済産業省)、ベンチャー企業副社長を経て09年広島県知事。コロナ危機下の医療に関する有識者らの研究会メンバー。

広島県では足元でコロナ感染が急拡大している。4月に(転勤者らに)集中的なPCR検査を実施したが、感染拡大に追いつかず、人流制限や感染者の特定・隔離に重点を移すことになった。コロナ患者向けの病床はできるだけ増やしたいが、通常医療を圧迫するため限界もある。

患者の受け入れでは早くから病院側とかなり綿密に調整しており、要請してから1週間で受け入れてもらえるはずだった。実際には10日かかったり、2週間かかったりするところがあった。患者を受け入れられない事態は回避できているが、綱渡りの部分がある。

受け入れには消極的な医療機関もある。病院長が受け入れようと思っても、院内のスタッフが了承しないケースもあった。コロナ患者の受け入れは行政の考えですぐに実行できるものではないし、病院のなかでも病院長の意向をすぐに実現できるものではない。そういう難しさを感じた。

緊急時に機動的な対応ができないのが現状の大きな課題だ。個々の病院の判断だけに左右されるのではなく、全体最適が実現する仕組みが必要ではないか。受け入れ計画を知事が最終決定し、計画に沿った受け入れを法的に義務付けることも必要かもしれない。受け入れる民間病院には経済的な裏付けがなければならない。

地域医療を維持するためには、医療資源の再配置が必要だ。今は機器や人材が分散しており、疲弊しやすい。稼働率が低い最先端の機器がそれぞれの病院にあり、無駄もある。集約すれば高度化と効率化をともに実現できる。拠点的な病院に医療資源の再配置機能を与え、地域内の医療機関にガバナンスを効かせる体制をつくりたい。役割分担を明確にし、急性期から回復期まで地域全体で面倒を見る仕組みだ。

国も集約を後押ししているが、より多くの支援があるとよい。設備や建物の償却が完全に済んでいれば難しくないが、大抵は償却負担が残っている。医療資源をあるべきところに誘導するのには、補助金や税制などのインセンティブが必要だ。

 

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病状・緊急性で役割分担 

全日本病院協会会長 猪口雄二氏

 

いのくち・ゆうじ 独協医大を卒業。医療法人財団寿康会理事長。厚生労働相の諮問機関、中央社会保険医療協議会(中医協)委員も務めた。

国は都道府県に「地域医療構想」を策定させ、2025年に向けて病院の再編・統合や病床の転換を促してきた。団塊の世代がすべて75歳以上になって長期療養の病床が必要になるとともに、人口減少で医療需要が大きく変わるためだ。

国は全国の病院に対し、病床を(1)高度急性期(2)急性期(3)回復期(4)慢性期――の4つに分類して現状と25年の見通しを報告させた。急性期病床を少なくし、リハビリを中心とする回復期病床や生活習慣病などに対応する慢性期病床を増やす推計を基本とした。

18年から都道府県ごとの調整会議で検討してきたが、25年の推計病床数を達成できないのはほぼ間違いない。調整会議で病院団体や地元医師会の代表が議論しても、個々の病院が経営判断として急性期病床の転換に踏み切れなかった。

日本は重症者や救急患者に対応する急性期だけでなく、回復期や慢性期病床を併せ持つケアミックス(混合型)病院が多い。こうした病院は高齢者が多く、職員配置も薄いため、院内感染のリスクが高いコロナ患者を受け入れにくい。

国内に一般病床は90万床近くあるが、人手を要するコロナ患者に対応できる急性期病床は40万床程度ではないか。ただ、人口が減少する地域では急性期の需要が減ることは変わりがない。地域に最適な機能分化が必要だろう。

欧米の病院では急性期の入院患者に特化している。日本では東京都でさえ、医療スタッフが分散し、夜間に心筋梗塞などの救急患者に緊急手術できる病院は限られる。病院単位で機能分化して再構築を進める必要があるだろう。

難易度が高い緊急手術のような高度急性期の患者は大学病院など大病院に集約する。通常の救急患者は地域医療支援病院など中核病院が対応する。急性期に至らない「亜急性期」の患者を受け入れる地域に密着した病院も必要だ。外来は地域密着型病院や診療所で総合診療医などが担当する。

このような再構築の実現には身近な地域単位で病院自身が加わって議論する必要がある。

 

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米英、共同事業体で運営 

キヤノングローバル戦略研究所研究主幹 松山幸弘氏

 

まつやま・ゆきひろ 医療法人での勤務経験があり、海外の医療制度に詳しい。豪マッコーリー大医療イノベーション研究所の名誉教授も務める。

病床不足の問題は厚生労働省が管轄する140の国立病院、32の労災病院、そして地域医療機能推進機構(JCHO)が運営する57の病院の中からコロナ専門病院をつくり、重症者と中等症患者の大部分を引き受ければ解消できるはずだ。

