中国の米衰退論は間違い
懸念すべきは米国内の動向
by Martin Wolf
中国のエリート層は、米国はもはや反転できない衰退の道を歩んでいるとみている。米シンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)のジュード・ブランシェット氏もそう指摘している。近年の米国、特に政治での出来事をみれば彼らの見方もうなずける。安定した自由民主主義国ならば、トランプ氏のような必要な資質と能力の全てを欠く人物を国の指導者に選ぶことはなかっただろう。
イラスト James Ferguson/Financial Times
それでも、米国が衰退していると考えるのは行き過ぎだ。米国は経済を筆頭に今も強みを有している。
米国は過去1世紀半の間、経済的に世界で最も革新的な国であり続け、それが世界的な国力と影響力の源泉となってきた。では、その革新力は今、どうみえるのか。答えは「かなり良好」だ。中国との競争にさらされているにもかかわらず、だ。
時価総額上位企業は依然、米が優勢
株式市場は完全ではない。だが投資家が企業に価値を付ける際、その企業の将来を少なくとも比較的公平には評価する。
4月23日時点で、時価総額世界上位10社のうち7社、上位20社の14社は米国に本社を置く。サウジアラビアの国営石油会社サウジアラムコがなければ、世界の時価総額上位5社はアップル、マイクロソフト、アマゾン・ドット・コム、アルファベット、フェイスブックの米テック大手が占めるところだ。
世界の時価総額上位20社(2021年4月23日時点)
出所:Refinitive/FT
中国企業(香港を含め、台湾を除く)は、騰訊控股(テンセント、7位)とアリババ集団(9位)のテック企業が上位に入るが、上位20位でも入るのはこの2社のみだ。最も時価総額が大きい欧州の企業は17位の仏LVMHモエヘネシー・ルイヴィトンだが、歴史ある高級ブランドを寄せ集めた企業にすぎない。これは欧州の人にとっては懸念せざるを得ない事態だろう。
テック企業に絞れば、上位20社中12社が米企業で、中国企業は3社。オランダは2社あり、その1社は半導体製造装置大手のASMLだ。台湾は半導体受託生産の世界最大手、台湾積体電路製造(TSMC)、韓国はサムスン電子が入る。
世界のテック企業の時価総額上位20社(2021年4月23日時点)
出所:Refinitive/FT
生命科学・製薬も将来の繁栄に重要だ。この分野では欧州(スイスと英国を含む)は7社が上位20社入りしている。だが米企業が上位10社の7社、上位20社では11社を占める。オーストラリアと日本の企業も1社ずつ入るが(編集注、中外製薬が19位)、中国企業はゼロだ。
世界の生命科学及び製薬企業の時価総額上位20社(2021年4月23日時点)
出所:Refinitive/FT
まとめると、米企業が世界の市場を支配しており、米企業以外の時価総額上位はほぼ全て米国の同盟国の企業が占める。
これは株式市場からみた分析なので、中国の国有企業や非上場の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)は含まない。
中国が主導的な地位にあると主張する分野もある。代表が高速鉄道だ。だがその技術は他国に由来する。鉄道などの分野での中国の成功は、むしろインフラ建設の速さとその規模だ。
世界の市場を支配してきた米企業に、もはや若い企業はないとの指摘もあるだろう。だが米テック大手各社は多く企業買収を重ねており、そのことが彼らの強さの一因となっている。
ベンチャー投資でも米は突出した存在
米国は新興企業への投資でも今も世界トップだ。調査会社ディールルームによると、2018年〜21年3月末の米ベンチャーキャピタルによる投資総額は4870億ドル(約53兆円)だ。同期間の中国、英国、インド、独、仏、カナダ、イスラエル、シンガポールのベンチャーキャピタルによる投資額は全て合わせても3790億ドルだ。国内総生産(GDP)比でみても、米国を上回るのはイスラエルとシンガポールだけだ。
各国のベンチャーキャピタルによる投資額(2018年〜21年3月末)
出所:Dealroom/FT
国のベンチャーキャピタルによる投資額のGDP比(2018年〜21年3月末)
出所:Dealroom, IMF/FT
国際的な特許申請件数は19年は、中国が1位で5万9045件、米国は5万7705件だった。だが上位10カ国の残りは全て米国の同盟国で、それらの件数と米国のを合計すると17万5000件近くになる。
大学も国力をみるには重要な存在だ。ある有名な世界ランキングでは上位10校のうち5校、上位20校の10校が米国の大学だ。中国の大学は1つしかない。
世界の大学ランキング上位20
出所:QS University Rankings/FT
米国の地位を脅かす要因は米国内に
中国政治に詳しいジャーナリストのリチャード・マグレガー氏の優れた著書「習近平 反動」(邦訳未刊)の中で同氏は、中国の中央政府による統制はますます強まっていると指摘する。そうした支配は、決して独創性を育むことはない。
というわけで米経済が弱体化しつつあるとの指摘に説得力はないし、同盟国と合わせて考えればなおさらだ。たとえ中国経済が近い将来、あらゆる尺度でみても世界トップになろうとも、最も生産性が高く革新的な国にはならない。それどころか中国経済が習氏の支配のせいでたとえ硬直化しなかったとしても、米国と同盟国の中国に対する優位は長く続くはずだ。
米国が世界的な役割を果たしていく上で最大の脅威となるのは中国ではなく、米国内における動きだ。民主主義、様々な人種を抱える多様性、国際的な同盟関係、科学、合理性などを軽んじる者を指導者に選ぶようだと、米国は確かに衰退するだろう。米共和党が前大統領との縁をいまだに切れずにいるのは、そうした可能性を高める。だがそれは、米国民が自分たちで共有できるよりよい将来像を描けなかったという自らが招いた結果ということになる。
そうなった場合、米国が破滅への道を歩んでいるという中国エリート層の見方は正しかった、となるかもしれない。だが、だからといって中国の方がましな方向に進んでいると彼らが考えたら、それは間違いだろう。14億人もの知的な人間をたった1人の人間が支配する一つの党の支配下に置くことが最良の道であるはずがない。
米国の強みの一つは、世界中から最も優れた才能を引き寄せてきたことだ。マイクロソフトとアルファベットを現在、経営しているのはインド生まれの男性2人だ。グーグルの共同創業者の1人はソ連からの移民だ。
今、米国で表面化している移民排斥の動きは、この強みを否定することを意味する。米国特有の様々な制度や価値観を共有する中で多様性も維持している点は、今後も米国のビジネス、文化、政治の面で引き続き重要な活力の源となるだろう。
中国が米国の4倍以上の人口を有する点だけをみても、米国が世界の覇権国であり続ける可能性は低い。だが米国が民主主義を掲げ、自由で開かれた国であり続ける限り、今後も世界で最も影響力を持つ国であり続ける可能性は高い。
米国をそうした方向とは逆方向に向かわせたいとする人々の方に進むことになれば衰退に向かうだろう。しかし、それは米国が自ら下す選択であって、運命づけられているものではない。