バイデン政権100日の静かなる革命

 

 米政治、劇場型から実務重視に

 

By Edward Luce

 

バイデン米大統領は「就任100日で新型コロナウイルスワクチンの1億回分の接種を実現する」という公約を就任からおよそ50日で果たした。種明かしをすれば「小さい約束をして大きい結果を出す」という政界では古くからある単純な手法を使っただけだ。だが、その逆ばかりをやってきたトランプ前大統領の4年間を経験した後では、不思議と新鮮に感じられる。

 

地味なスタイルも順調な滑り出しの要因になっている(18日、ホワイトハウスで新型コロナウイルスのワクチン接種について話すバイデン氏)=AP

 

無視できない運の良さ

バイデン政権が推進した1.9兆ドル(約200兆円)規模の追加経済対策についても同じことがいえる。トランプ氏は米国の中産階級に給付金を出したことを再三にわたって豪語していたが、バイデン氏は1つの法案で追加の給付金の支給を実現してみせた。米国は政治が娯楽産業の一部門と化していた時代の終わりを望めるようになったのだろうか。

そのバイデン政権も、今後はどこでしくじるかわからないし、実際に何の問題も生じないわけがない。現に米国南部国境では不法越境者の急増という問題が浮上している。だが、バイデン氏には3つの強みがある。そのうち最も重要なのは(フランス皇帝の)ナポレオン・ボナパルトが配下の将軍たちに求めた資質である「運の良さ」だ。

新しい職に就くとき、そこで成功する最大の秘訣は仕事のできなかった前職の後釜になることだ。新型コロナのパンデミック(世界的大流行)への対応にしても、バイデン氏は米国内で事態収束の機が熟したタイミングで引き継いだ。

トランプ氏の大統領としての成果で最も効果的だったのは、多額の資金をつぎ込んでワクチン開発計画「ワープスピード作戦」を推進したことだ。バイデン氏は米国のワクチン接種がちょうど始まり、感染拡大が峠を越えつつあるタイミングで大統領に就任した。これによってバイデン氏は、公共サービスの底力を国民に示す100年に1度のチャンスを与えられた。米国での感染状況が夏までに落ち着いて好景気が到来すれば、バイデン氏はそれを踏み台にして従来では考えられなかった様々な政策を実行に移すことができるだろう。

 

公職経験の長さもプラスに

バイデン氏の第2の強みは経験だ。クリントン元大統領の選挙参謀を務めたジェームズ・カービル氏は「私はゴルフを練習すればするほど運が良くなる」という言葉を好んで口にした。近年の米大統領の中で、公職在任期間の長さでバイデン氏と肩を並べられるのはブッシュ元大統領(第41代)ぐらいだ。

だが、ブッシュ氏も、ニクソン元大統領やリンドン・ジョンソン元大統領にしても上院議員と副大統領の在任期間を合わせて44年というバイデン氏の経歴には及ばない。米政界では、首都ワシントンでの経験は世論から大きなマイナス要素として評価されるとの法則がある。このためバイデン氏は大統領選の選挙運動中、自らの華麗な経歴についてほとんど語らなかった。

だが、実務では経験が大きくものをいう。上下両院のキーパーソンと旧知の仲であれば、議会工作は格段にやりやすくなる。経験の豊かさではバイデン氏を支える政権幹部たちも引けを取らない。イエレン財務長官は、クリントン政権の大統領経済諮問委員会(CEA)の委員長や米連邦準備理事会(FRB)議長を歴任しており、財務長官としての資格を最も備えた人物と言ってほぼ間違いない。クレイン大統領首席補佐官は、副大統領時代のバイデン氏とゴア元副大統領の首席補佐官を歴任し、2014〜15年にはエボラ出血熱への対応を指揮した。

米国の歴史には、新しい大統領が地元から側近集団を引き連れて意気揚々とワシントンに乗り込んだあげく、壁にぶち当たるという前例がいくつもある。カーター元大統領はジョージア州、クリントン元大統領はアーカンソー州、オバマ元大統領はシカゴからそれぞれ人材を集めてチームを編成した。こうした側近集団がワシントンで足場を固めるには少なくとも2年はかかる。最後までそれを果たせないこともある。

バイデン政権は今のところこうした障害を回避できている。長いキャリアを通じてあらゆる役職であらゆる問題に関わってきたバイデン氏は、民主党左派からは主義主張に欠けているとみなされている。だがこれが役立つこともある。野党・共和党はバイデン氏にリベラル派というレッテルを貼ることができないのだ。そして左派には同氏以外に支持できる人はいない。

 

控えめさも滑り出しに寄与

その結果、米国の政治の流れに静かなる大転換が起きつつある。メディアはバイデン氏の就任後初の記者会見の開催が近年のどの大統領よりも遅いことに不満をあらわにしている。だが、メディア以外は特に気にしていない。昨年を振り返ると、トランプ氏は毎日のように新型コロナウイルスに関する途方もない理論を流布して、自らの対策チームを弱体化させていた。

その前のオバマ氏は大統領として定期的に素晴らしいスピーチを披露したが、その内容を結果として実現できたかという点では期待外れだった。これに対しバイデン氏は話すのが得意ではなく、言い間違えて演説を台無しにすることも珍しくない。

だが、雄弁であることは過度に高く評価されるきらいがある。ドイツのメルケル首相に聞いてみたらいい。バイデン氏はホワイトハウスからの情報発信や日常的な決定事項の多くをスタッフに委ねている。これこそがバイデン氏の3つ目の強みにほかならない。過去のほとんどの米大統領と比べ、自己顕示欲が控えめなのだ。確かに強みというには物足りない。だが、いずれにしても78歳の大統領が米国の将来の潮流を体現していると主張するのは難しい。

バイデン氏にとって最善の政治のやり方は、自分というブランドに傷がつかないかやきもきするのではなく、何よりも統治することだ。この点でバイデン氏はトランプ氏やオバマ氏と異なる。政権の(功績など)すべてをバイデン氏によるものとする必要はないのだ。

運の良さと豊富な経験が相まって、バイデン政権の滑り出しは近年では最も平穏無事なものとなった。とはいえ、いつかは苦難に直面するし、失敗することもあるだろう。だが今のところ、バイデン氏はスーパースターでなくても米国を統治できることを証明しつつある。実際、スーパースターを演じる義務から自由でいられるのは、ありがたいことだ。

 

 

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