一般の患者は他の医療機関に引き受けてもらい、もとの主治医が転院先で治療にあたればよい。コロナ医療と通常医療を分離して医療崩壊を防ぐ道が開かれ、東京五輪開催への国民不安解消に役立つ。菅義偉首相や厚労省は自分に権限があるこの病院群に指示できないなら、民間病院に病床確保を要請する資格はない。

今後の地域医療を考える上でモデルとすべきは、米国や英国、オーストラリアなどにある統合医療ネットワーク(IHN)だ。

IHNは病院、診療所、介護施設など地域全体の医療機関をネットワーク化し、非営利の1つの事業体として動かす仕組みだ。米カリフォルニア州に本部があるカイザーは医療保険部門と医療提供部門が完全に統合されている。これにより、通常医療の縮小で増えた保険部門の利益をコロナ医療に自動的に振り向けることができた。各セクションで医師と医師以外がセットになり、お金のことも踏まえつつ、どうやって良い医療をやるかを考えている。多くのコロナ感染者が出ても米国の医療が持ちこたえたのは、これが大きい。

米国では人工知能(AI)による重症度予測ツールの社会実装が2020年に始まった。医療費などのデータから次の1年で重症化する人を予測して早めに治療する。医療費が減って保険は助かる一方、医療機関の収入は減る。日本のように保険者と医療機関が対立構図にあると、こんな仕組みは入れられない。

カイザーは急性期の患者を在宅で診るプロジェクトも始めているが、これも保険者と病院が一体でデータの共有と解析を進めるから可能になる。在宅のほうが患者の満足度が高く、入院コストもかからない。日本は医療情報活用で米国や英国に20年は遅れているが、このままだともっと遅れることになる。

 

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税制・診療報酬で誘導を 

グローバルヘルスコンサルティング・ジャパン社長 渡辺幸子氏

 

わたなべ・さちこ 病院勤務の看護師を経て慶大経済学部を卒業し、米ミシガン大で医療経営学と応用経済学の修士号を取得。共著に「医療崩壊の真実」。

コロナの感染拡大で日本の医療体制は2つの弱点が浮き彫りになった。

1つは病床・病院が多過ぎ、医療従事者が分散している問題だ。集中治療医なども1病院当たりではわずかしかいない。病床に対する看護師数は米国や英国の4分の1しかいない。

コロナの重症者のケアは通常の2〜4倍の看護師が必要だ。米国の大病院はコロナ患者を100人規模で受け入れたが、昨年11〜12月時点で日本の大病院(400床以上)の受け入れ数(中央値)は6人だった。

もう1つは病院間の役割分担と連携の問題だ。重症者を治療する大病院が軽症者から重症者まで全て受け入れる傾向にある。コロナの治療終了後も転院先が見つからず、新たな重症患者を受け入れることができない病院が多い。

重症化した時は大病院へ、回復後は大病院から別の病院や施設へ速やかに移れるようにするため、受け入れ先の空きベッド数などタイムリーな情報を共有する体制が不可欠だ。

感染症危機にすばやく対応するには国内病床の7割を持つ民間病院をどう動かすかがカギを握る。危機時は民間病院にも行政の指揮命令権が及ぶようにする法的対応が望ましい。それが難しいなら、危機の際は必ず患者を受け入れる条件付きの病院向けの優遇税制を考えてみてはどうか。

役割分担は平時から進める必要がある。多過ぎる急性期病床を減らし、医師や看護師を集約して患者を受け入れる力が大きい病院をつくるべきだ。政府は地域の病院間の話しあいで分担するよう求めてきたが、どの病院も自院の病床を減らす決断は難しく、総論賛成各論反対で進まない。

診療報酬体系を見直し、病院が自ら役割分担に動くよう促す必要がある。今は多くのベッドを埋めると報酬が増えるため、必要以上に長く入院させる病院が少なくない。同じ疾病なら入院日数に関係なく定額の報酬を受け取る仕組みに切り替えれば、収入のため入院を長引かせる病院はなくなる。同時に再入院率などデータを開示して個々の病院の医療の質を評価する仕組みを入れるべきだろう。

 

 

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〈アンカー〉コロナ下欠いた連携と司令塔を

戦後にできた医療体制が高齢化に伴う医療需要の変化に対応できず、ゆがみが生じていることは、かねて指摘されていた。大病院への病床集約など痛みを伴う改革に足がすくんでいたところをコロナ危機が直撃した。欧米より少ない感染者で医療体制が逼迫したのは、これまでの改革の遅れが招いたともいえる。

コロナ禍で医療機関の対応が遅れた問題を解くカギは2つ。1つは平時から地域で役割分担と連携を徹底することだ。医療資源の再配分に納得を得るにはデータの共有が欠かせない。保険者と協力して医療の質と効率の最適バランスを探るのが望ましい。

もう1つ、感染症危機の際に病院が柔軟に態勢を整えるには、全体の指揮権限を持つ公的な司令塔が必要だ。機敏に対応した医療機関に報いる仕組みも泥縄ではなく、あらかじめ用意しておきたい。

 

 

 

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