チャートで読む政治 憲法記念日特集

 

憲法のかたち、世界と比較

 

 

日本は非改正の「最高齢」 

 

日本国憲法は3日で施行から74年を迎えた。改憲の機運は浮き沈みを繰り返し、国会の発議に至ったことは一度もない。チャートに着目するとこの国の憲法の特徴が浮かび上がる。(溝呂木拓也)

 

日本国憲法の原本(国立公文書館蔵)=共同

 

〈74歳〉日本、改正ゼロの憲法では「最高齢」

 

改正実績のない憲法を集めて、その年数を比べてみた。1947年に施行し一度も改正してない日本は「74歳」で、現存する憲法としては最も長寿だ。

過去には1848年に制定された旧イタリア王国憲法が100年近く存続した。そもそも改正を定めた条項がなく、ムッソリーニの独裁政権により憲法の機能も有名無実となった。

 

大半の国は一般の法律より憲法改正のほうが手続きのハードルが高い。法律と同じ要件で改正できる「軟性憲法」は英国やニュージーランド、イスラエルなどに限られる。あとは法律より改正が難しい「硬性憲法」だ。

日本は衆参両院の総議員の3分の2以上の賛成で発議し、国民投票で白票・無効票を除く有効投票総数の過半数が賛成すれば改憲が実現する。

議会で3分の2以上の賛成が必要な国は他にも米国、ドイツ、中国、韓国、インドなど多数ある。日本だけが特別に厳格なわけではない。ドイツの憲法(基本法)は1949年の制定以降、60回超も改正している。

フィリピンは議会の発議に「4分の3」の賛成がいるのに加え、国民投票による過半数の承認が必要となる。87年の制定以来、改正事例もない。

デンマークは改正要件がより複雑だ。発議した後に総選挙を実施し、その後の議会で再議決して初めて国民投票にかけられる。53年を最後に憲法改正は実施されていない。

 

 

〈37%と65%〉条文は統治より人権に比重

 

憲法は大きく司法・立法・行政のしくみや関係を定めた「統治機構」と、国民の権利を定めた「人権」の2つのカテゴリーに分かれる。日本は統治機構に関する条文が少なく、人権の条文が相対的に多いのが特徴といえる。

ケネス・盛・マッケルウェイン東大教授が作成した指数を基に、各国の特徴を分布図で示した。統治機構は30、人権は26の代表的な項目を設定し、各国が憲法でどれだけ触れているかを調べた。

 

日本の憲法は統治機構に関し「議員の免責(不逮捕)特権」「地方自治体の存在」など11項目を明記する。「クオータ制(女性などへの議席割り当て)」「非常事態の措置」など19項目は規定がない。統治機構のカバー率は37%という計算になる。

人権は「検閲の制限」「組合・団結の自由」「政教分離」など17項目を満たす。「プライバシー権」「環境権」など9項目がない。人権のカバー率は65%だ。

1947年施行の憲法は「健康で文化的な最低限度の生活」を定める生存権や男女平等、労働者の団結権を入れた。当時は海外でも明記する例が珍しかった。

統治機構の分量は少ない。議院内閣制のため国民が行政府の長を選ぶ選挙制度がない。地方の権限の条項もわずかだ。

マッケルウェイン氏は「国家が国民福祉を保障するなどの『社会権』を充実させると必然的に国家権力が増大する」と指摘する。独裁体制を防ぐため「憲法で統治機構の条項も増やして国家権力を縛ろうとするのが世界の一般的な潮流だ」と解説する。

各国の人権に関するカバー率は88%のペルー、87%のブラジルなど、日本よりも多くの規定を設けている国も多い。

 

 

〈4998語〉英訳語数は下から5番目の少なさ

 

日本国憲法は世界各国の憲法と比べて分量が少ない。

米国の法学者や政治学者らの研究グループ「比較憲法プロジェクト」のデータベースで調べた。日本は英訳したときの語数が4998語と少ないほうから5番目となる。

最少は3814語のモナコで、アイスランド、ラオス、ラトビアといった小規模国家が続く。日本はそれに次ぐ少なさだ。

対照的に突出して多いのは14万6千語のインドだ。

 

政教分離主義をとる同国は国教を定めていない。それでも酒類の消費や家畜の処分などを憲法で規制しており、ヒンドゥー教の影響の強さがうかがえる。インド憲法は1950年に施行した後、現在まで100回超も改正している。分量もこの70年あまりで2倍に増えた。

インドやブラジル、ドイツなどの連邦国家は語数が多くなる。関西大の浅野宜之教授は「特にインドは各州の議会や司法制度のしくみも憲法で定めるため分量が多くなる」と解説する。

世界の憲法を見渡すと、制定時期が最近の国ほど分量が多くなる傾向にある。人権や統治機構の基本条項に加え、自国の歴史や文化といった記述も目立つ。ケニアは国旗のデザインや国歌の歌詞も憲法で定める。

議院内閣制より大統領制の国のほうが憲法典が長くなりやすいのも特徴といえる。大統領制は議会と大統領で別々の選挙制度が必要となり、その分だけ憲法での規定も増える。

日本の憲法は短い割に「法律でこれを定める」や「法律の定めるところにより」というくだりが25カ所ある。

例えば10条の「日本国民たる要件は、法律でこれを定める」や、4条2項の「天皇は、法律の定めるところにより、その国事に関する行為を委任することができる」などだ。

施行から74年を経ても憲法を改正せずに対応できたのは、法律に委ねる余地が大きかったのが要因といえる。

 

 

〈10件〉違憲判決は米国の1割以下

 

司法は法律や条例が憲法に基づいているかチェックする役割がある。日本の最高裁判所が法令の違憲判決を出した例は10件。米国に比べると1割以下と少ない。

司法の違憲立法審査には大きく2種類ある。

一つはドイツのように、具体的な事件の訴訟がなくても純粋に法律が合憲かを問える「抽象的違憲審査」だ。同国は一般の裁判所とは別に憲法裁判所がある。

もう一つは日本や米国をはじめ具体的な訴訟を通じて合憲性を判断する「付随的違憲審査」だ。日米とも一般の裁判所が審査する。

 

日本は終審となる最高裁が「憲法の番人」と呼ばれる。法律に違憲判決を下した直近の例は2015年で、女性の再婚禁止期間が100日を超えるのは「法の下の平等」を定める憲法14条などに違反すると判決した。

米国は日本と同様「付随的違憲審査」だが、国の法律を違憲とした最高裁判決は1952年から2019年の間で118件と多い。

立命館大の市川正人教授は「米国は裁判所が法をつくるとの意識が強い」と指摘する。「新興国ゆえ文化の共通性に乏しく、法で国をまとめなければならなかった」と解説する。

日本は成立する法案の多くが内閣による提出で、内閣法制局が憲法との整合性を国会提出の前に審査する。横浜国立大の君塚正臣教授は「内閣法制局はあくまでも官僚組織で民主的正当性はないものの、違憲な立法を抑えるのに寄与してきた」と語る。

法律の制定時は問題がなくても、時代を経るにつれて違憲とされる場合もある。札幌地裁は3月、同性婚を認めない民法などは憲法14条の「法の下の平等」に反するとして違憲判断を出した。

 

 

 

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