コロナ医療の病巣 機能不全の実相(上)
空き病床37万でも逼迫
「なんちゃって急性期」増殖
「病床不足」が3度目の緊急事態宣言につながった(4月、大阪大病院)
感染者数は欧米より桁違いに少なく、病床数も世界有数の多さを誇る日本が、またも緊急事態宣言に追い込まれた。「病床逼迫」の裏で何が起きているのか。
現在と同様に感染者が急増した昨年末、実は全国の一般病床と感染症病床を合わせた約88万9千床のうち約37万2千床(42%)は空いていた。コロナ禍のまっただ中なのに、2019年末より約3万床増え、病床使用率はむしろ低下していた。
年末年始は病院職員が休みを取り、人員が手薄になる。都内のある病院幹部は「自宅療養が可能な患者は退院させる。年間で最も空き病床が多くなる」と明かす。
当時、健康観察や治療が必要な感染者は約4万人。それを大きく上回る病床が使われないまま、年明けには2度目の緊急事態宣言に発展した。「ベッドが足りない」と悲鳴があがる一方で、大量の空き病床が発生する矛盾は、日本医療の機能不全を象徴する。
「空き病床が増えたのに、新型コロナ病床への受け入れが十分でなかった」。社会保障の将来像を議論した4月15日の財政制度等審議会の分科会でも非効率な病床運用が疑問視された。
分科会資料には「いわゆる『なんちゃって急性期』の病床のあり方を見直す必要」との記載もあった。
お堅い霞が関の資料にそぐわない記述は、救急患者や手術が必要な患者など高度で緊急性の高い医療を担う「急性期病床」を名乗りながら、実態は十分な診療体制を整えていない病院を問題視したものだ。これまで急性期向けの高い医療費を受け取りながら、コロナ患者などを積極的に受け入れない病院の存在が逼迫の温床になっている。
なぜこんな病床があるのか。全国約4分の1の病院が加入する日本病院会の相沢孝夫会長は「日本では、急変時などに対応する急性期病床だけではなく、回復期や高齢者向けの療養病床を併せ持つケアミックス(混合型)病院が多い」と指摘する。急性期と慢性期の両機能があり、転院なしで治療できる半面、急性期の対応力は劣る。
こうした病院は看護師1人が10人以上の患者を診る病床が多い。ハイリスクの高齢患者が多く、院内感染を恐れる意識も強い。
相沢会長は「コロナ患者を受け入れられるのは看護師1人に対して7人という手厚い病床。本当の急性期に使える病床は少ない」と話す。「7対1」病床は約34万床あるが、病院間の役割分担や連携が不十分で運用が非効率だ。通常医療に必要な病床もあり、コロナ用は約3万床から大幅な上積みはできずにいる。
国は都道府県に地域医療構想を策定させ、病床の整理再編を促していた。その矢先にコロナ禍に見舞われ、議論は止まったままだ。
有効活用できないのは人材も同様だ。20年の入院患者数は前年より1割強減った。コロナ禍で手術を先送りしたり、急な治療を要しない患者が入院しなかったりしたためだ。都内のある大規模病院の院長は「感染症対応の医師や看護師らが疲弊する一方、入院が減った診療科は時間的余裕ができている」と明かす。
手の空いた医師らに手伝ってもらうこともできていない。院長は感染症が専門で現場を支えるが「専門外の医師を感染症対応に回すように強制できない」と頭を悩ます。
海外では専門外の医師も感染症専門医の指導のもと、軽症患者らを診る国もある。日本では臓器ごとに細分化された大学医局が専門医を育て、感染症を含めた幅広い分野を診る総合診療医の育成が遅れた。専門分野しか診察しない「縦割り」意識がある。
医師法は医師個人に「応召義務」を課し、求めがあれば診察しなければならない。ただ医療機関は対象外だ。厚生労働省は通知で医師の専門性や設備などから「事実上診療が不可能といえる場合、診療しないことが正当化される」と診療拒否を容認する。
