アナザーノート

 

森発言から透ける「オールド・ボーイズ・ネットワーク」

 

 

秋山訓子

政治、NPO担当。日本政治がようやく面白くなりそう!

 

 

 森喜朗元首相(83)が女性蔑視発言で東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会の会長を辞め、後任人事も迷走のうえ橋本聖子氏に決まった。

 一連の騒動を見ながら、女性への偏見ももちろんだが、これはオールド・ボーイズ・ネットワーク(OBN)の問題だと感じた。

 オールド・ボーイズ・クラブともいう。男性のムラ社会といえるかもしれない。多数派の男性が築いた暗黙のルールやお約束に満ちた、仲間うちの閉じた世界のことだ。

 森氏の問題発言に対して笑いがおこり、誰もたしなめない。「私どもの組織委員会に女性は7人くらいか。7人くらいおりますが、みなさん、わきまえておられて」とも森氏は語ったわけだが、そこにいた仲間たちはみな、OBN、ムラ社会のルールを「わきまえて」いたわけだ。後任に川淵三郎氏を森氏が指名したのも、仲間うちの論理と言えよう。

 森氏を「朝食会場で必ず問いつめる。東京で会いましょう」とツイッターで発言したアイスホッケー女子の元カナダ代表で国際オリンピック委員会(IOC)委員のヘイリー・ウィッケンハイザー氏も「オールド・ボーイズ・クラブ」の表現を使っていた。

 私自身も、政治及び政治ジャーナリズムというOBNの世界で生きてきた。今回のことで、10年以上前の経験がよみがえってきた。大げさに映るかもしれないが、今でも心の傷になっている出来事だ。

 自分の所属する組織内のことだし、かなり前のことでもあるし、ものすごく迷った。が、だからこそ出す意味があると思い、勇気を出して書くことにした。

私は立ち上がり、言いたかった

 私の職場での話だ。

 当時(というか、今でもだが)、女性の中で一番年長だった私は、周囲でハラスメントが依然として多いことに何かできないだろうかと考え、後輩の女性たちに、身の回りのハラスメント事例について教えてほしいと声をかけた。するとまあ、次から次へと出るわ出るわ。紙にまとめて上司に渡した。

 中の一つが(こう書くのも恥ずかしいのだが)「朝から出先の取材拠点でキャバクラの話をしないでほしい」というものだった。

 前夜に行ったキャバクラでのあれやこれやを朝っぱらから大声で武勇伝のように語る。キャバクラに行くのは、個人の自由なのでまったく構わない。だが取材拠点で朝からキャバクラに行った時の話をするのはやめてほしい。不快だし、他社とも空間を共有しているから丸聞こえで恥ずかしい。

 これはすぐに解決できるだろうと、上司に渡した紙とは別に、私は取材チームのリーダーに直接伝えた。先方も理解し、謝罪があった。

 ところが話はそれで終わらなかった。

 ほどなく職場の送別会があった。例のキャバクラ問題のチームも人事異動があって、あいさつした人がいた。彼はこう言った。

 「当時のチームは、朝からキャバクラの話をするほど明るく楽しいチームで…」

 笑いが湧き起こった。

 たまたまその時、他の女性は仕事で忙しく、その場にいた女性は私1人だった。

 「何を言っているんですか。明るく楽しいチームではなくて、恥ずべきチームでしょう」。

 私は立ち上がり、そう言いたかった。でも言えなかった。

 当然、同様に声を上げてくれる男性もいなかった。

 始末に負えなかったのは、その発言をしたのが、普段はとても女性に気配りがあり、感じのいい男性だったことだ。

 その時の孤独感と絶望感は忘れられない。その後もOBNを経験すると、よみがえって苦しくなる。

 もしあの時私が立ち上がって発言していたら、場の雰囲気は盛り下がり、会は台無しになっただろう。でも、男性たちの記憶には残って、その後何かが変わったかもしれない(その行動すらも笑ってごまかされ、何も変わらなかったかもしれないが)。

