時論・創論・複眼
真の女性活躍に向けて
井上礼之氏/小林いずみ氏/ギンカ・トーゲル氏
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げた履かせず鍛える ダイキン工業会長 井上礼之氏
いのうえ・のりゆき 1957年同志社大卒、ダイキン工業入社。94年社長、2002年会長兼最高経営責任者。海外進出を主導し、売上高の約7割を国外で稼ぐ国際企業に育てた。
2011年から女性活躍推進に本腰を入れている。会社の生産性や創造性を高める狙いだ。メンバーが異質なチームの方が多彩なアイデアが浮かび、イノベーションも生まれやすい。
当社は早くから海外市場に進出しグローバルダイバーシティー(多様性)を実践してきた。だが国内を振り返ると相変わらず男性中心組織だ。足元でもダイバーシティーを進めないとグローバル競争に勝てないと危機感を持った。
ただ、げたを履かせて無理に登用しても組織の生産性は落ちる。数合わせの女性登用はしないと決め、11年に策定した取り組み方針で「男性同様に修羅場を与えて育てる」と明記した。そもそも資質に性差はない。修羅場で平等に鍛えれば女性も自然と育つ。
当初5年は仕事と子育ての両立支援整備と女性の意識改革に注力した。女性は一歩引くことを日本では求められる。優れた資質があるのに仕事に消極的な姿勢を示しがちだ。意識改革を促す研修を実施し、私は「世の中の風潮や夫の意見に流されることなく自分の人生は自分で決めろ」と毎回メッセージを発した。
両立支援もキャリア意識を刺激する仕組みにした。産休を経て早期に職場復帰するほど経済支援を手厚くした。もちろん早期復職できない社員もいる。でも復職できる環境と意欲があるなら長く休んでほしくない。キャリア形成に積極的な女性を応援する姿勢を制度で示した。
15年にはスポンサー制度とフィーダーポジション制度を導入した。スポンサー制度は経営幹部になりうる女性が対象だ。直属の役員をスポンサーと呼ぶ指導役に付ける。仕事の進め方などを助言するだけでなく、経営方針を決める重要な会議に同席させたり、キャリアアップに必要なポストに異動させたりするなど成長機会を実際に与える。これまで10人強の女性がスポンサーの下で鍛えられている。
フィーダーポジションは部門の意思として「この役職には女性を就ける」とあらかじめ決めさせる。現在169ポストが指定されており、どの女性社員を今後どう育ててどのポジションに就けるか、計画立案と実行を部門長に課す。いずれも女性のために新設したポジションではない。
2つの制度は初期施策の反省から生まれた。女性の意識改革を進めても、男性側に「女性に無理はさせられない」「かわいそう」といった意識が根強くあった。男性管理職は男性部下にチャンスを与えがちだった。そんなアンコンシャスバイアス(無意識の偏見)を是正するために、一見すると逆差別とも思える荒療治が必要になった。
女性活躍に取り組んで10年。女性社員比率は12.6%から17%に、女性管理職比率は2.1%から6.1%になった。まだ満足できる結果ではないが、げたを履かせずしっかり育ててきたからでもある。役員や管理職の一歩手前の女性社員層は10年前と比べて分厚くなった。今後5年で要職で活躍する女性が一気に増える。会社に大きな貢献をしてくれると期待している。
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まず候補者枠設けて みずほフィナンシャルグループ取締役会議長 小林いずみ氏
こばやし・いずみ メリルリンチ日本証券(現BofA証券)元社長。大阪証券取引所を皮切りに複数の企業で社外取締役を経験。経済同友会の副代表幹事も務めた。
森喜朗氏の発言は女性をひとつのカテゴリーで判断することを容認するバイアスの存在を浮き彫りにした。一人ひとりの能力をどう発揮していくか真剣に考えるきっかけになればいい。
私は現在、ANAホールディングスや三井物産で社外取締役を務めるほか、みずほフィナンシャルグループでは取締役会議長の立場にある。過去にも複数の企業で社外取締役を経験してきた。
森氏は「(女性は)誰か一人が手を挙げると、自分も言わなきゃいけないと思うのでしょう」と言っていた。(議論とは)それでもいいのではないか。私はできるだけ全体の意見に迎合しないようにし、自分の経験を振り返りながら多様な視点を踏まえ、ほかの方と違う発言をするよう心がけている。性別や年齢、国籍など多様なバックグラウンドを持つ人が取締役会にいると、議論に厚みが増すことは間違いない。
議論が活発になったからといって、すぐに業績が良くなるわけではない。それでも変化がこれだけ速い時代に、みんなが同じような物の見方をしていると企業の戦略も固定化されてしまう。
コーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)の導入により、取締役会では中長期の戦略を議論するようになっている。社長や最高経営責任者(CEO)が女性や外国人の知見を引き出し、どう経営に活用しようとしているのか。そうした姿勢によって議論の濃度は大きく変わってくる。経営に新たな視点や価値をもたらすにはダイバーシティーが必要なのは言うまでもない。