診療報酬が高い急性期病床でも受け入れ義務はない。救急患者の搬送先が見つからない「たらい回し」と同じ現象が、コロナで頻発している。
中小病院が多く、医療スタッフが分散する日本。危機を乗り切るには公立病院や大病院に医療資源を集中すべきだった。だが今も「薄く広く」の非効率な運用が続く。医療の無駄を放置し改革を先送りした代償を、いま払っている。
コロナ医療の病巣 機能不全の実相(下)
「患者より経営」の民間病院 転換促すのは政府
北大阪ほうせんか病院はコロナ病床確保へ既存の患者100人以上を転院させた=同院提供
2月下旬、大阪府茨木市の民間病院、北大阪ほうせんか病院は新型コロナウイルス患者の受け入れを始めた。280床のうち急性期一般病棟(145床)を改修し、中等症と軽症患者向けに48床確保した。
コロナ専門となった大阪市立十三市民病院を訪ね、感染リスクがある場所と安全な場所を分ける「ゾーニング」などのノウハウを学んだ。10日間で既存の入院患者100人以上の転院手続きを終え、看護師30人以上を採用。4月から5人程度の重症者も受け入れた。
医療設備の導入などでかかった約3億円を補助金で回収できるのか現時点では分からない。それでも病院を経営する法人の樋口昌克副理事長は「地域医療を守らなければと強く思った」と受け入れに踏み切った。
コロナ対応を拒む民間病院は「施設の構造上、ゾーニングができない」ことを理由にあげることが目立つ。だが知恵を絞って突破した医療機関もある。
宇都宮市。300平方メートルほどの土地にプレハブがずらりと並ぶ。インターパーク倉持呼吸器内科が3月中旬に稼働させたコロナ病床だ。約1億円をかけ、軽症・中等症向けの個室10棟とナーステーション、当直室など関連9棟をつくった。
個室はシャワーやトイレ、酸素設備を備え、医師は小窓を使って屋外から診察できる。駐車場として借りていた土地を使い、既存の診療所と建物を完全に分け、院内感染を防ぐ。
日本の病院経営は脆弱だ。小規模病院が林立し、医療従事者が分散する。治療も経営も諸外国に比べて効率が悪く余力がない。病床の8〜9割を入院患者で埋めてようやく利益が出る経営体質で、コロナ前でも全体の35%は赤字だった。
小規模・分散型で足腰の弱い医療体制に原因があるが、多くの病院がコロナ病床確保を見送る現状を許していたら、日本はパンデミック(感染大流行)を乗り越えられない。
コロナ対応で経営が悪化する現状は問題が多い。何倍も手厚い看護師が必要で、数床分の確保のために1病棟をつぶすこともある。感染を恐れる職員の離職、一般患者に敬遠される風評被害といったリスクも抱えこみ、経営は不安定になる。東京都内の総合病院(約120床)の院長は「クラスターが起きれば経営が成り立たない」と話す。
政府の資金支援も空回りしている。1床当たり最大1950万円支払う補助金に約2700億円を用意したが、申請は3月下旬時点で1600億円弱にとどまる。設備投資や看護師採用など準備段階でお金が必要だが、補助金は実際に病床を確保できてから支払われる。補助の確証がないまま投資を余儀なくされる。
経営不安を払拭する手立てを講じつつ、強力に病院の背中を押す仕組みが要る。焦点は非常時に民間病院の「経営の自由」をどこまで認めるべきか、だ。
医師育成に公費が投じられ、診療報酬は国民が払った保険料と税金が原資だ。緊急時の医療に協力する責務を負うはずだ。英国などは緊急時に医療機関や医療従事者を動員する仕組みがある。協力する医療機関との不公平感を解消するためにも政府は早急に検討し、背中を押す時だ。
人口あたりの急性期病床数は先進国で最多なのに、病床確保もままならない。飲食店などが感染防止の最前線に立つのに、公金で支えられた病院がコロナとの闘いから逃げる。この機能不全を直視しなければ危機の打開は難しい。