憲法記念日特集

 

私の考える憲法 有識者に聞く

 

 

 

辻村みよ子・東北大名誉教授「国会オンライン化は可能」

 

――新型コロナウイルスの感染拡大を受け、憲法に緊急事態条項を設けて内閣に権限を集中できるようにすべきだとの意見があります。

「現に自衛隊法や武力攻撃事態対処法で、緊急事態での私権制限を認めている。改憲を唱える人も、憲法と整合性をとれば改正しなくても私権制限が可能だと考えてきたのではないか」

 

つじむら・みよこ 一橋大博士(法学)。専門は憲法、ジェンダー法。著書に「比較のなかの改憲論」「ポジティヴ・アクション」など。東京都出身。

「憲法は12条で自由や権利について、国民は『常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負う』と定める。居住や移転、職業選択の自由、財産権も公共の福祉による制約を認めている。ただし私権制限は必要最小限でなければならない」

「現在の新型コロナ対策にはジェンダーの視点が欠けているとの批判もある。非正規やDV、自殺の増加などへの緊急対応を望みたい」

――国会のオンライン化は憲法上認められますか。

「緊急事態下で国会審議をまるごと省こうとするのではなく緊急時でも国会を開けるような制度づくりをめざすべきだ。災害やテロが発生しても議員がオンラインで出席できれば立法府が機能する」

「個人認証など技術的な課題はあるものの、オンライン化は憲法を変えなくても国会法の改正で実現できる。憲法は統治機構の運用について細かく規定していない。法整備による改革の余地は大きい」

――同性婚は現行憲法上、認められますか。

「『憲法のせいで実現できない』との理解が一部にある点で、同性婚も緊急事態条項の話と似ている。24条1項に『婚姻は両性の合意のみに基づいて成立し』とあるので、同性婚を認めるには憲法改正が必要と考えるのだろう」

「憲法制定時に同性婚が念頭になかったのは事実だとしても、規定は『合意のみに基づく』という点に主眼がある。婚姻は当人の合意があればよく、親などの承諾はいらないという意味だ。『両性』は男女の夫妻に限らないというのが今では多数説となっている。憲法改正は必要ない。民法改正の議論を期待する」

――選択的夫婦別姓の憲法上の位置づけは。

「憲法13条や24条の個人の尊重の観点からしても早期の実現が必要だ」

 

 

益尾知佐子・九大准教授「緊急事態条項は整備すべき」

 

――日本の安全保障環境をどうみますか。

「バイデン米大統領が初めて迎え入れた外国のトップが菅義偉首相だった。その意味を考えなくてはいけない。米国は日本が中国への防波堤の最前線にいると評価している」

 

ますお・ちさこ 東大博士(学術)。専門は中国をめぐる国際関係、政治外交。著書に「中国の行動原理」など。福岡県出身。

「冷戦期は日本が最前線の少し後ろにいたからこそ平和憲法を維持できた。中国の台頭で国際情勢が変わってきたのに憲法を変えられない。日本が享受してきた自由で平和な安定した地域秩序が大きく揺らいでいる。まだ国民は防衛コストを背負う覚悟ができていない」

――台湾有事の可能性も取り沙汰されます。

「台湾海峡で紛争となれば日本経済への悪影響は新型コロナウイルスの比ではない。日本が何もしないのもありえない」

「昔の中国なら複数の地域で敵を抱えることがないよう一つにしぼっていた。最近は主権問題で一寸たりとも譲らないと言い立て、中国が自国の領域とみなす周辺地域全体を統治に組み込もうとしている。台湾と同時に南シナ海や尖閣諸島も侵攻の対象になりかねない」

――平和憲法の象徴は9条です。

「9条には問題がある。『自衛のための必要最小限の実力』で自衛はできない。何か有事が発生した際、解釈に解釈を積み重ねてようやく行動を取れるような態勢自体がふさわしくない。私たちは最前線にいる」

「憲法改正が望ましいにしても、現憲法の制約はもうしばらく変わりそうにない。もし現時点で日本国憲法の制約がなかったとしても、極めて高度な政治判断を要する事態が近い将来、生じうる」

「自国の領土である尖閣諸島にも、自衛隊がまともに出て行かないのがいまの日本だ。それなのに隣の台湾に自衛隊を派遣しようとするはずがない。平和はタダではない。平和を守るにはどの程度までコストを負担できるかの議論を深めないといけない」

――有事に備えた憲法の緊急事態条項の必要性は。

「条項が全くないほうが不自然だ。必要なときに国が動ける形を取っていかないといけない」

 

 

