終わった人? そんな人はいないと肝に銘じて

 

池尻和生

 

 

与党キャップ、チーム取材のこぼれ話をお届けします

 皆さん、こんにちは。政治部で与党取材のキャップをしている池尻和生と申します。与党、つまり自民党と公明党が担当です。

 メンバーは私とサブキャップ、そして自民担当6人、公明担当1人の計9人。目下、最大の関心事は、10月の衆院議員の任期満了を控え、いつ衆院が解散されるのか。そして、9月に菅義偉首相が自民党総裁の任期満了を迎える総裁選の行方です。記事を作成する過程では、それぞれの記者が取材で得た情報を精査し、会議などで意見をぶつけ合います。

 2月のチームの会議では、私にとって印象的な場面がありました。

 話題が、ポスト菅の有力候補に及んだ時のこと。自民担当の1人の記者が、閣僚経験のある有力議員の説明をしていました。ただ、この議員は最近、メディアへの露出が少なくなり、国民的な支持も広がっているとは言えない状況です。すぐに別の記者から、「その人は今後の展望があるのだろうか」「政界では終わった人のように見られている」との声があがりました。

 説明をしていた記者は少しばつが悪そうな表情を浮かべましたが、政治取材の経験が豊富なデスクが指摘しました。「政治取材で決めつけはよくない。『終わった』かどうかなんて、今後の政治の行方次第でわからないよ」

 懸命に取材していると、つい取材先の一部の意見に記者の判断が流されることがあります。この日の会議では、改めて予断を排して取材に臨むことを確認しました。

 

「党首は安倍さんに…」耳疑ったあの日

 1978年の総裁選で敗れ「天の声にも変な声がある」と名文句を残した福田赳夫氏、「自民党をぶっ壊す」と叫んで雪崩現象で総裁選を制した小泉純一郎氏……。永田町では、権力の座をめぐって様々なドラマが繰り広げられてきました。

 デスクの言葉が心に響いたのは、私自身も一度、思いも寄らない政治の流転を目の当たりにした経験があるからです。

 それは2012年の夏。私は大阪の社会部で元大阪府知事の橋下徹氏の「番記者」をしていました。その前年、橋下氏は現「日本維新の会」代表の松井一郎氏とともに府知事・大阪市長の「ダブル選」を制し、その勢いを駆って国政政党の設立に向け動いていました。大阪では自民と激しく対立し、当時の民主党政権にも問題提起を繰り返す。国政で橋下氏をコントロールできる人はいないように見えていました。

 新党結成の動きを探っていた時、橋下氏の側近から聞いた言葉に耳を疑いました。「新党の党首は安倍晋三さんにしたい。保守を結集するドリームチームや」

 この年の2月、安倍、松井両氏は、政治主導の教育改革をめざす集会で対談して意気投合。それも踏まえ、側近は「安倍さんはミスター保守。我々のトップにふさわしい」と語りました。

 ただ、安倍氏は07年に体調不良などから首相を突然辞任し、「政権投げ出し」の批判を浴びました。その印象があまりに強く、橋下氏が白羽の矢を立てるのは正直、信じられませんでした。半信半疑で上司の一人にこの話を報告したら、こう諭されました。「あのね、安倍さんは首相を辞めたんだから。もう終わっているんだよ」

 それでも取材は続けました。自民は当時野党だったので、政治部の野党担当記者とも情報交換を重ねました。すると、どうも本当らしい。既にその年の4月の時点で、松井氏らが安倍氏に会い、党首就任を打診していたこともわかってきました。政治部との連携で、12年8月15日の朝刊1面と2面で「第3極へ保守結集狙う 維新、安倍元首相に秋波」などとする記事を掲載し、党首打診の詳細な内幕も伝えました。

 掲載したその日、靖国神社に参拝した安倍氏は記者団に「維新は、日本を変えるパワーを持っている」などと発言。党首打診は断ったものの、橋下氏との連携は大きな注目を集めました。そしてこれをきっかけに、安倍氏が自民党総裁に返り咲く道筋が浮かび上がったのです。総裁選で勝利する安倍氏の様子を大阪でテレビで見ていた私は、政治の急激な流れにただただ驚いていました。

 

主要派閥は菅氏支持 でも一寸先は闇

 いま、菅政権はコロナ禍で難しい政権運営を迫られています。

 昨年9月の政権発足時には65%を誇った内閣支持率は、コロナ対応で「後手後手」などと批判され、1月には半分近くの33%まで下落しました。菅氏は事実上初の無派閥出身の首相です。派閥の組織的な支援を得られるかは常に不安定で、党内基盤が弱いのが実情です。

 最大派閥の細田派に影響力のある安倍氏や、第2派閥の麻生派を率いる麻生太郎副総理兼財務相はいまも菅氏を支える構えだとされています。昨年の総裁選で菅首相の誕生を主導した二階俊博幹事長も首相を支援する考えは変わっていません。

 しかし「一寸先は闇」の永田町。世論の流れや、派閥の論理によって、党内の支持構造が一変するかもしれません。いまは世間の注目を集めていない人が突然、表舞台に出てくる可能性はあるのです。

 菅首相の総裁任期が切れるまで残り半年あまり。「終わった人はいない」。その言葉も肝に銘じながら、さらに激しくなるであろう政治の動向を伝えていきたいと思っています。

 

 

 

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