デジタル庁 縦割り打破
強い権限、予算一元管理 IT人材を取り込み
デジタル政策の司令塔となる「デジタル庁」の設置などを盛り込んだ改革関連法が12日の参院本会議で成立した。省庁の縦割りを排し、新型コロナウイルス禍で浮かび上がった日本のデジタル行政の遅れを挽回できるかが試される。(1面参照)
菅義偉首相が新たな司令塔として意欲を示してきたデジタル庁が9月1日に発足する。内閣直属の組織として首相をトップに据え、担当閣僚や事務次官に相当する特別職の「デジタル監」を置く。各省への勧告権や関連予算の集約など強い権限を持ち、自治体との調整も担う。
新設するデジタル監は担当相に助言したり事務を監督したりする。菅政権は専門性を重視して民間人材の起用を検討する。デジタル庁は発足時に500人規模の組織とし、このうち120人程度を民間から採用して審議官や課長級などの幹部職にも充てる。
2020年度の経済財政報告(経済財政白書)によると、行政機関など「公務」に属するIT(情報技術)人材は国内IT人材の総数のわずか0.5%にとどまる。シンガポールでは政府職員の7%にあたる2600人が政府のIT部門で働く。米欧にも見劣りする。
民間に偏る専門人材を集めやすくするため、米国などで「リボルビングドア」と呼ばれる雇用慣行につながる設計を急ぐ。官民で人材が行き来する仕組みで、日本にも根付けば民間の最新の知見や技術を政府の政策に取り込める。
IT人材を巡り国内外で獲得競争が激しくなっている。新組織では週3日以内の非常勤や兼業、テレワークなど柔軟な働き方を認める。先行採用者は年収換算で最大千数百万円の給与を用意した。
菅首相(左)と平井デジタル改革相で行政を変えていく(昨年9月、改革関連法案準備室の立ち上げ式)
まず取り組まなければならないのが行政システムの標準化だ。新型コロナの感染拡大を機に行政サービスを巡るデジタル化の遅れが露呈した。各省庁にバラバラに配分していた関連予算をデジタル庁が一元管理する。
システムを標準化し必要な情報を円滑に出し合う環境を整える狙いだが、自治体によっては人材不足などで対応に差が出る可能性がある。
各省が所管する分野の総合調整も担う。自治体が個別で運用している行政システムは総務省と連携し全国規模のクラウドへの移行を進める。医療や教育など準公共分野もデジタル化する。
具体的な目標設定は着手したばかりだ。データ利活用に関する戦略は中長期のもので曖昧な内容にとどまる。
システム統一後に何を実現するかの「青写真」を描かないと民間人材は集まりにくい。情報管理や官民癒着への懸念を払拭しつつ、民間出身の職員にどこまで権限を与えるかの線引きが課題になる。
行政手続きや口座開設、「スマホで1分」めざす
政府がめざすデジタル行政はどのような姿か。平井卓也デジタル改革相は「スマートフォンで、60秒であらゆる手続きをできるようにする」と語る。
デジタル改革関連法のうち利用者の利便性向上に直結するのがマイナンバーカードの利用拡大だ。カードで「本人」であることを示す電子証明書の機能をスマホに搭載できるようにする。一体化すれば銀行・証券口座の開設や携帯電話の申し込みから、確定申告や年末調整などの公的手続きまでスマホ1台で済む。そんな社会が順調なら2022年度にも実現する。
今はカードとスマホの両方を持ち歩かなければならない。利用する際はその都度、スマホにカードをかざす手間がかかっている。
カードの電子証明書は最寄りの郵便局で利用手続きができるようにもする。現在は市区町村の窓口に出向く必要がある。介護福祉士や保育士といった社会保障関連の国家資格と戸籍情報をマイナンバーで結びつけ、資格の証明や就業手続きがしやすいようにもする。
新型コロナウイルス対策の1人10万円の特別定額給付金は「紙」の手続きが主体となり、迅速な支給に支障を来した。法改正により、希望者はマイナンバーのポータルサイト(マイナポータル)で銀行口座を登録できるようになる。公的支援のスピードアップにつながるとの期待がある。
児童手当などの公的給付を中心に68種類の手続きが対象になる。利用者は口座登録さえしておけば、いちいちややこしい申請作業をしなくても、お金を素早く受け取れるようになる。
ハンコや紙の手続きを求める48個の法律も改正する。押印や書類提出といった対面での手続きのためにわざわざ役所の窓口などに足を運ぶ必要をなくす。
電子政府ランキング、日本は14位 世界の背中遠く
行政のデジタル化に向けてようやく本格的に動き出した日本。先を行く北欧などのデジタル先進国に追いつくためには、スピード感だけでなく発想の転換も必要になる。
デンマークはデジタル行政が生活の随所に行き渡る。国連の電子政府ランキングでは上位の常連で、最新の2020年版でも前回18年版に続いてトップに立った。
象徴的なのが役所の捉え方だ。国民には「デジタル空間上の存在」として認知されている。約580万人いる国民の大多数がデジタルIDを持ち、給付金や税金なども含め役所からの通知は全てネット上の電子私書箱に届く。
住所変更、入学手続き、年金など生活にかかわるほぼ全ての手続きがオンラインで完結する。離婚もワンクリックでできるため、3カ月間の冷却期間を設けることが一時的に法律で定められたほど。マイナンバーカードの専用サイト、マイナポータルの利用率が最近まで1%未満の日本との差は大きい。感覚や発想がまるで違う。
電子政府ランキングでデンマークに次ぐ2位は韓国。1997年のアジア通貨危機をきっかけに、国際通貨基金(IMF)から低コストでの行政運営を求められ、徹底したデジタル化を進めた経緯がある。
ブロックチェーンを使った電子証明、情報開示システム、行政データの標準化。歴代の政権がそれぞれ具体的なテーマを設定し、かけ声倒れに終わらせなかった。スマートフォンをベースとするデジタル行政にかじを切ったのも2011年と早い。電子政府のポータルサイト利用率は8割を超え、年1400億円超のコスト削減も実現した。
各国はデジタル化に向けた政策や予算に継続性がある。米国は連邦政府全体のIT投資の推移をウェブサイトで追えるようにしている。各省庁の最高情報責任者(CIO)がプロジェクトごとに、管理運営や人員配置の状況、進捗を毎年評価して公表している。
日本も同じようなサイトをつくり、発注先ベンダーのシェアなどを公表していた。現在はベンダーのシェアは非公開となり、多くのデータは2018年度以降、更新されていない。
取り組みが遅い上に継続性さえ乏しい日本。電子政府ランキングは14位にとどまる。海外に学ぶべきことは山のようにある。