室橋祐貴・日本若者協議会代表理事「日本も国民投票の経験を」

 

――30歳代以下の憲法観をどうみますか。

「世論調査などからうかがえるのは『何となく』改正を支持する層の存在だ。『戦後1回も変わっていないので、どこか変える余地があるのでは』との発想が根底にある」

 

むろはし・ゆうき 慶大政策・メディア研究科修士課程に在学中。若者の声を政策に反映させる活動を続ける。神奈川県出身。

「問題は何が憲法のテーマなのかを若い人が知らないところにある。これまで憲法論議といえば9条について改憲派と護憲派がイデオロギー対立を繰り広げるのがお決まりだった。賛成と反対の二項対立が前提で、学校教育でも政治的すぎて扱いにくい」

「若い人の関心が高いのが同性婚を巡るテーマだ。国会で審議中のデジタル改革関連法案にも若い世代の注目が集まっている。デジタル社会と憲法の関係について議論を深めてほしい」

――憲法をどう身近に感じたらよいでしょうか。

「生徒を過剰に抑圧する『ブラック校則』をこれまで批判してきた。守られるべき子供の権利に関し、教師も生徒も、憲法や法律への意識が弱い。憲法を順守しなくても問題にならない社会は、やがて何でも国家が統制する世界を招きかねない」

「ルールは上からの押しつけではなく、自分たちでつくるものだ。日本に必要なのは憲法改正そのものより、改正を問う国民投票の経験だと思う。国民全体が時間をかけ、一つのテーマを議論する共通体験をつくりたい」

――最初の国民投票は何から始めたらよいでしょう。

「9条や同性婚といったテーマは価値観の対立が露呈してしまう。憲法裁判所の設置やプライバシー権、環境権などはイデオロギー色が薄く、教育現場にもなじみやすい。幅広い議論を巻き起こせる」

――主権者教育をどのように支援すべきですか。

「学校の教師は政治性を嫌がり、憲法に関する教材も自ら用意するのをためらいがちだ。若者団体が独自に作成して学校に配布する例も多いものの限界がある」

「ドイツ政府の政治教育センターのように、中立性を厳格に守ったうえで学校の政治教育を促す機関が日本にもいる。スウェーデンは民主主義を支える若者団体に国として活動資金を援助しており、参考になる」

 

 

LIFECREATE社長・前川彩香氏「女性が選べる社会つくる」

 

――3月8日の国際女性デーに合わせ「私たちは、選択的夫婦別姓に賛成します。」との企業広告を出しました。

「女性が自分で選べる社会をつくりたい。結婚したら名字をどうするかを当人が議論できる社会にしたい。選択的夫婦別姓が認められる社会は夫婦が議論できる社会だ。『子供を産んだら奥さんの仕事はどうする』とか『子育ては妻が引き受ける』といった世界もなくなる」

 

まえかわ・あやか 2008年に女性向けフィットネスクラブを運営するLIFE CREATEを設立。全国75店舗を展開。北海道出身。

「私自身、出産後は周りから『前川さんの奥さん』『○○ちゃんのお母さん』と言われ、誰も私の名前を呼ばなくなった。精神的にまいった」

――憲法22条は「何人も職業選択の自由を有する」と記します。女性のライフスタイルに生かされていますか。

「日本は今も『嫁ぐ』『家に入る』という観念が強く、結婚した女性は家庭を支える役割を強いられやすい。私が結婚した当時は、共働き家庭も少なく、結婚後に職業をどうするのかを考える意識も低かった。前の夫も、専業主婦を希望していたこともあり、私自身も結婚後は専業主婦を経て、起業した」

「私が私の人生を生きている姿を見せ、娘にもそういう人生を歩んでほしい。離婚しても旧姓に戻さなかったのは、娘を考えてのことだった。弁護士の助言を受けて『前川』という戸籍を新たにつくる方法を選んだ」

――日本は政治家も企業経営者も男性が多いです。

「国を変えていくのは政治ではなく人だと思う。多くの人の意識を変えることが国を変えていくことにつながる。たくさんの女性が集まって成果を出せると示したい。私たちの事業成長によって男性社会に変化をもたらしたい」

――若い人にとって憲法は身近でしょうか。

「自分の生活を憲法の内容と結びつけることが難しく、『自分ゴト化』できていないのではないだろうか。会社を経営していると、憲法はコンプライアンス上も順守しないといけないものになる」

「起業するとなればおのずから世の中のルールに関心を持つようになる。自分から調べて理解する行動につながる。若者がビジョンを持ち、能動的に動くようになれば身近なものになっていく」

 

 

 

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