とはいえ、社外から女性の取締役を集めてくるのも限界がある。外から借りてくるだけでは本当の多様性にもならない。企業は内部からの昇格者をどう増やすか真剣に考えるべきだろう。それでも(女性の参加について一定の枠を定める)クオーター制の導入には慎重であるべきだと思う。それなりの経験を積み、資質のある人が責任を持つ立場に就かなければ会社は回らないからだ。
私は2008年から13年まで世界銀行グループの多数国間投資保証機関(MIGA)長官を務めたが、人事を決めるときのルールが非常に良かった。たとえば部門長などのポジションを決める際に求められる経験やスキルを明確にし、候補のなかに女性を3割入れなければならない決まりが徹底されていた。そうするとどんな女性が活躍しているのか、日ごろの仕事ぶりを含めて一生懸命探しにいく。どんな組織にも埋もれた人材は必ずいる。
あらかじめ女性ポストを設けて人為的に引き上げるのではなく、まずは複数の女性を候補者として選ぶ。そのうえで男性を交えてふるいにかけ、それで女性が選ばれなければ仕方ない。
最近は指名委員会で取締役の候補者を議論する機会が増えてきたが、執行クラスの人選は社外取締役には難しい。公平な判断ができる委員会のような組織で取締役以外の人選をしていく必要もあるのではないか。
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意識変化へ「味方」増やせ スイスIMD教授 ギンカ・トーゲル氏
GinkaToegel スイスのビジネススクールIMD教授。リーダーシップや組織論が専門で、スイスのネスレ、独バイエルなどの企業向け幹部研修プログラムも手掛ける。
残念ながら、森喜朗氏の発言や、周囲がその発言を正そうとしなかったこと自体に驚きはなかった。伝統的で多様性に欠けるといった日本のステレオタイプなイメージを想起させる面はあったかもしれないが、こうした差別は世界中で根強く残っている。
良い意味での驚きは、ソーシャルメディアを中心とした社会の反発の強さだった。中には、森氏の辞任ではなく再発防止の議論を求めて署名活動を行う若い女性もいて、非常に成熟した反応だと感じた。一連の出来事は、むしろ日本社会が大きく変わりつつあるという肯定的な印象を世界に与えたのではないか。
社会的な男女の役割分担については、日本ではもう少し議論が必要かもしれない。私の教育プログラムに参加する日本人女性は「野心的であることは日本で女らしくないとみられる」と話す。イノベーションを起こすのは女らしくないのか、育児休暇を取って家庭を大切にするのは男らしくないのか――。再考すべきだろう。
男女の平等を含む、多様で包摂的な組織を実現するにはどうすべきか。50〜100年もの時間をかけないためには数値目標が必須だ。米証券取引所ナスダックは2020年、すべての上場企業の取締役会に性別や人種などの多様性を確保することを罰則付きで義務付ける考えを示した。
義務付けにはしばしば「ふさわしくない女性を優遇する」「経済に悪影響を与える」といった反発があるが、多少の時間を要したとしても成功することはノルウェーなど過去の事例が明らかにしている。また、女性の教育水準は十分に高く、ふさわしい人材はいる。
ただ、より重要なのはそれぞれの意識で、これは数だけではすぐに変わらない。最近では女性や人種的少数派などの「味方」を増やすという考えが重視されている。味方は意識的にマイノリティーの立場をおもんばかり、差別的発言などに気づき、問題点を指摘したり改善を模索したりする。
例えば会議で毎回女性がメモ係を任されるとき、当事者や味方の男性は「次回は誰にやってもらいましょうか」とさりげなく水を向けてはどうか。場を荒立てる必要はないが、放置したままでは事態は変わらない。必要なのは少しの勇気と上手な問題提起だ。
企業の中でマイノリティーの味方を増やすためには、トップが自らロールモデルとなり、多様性を重視する姿勢を示すのが一番だ。難しいことのように聞こえるかもしれないが、世界中で人材獲得競争が激しくなる中、多様性に欠ける企業は優れた人材を確保できない。
米シリコンバレー企業にみられるように、優れた人材は、男女を問わず創造性を発揮しやすい環境を求めているのは明らかだ。森氏のような発言を許せば組織のブランドは傷つき、イノベーションが起きにくい風土が生まれる。こうした組織は成長から取り残されるだけだろう。問われるのはトップの本気だ。
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〈アンカー〉硬直化防ぐのは多様性
「常識と非常識がぶつかったときにイノベーションが産まれる」。ソニー創業者、井深大氏の言葉だ。テープレコーダーに録音機能が必須だった時代に「録音は本当に必要か」という意見に耳を傾け、ウォークマンは誕生した。
組織は常識に縛られ、やがて硬直化していく。防止策が多様な人材の登用だ。既成概念にとらわれない意見を議論するなかで新しい発想が芽生える。「わきまえない」発言はイノベーションの芽だ。女性を含むダイバーシティーの実現は経済活性化や組織の創造性向上に資することを忘れてはいけない。
国は2013年以降、女性活躍推進に本腰を入れた。20年の女性就業者は2968万人で12年比310万人も増えた。ただ彼女らが自由に発言でき、それをくみ取る職場風土がなければ効果は半減する。