時論・創論・複眼

 

 

BTSやパラサイトが大ヒット 韓国エンタメなぜ強い

 

 

徐章豪氏/李香鎮氏/西森路代氏/若林秀樹氏

 

韓国発エンターテインメントの勢いが止まらない。音楽グループ「BTS(防弾少年団)」が2020年の世界音楽市場で首位を獲得。米アカデミー賞では昨年の「パラサイト」の作品賞に続き、今年は韓国人俳優が助演女優賞を受賞した。アジアで文化の先端といえば日本だったが、なぜ逆転したのか。

 

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海外展開へ協業と競争 CJエンターテインメント常務 徐章豪氏

 

ソ・ジャンホ ケーブルテレビ局で海外販売を担当。2010年からCJエンターテインメントでドラマ中心のコンテンツ販売を担う。

韓国の音楽や映画、ドラマが世界で健闘している大きな要因は自国市場の小ささにある。日本と比べてCDやDVDの市場は圧倒的に小さく、人口5200万人の内需を狙うだけでは高収益は望めない。制作側が望むクオリティーを実現しながら収益を確保するためには、海外展開が不可欠だった。

人気ドラマ「愛の不時着」を制作したスタジオドラゴンは2016年にCJエンターテインメントから独立した。ドラマ制作会社として世界に挑む狙いもあった。ここ数年でネットフリックスなどの動画配信が急速に普及し、ドラマの売り先は韓国内の放送局だけではなく世界に広がった。

韓国のドラマや映画の制作費は日本の2〜3倍の水準に上昇している。優良コンテンツの争奪戦が起きているためだ。優秀なクリエーターを集めて創作、拡販の好循環が生まれている。日本の映像制作会社も変化が必要だろう。

日本では、ソニーミュージックと韓国JYPエンターテインメントが手掛けた「NiziU(ニジュー)」が人気だ。背景の異なる企業が組むことで新たな価値を生み出せる好例だ。国境をまたいだ協業は他国で成功するために必要な要素を教えてくれる。

正直に話せば、映画「パラサイト」がアカデミー賞の作品賞に輝いた時は、私も仰天した。欧米市場で成功するには、言語や人種といった「見えない壁」を感じていた。それを打ち破ったのがパラサイトであり、男性グループ「BTS」だった。

BTSの成功の裏には厳しい育成システムがある。歌やダンスなどアピールポイントについて訓練を続け、競争を勝ち抜いてようやくデビューできる。その完成されたパフォーマンスに世界が熱狂する。SNS(交流サイト)での多言語発信も世界にファン層を広げられた要因だろう。

デジタル配信の発展で韓国のエンタメ業界は恩恵を受けた。急速な変化に対応しなければ淘汰されてしまうという危機感のもと、競争と協業を続けてきたことが成功の底流にある。

 

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優秀な人材、文化産業に 立教大教授 李香鎮氏

 

イ・ヒャンジン 専門は韓国、北朝鮮、日本を中心とするアジア映画とメディア文化。著書に「韓流の社会学」など。

韓国の文化産業はグローバル時代に適している。BTSはSNSを使って「アーミー」と呼ぶファンの大規模なコミュニティーをつくった。韓国は市場が小さいため海外進出に積極的という見方があるが、国境をたやすく越えるデジタル時代に国ごとに物事を考えるには無理がある。

メンバーの大部分は作詞と作曲に参加し、アーミーとのコミュニケーションを通して共感や普遍性を生み出す。K-POP、韓流ドラマ、映画のどれも重要な役割を担うのが、消費者やファンなど受け手だ。抗議などでドラマのストーリーが変わることもある。

韓国の音楽産業で働く8割弱が30代以下だ。今までできなかったことをやりたいという考えが強く、コンテンツが独創的だ。韓国の大学には芸術関連の学科が多い。優秀でクリエーティブな人材が文化産業に集まる。競争も激しく、新しいアーティストやプロダクションが次々とでてくる。

映画も単純な娯楽ではなく社会的なメッセージがある。米アカデミー賞を受賞した「パラサイト」は社会メッセージ、作品の完成度、娯楽の3つがうまく調和した作品だった。韓国映画が急成長したのは民主化世代が製作、投資、配給全般をリードしてから。1999年の「シュリ」以降、社会メッセージの強さが表現の自由を大切にする国内外の観客を楽しませている。

韓国政府の仕事はよい環境をつくることだ。韓国映像資料院が南米やアフリカなどの大学の図書館とかにDVDを無料で配布し、上映会を支援している。3年前にタンザニアを訪れた時に男性が「これも見た、あれも見た」と言っていたのには驚いた。英語だけでなくフランス語、スペイン語、中国語の字幕版もある。

韓国は昔から国際的な共同作業で映画をつくっている。俳優に日本人や米国人を使ったり、原作が海外小説や漫画だったり。いろんな国の人を合わせてみんなが楽しい映画にしようとする。エンタメ大手のCJエンターテインメントから始まり、2013年ごろからは中国やベトナムなどとの合作も活発になっている。

 

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批判が作り手育てる ライター 西森路代氏

 