 衆院で女性が1割程度しかいない政治の世界は、男性に占められたOBNの典型だ。昔から派閥のことを「ムラ」というし、昔ほどではなくなったとはいえ、重要なことが夜の料亭やホテルの一室の密談で決まっていく。昨年の自民党総裁選でもそういう場面があった。

 すべてを否定するつもりはない。そういう会が必要な時もあろうし、女性だって(むろん私も)「女子会」でうっぷんを晴らす。けれどもあまりにそういう類いが多すぎないか。だから森氏のようなことになる。

 「同僚の男性議員が夜、店に集まって密談しているのを見るとついていけないものを感じる」というような女性議員の述懐を何度も聞いたことがある。

 日本中の会社でまだ、きっと同じようなことが起きているかもしれない。結束が固く、身内にしか通じない論理で物事を決め、他を排除する。

無意識に傷つけていたことに気づく

 でも、希望はある。

 そういうOBNに対して、変えていこうという動きがあるのだ。

 NPO法人の「ジャパン・ウィメンズ・イノベイティブ・ネットワーク」(J―Win)は、日本IBMの専務だった内永ゆか子さんが、企業のダイバーシティーを推進しようと2007年4月に創設した。管理職一歩手前から役員クラスまで、さまざまな職位の女性たちのネットワーキング、男性管理職やダイバーシティー推進担当者に向けた勉強会などを行う。

 17年から始めたのが、男性ネットワークによるOBNの議論だ。内永さんは言う。

「ダイバーシティーや女性の活躍のために、ずいぶんと女性の研修などを行ってきたけれど、男性の意識を変えなければ変わらない。その本丸がOBNなんです」

 内永さんがOBNという言葉を知ったのは20年ほど前だ。それまでも男性社会の独特の空気や壁、暗黙のルールを感じることがあったが、インターナショナルのIBMの会議で米国の女性役員に言われて「これだったのか」と得心した。

 J―Winの男性の集まりでは中間管理職クラスの男性30人ほどで議論をする。そもそもOBNといわれて、言葉自体も知らないし、説明されても最初は理解できない人がほとんどだ。「海の水にどっぷりつかっていると水が塩辛いとわからないように、気づけないんです」(内永さん)

 それでも内永さんやJ―Winに参加した女性管理職の話を聞き、本音のアンケートをとるなどして、月に1度、1回2時間の議論で1年間のプログラムの3分の2が過ぎるころ、ようやく「こういうことだったのか」と理解するという。

 ANAエアポートサービスの比留川功さんは「聞いたこともない言葉でした」。思い当たることはありましたか?「確かに存在するなと思いました。若い頃はよく上司と飲みにいきました。仕事をする心構えや上司の言葉を直接聞くことで考えを理解することもできましたし、自分自身も成長できました。男性にすれば悪意のない行動であり、それを取り除くことは非常に難しい一方で、男性だからこその新たな気づきや出来るアクションがあるのではないかと思いました」

 自分の家庭を顧みたメンバーもいた。昭和電工マテリアルズの石井学さんは「OBN的な暗黙のルールが自分の中にあったと気づきました。私の妻は仕事を持っていますが、彼女が育児や家事を担う時間を確保し、対応していることを再認識しました」

 東レ経営研究所の宮原淳二さんはアンケート結果を見て頭を抱えた。「『部下よりも常に上司のほうを向いて仕事をしている』『接待やゴルフに付き合うことが上司に気に入られる条件だと思っている』『真夏の時期、営業先から帰ると冷房を「最強」にされる。内勤女性は凍えている』などなど、目を覆いたくなるような回答ばかりで…」

 男性メンバーも当初はこの結果を自分ごととして受け止められず、「効率的な業務推進には必要なことだ」と言った声があがったのだという。

 「でもこれらの回答には共通点があって。男性管理職が無意識に女性の部下を傷つけていた、ということなんです」

 そう、それなのだ。

 内永さんは言う。「男性を非難しているわけではないんです。もしずっと女性ばっかりだった組織に男性がぽつんと1人放り込まれたら同じことが起きたでしょう」

 森氏の一件が、会長が代わって一件落着、ではなくて、政治や日本中の会社が変わるきっかけになればいい。朝日新聞も変わった。と思う。たぶん。

 

 

 

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