にしもり・みちよ テレビ局勤務などを経てフリーでアジアのエンターテインメントについて執筆。ギャラクシー賞委員も務めた。

韓国のエンターテインメントといっても音楽、映画、ドラマ、文学などがあり海外での受け入れられ方もそれぞれ違う。共通するのは、社会をきちんと見つめて生きていこうと伝わってくる点だろうか。今が一番熟している印象を受ける。

「K-POPがアジアを制覇する」(原書房)という本を10年前に執筆したが、今は予想を超え、さまざまなジャンルが世界で成功を収めている。韓国は成長に向かって真っすぐな半面、政権や財閥の腐敗、競争社会などネガティブな面もある。そうした面からも目を背けずに描いた姿勢が実を結んだといえる。

韓国は良い意味でも悪い意味でも厳しい国だ。作り手と受け手の関係にも緊張感がある。作品は独立した存在とみなし、批判すべき点は批判する。こうした環境から「正しさ」と「面白さ」を両立させた映画が生まれた。アイドルも、女性蔑視などの発言をすれば問題だとファンが指摘する。

一方、ポジティブに受け止めたい人が多い日本ではファンが好きなアーティストを受け入れようという傾向が強く、映画では「作品は監督のもの」という人も多い。しかし行き過ぎると自由な批判や解釈を許さない空気にもつながる。

その結果、日本では(映画などが)国内独自の文化へと発展し、ヒットする作品と海外で評価される作品が、かけ離れてしまったようにも思える。ちなみに韓国では、海外での評価と国内での評価はそこまでかけ離れていない。

近年、韓国エンタメにも変化が見える。今年出版した「韓国映画・ドラマ わたしたちのおしゃべりの記録」(駒草出版、共著)で社会学者のハン・トンヒョン氏と指摘したが、個人的なところから課題を見つめる作品が増えてきた。行き過ぎた競争社会から降りようという小説やエッセーも読まれている。BTSの音楽も自分を肯定するメッセージが共感を呼んだ。

個人的なことを見つめるドラマなどは日本でも長年作られてきた。是枝裕和監督は韓国で映画製作を始めた。作り手とファンの両方が、日韓で影響を与え合っているようにみえる。

 

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日本に勝る企業の情報感度 東京理科大大学院教授 若林秀樹氏

 

わかばやし・ひでき 野村総合研究所、外資系証券などを経て現職。電機産業アナリスト。イノベーションや企業文化論にも詳しい。

エンターテインメントに詳しくない私でも、世界で活躍する芸能人やスポーツ選手の多さは知っている。アナリストとして私の専門である電機業界のあり方に照らしあわせると、いくつかの要因が考えられる。

韓国のサムスン電子には日本企業にはない特徴が2つある。第1は特殊な長期休暇制度で、世界の好きな都市に行って報告書を出す。各国で人脈を持つ社員が育ち、現地進出で強みになる。一人ひとりの語学力も一般に日本人より高い。

第2はデザイン経営でデザイナーが役員にもなる。横並びの日本製品に比べ多様性に富み、世界市場では強みになる。韓国といえば学歴社会の印象があるが、実は入社試験や昇進では才能や個性を評価し数学や芸術など一芸でも合格させる。弱みであるソフト面を米国式の個性重視で補った。この姿勢は今では韓国全体に広がった。エンタメはまさに個性や能力で勝負する分野だ。

優秀な人材の生かし方も違う。新技術開発なら日本は国が中心となり業界が共同で取り組む。優秀な学生の就職先もばらけている。韓国ではトップ企業にエリートが集まり、2位以下を先導する。1人の天才が全員を食べさせる発想で、これもエンタメ向きだ。

また韓国企業は買い替えサイクルが3〜5年と短く、市場が1億台を超す規模の商品が得意だ。今ならテレビやスマートフォン。一方、日本企業は買い替えサイクルが7〜8年、市場規模が数千万台までが強い。経営者の決断の速度、国内市場の差が生む輸出への本気度などが背景にある。エンタメもサイクルが短くネットの登場で市場は拡大し、韓国向きになった。

情報への感度の高さも特徴だ。調査力も高く、日本企業の分析も韓国の研究所の方が鋭いと感じる。情報の重要性や意味をすぐに理解する。米国の企業人に近い。エンタメ業界では、この資質は強みになっているのではないか。

日本が世界でナンバーワンの頃、日本の電機産業などの経営者は世界の動向を自分の目で見て理解していた。今はそうではなくなっている。

 

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〈アンカー〉作り方から改革 個性重視が奏功

アジア通貨危機の翌年である1998年、韓国はカッコ良さで勝負する「クールコリア」戦略を開始した。日本の関連業界は正直なところ、ほほ笑ましく見ていた。人気アイドルやキャラクターを育てるには国内に厚い若者市場が必要だ。アジアのトップランナーは当面、日本だろう――。

韓国は最初から世界市場を狙う作戦に出た。南北分断や経済格差をあえて描く映画で本気度を示した。言語などを問わないダンスを磨いたグループはネット動画で世界で名声を獲得した。政府の教育機関整備、大手製造業が先導した個性・能力重視の人事政策、相互批判を良しとする社会風土もソフト人材を鍛えた。

クールジャパン戦略は「日本は素晴らしい物に満ちている」ことを前提に、売り方を論じ補助金などをつぎ込む。作り方から築き直した韓国と差が開くのも無理はない。

 

 

 

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