社会というソフト 改定を
気候変動対策、技術と両輪
By John Thornhill
科学技術を信奉するテクノロジストに、何らかの課題に取り組むよう頼んだら「技術的な解決策は必ずある」と当たり前のように返ってくるはずだ。気候変動についても、世のテクノロジストたちは地球温暖化と戦うために、かつてないほど創意に富んだ解決策を編み出している。
イラスト Ingram Pinn/Financial Times
例えば、微粒子を雲の種のように空中にまいて太陽を遮り、地球を冷やす技術はすでに存在する。原子を分裂させるのではなく、くっつけることでエネルギーを生み出す核融合技術は実証実験段階だが、実用化に向けて投資するのも一興だ。サンゴ礁の遺伝子を組み換え、温暖化が進む海に適応させることもできる。新技術を使って未来を新たに築くことは、一般的に環境保護の分野で叫ばれることが多い「排出を止めろ」に屈服するよりもはるかに楽しい。
技術に固執すれば環境への関心薄れるか
米マイクロソフト共同創業者で大富豪の慈善家であるビル・ゲイツ氏が、そうした技術楽観主義の最も雄弁な提唱者として躍り出ている。同氏は「気候災害を避ける方法」(邦訳未刊)と題した新著で、毎年510億トンもの温暖化ガスを大気中に放つのを止めるには、画期的な技術を発明し、活用しなければならないと論じている。
1370億ドルに上る個人資産の影響力と人脈を存分に駆使し、ゲイツ氏は各方面から「ブレークスルー・エナジー・ベンチャーズ」への支援を取り付けた。私募型の投資ファンドや慈善活動、環境保護団体から成る連合で、こうした技術に取り組む40社以上の企業を支援している。投資先のベンチャーには荒唐無稽なものもあるかもしれないとゲイツ氏は認めるが、大きな変革を起こす技術が生まれるかもしれない。
ゲイツ氏が、多くの大富豪のように大枚をはたいてヨットやサッカークラブ、カリブ海の島を買いあさらず、このような形でお金を使うのは称賛に値する。それに、運がよければ、ブレークスルー・エナジーが支援している技術的解決策のどれかが本当に目覚ましい成果を上げ、地球を救うことに貢献できるかもしれない。
筆者としては、技術に固執するあまり環境保護を怠る、あるいは環境への関心が薄れてしまうことを懸念する。もし独創的な発明家が地球の未来を救ってくれるのであれば、論争が絶えない環境協定について苦悩する必要はなくなる。まもなく核融合技術の実用化が近いと信じるなら、風力発電所を建設する必要はあるのだろうか――。
技術の行方を楽観視しない人は、技術よりは政策が課題だと主張する。経済システムのバグ(不具合)を修正するのではなく、システムの機能そのものを変える必要があると語る。
気候変動の専門家である米スタンフォード大学のマーク・ジェイコブソン教授は30年間の研究を通じて、既存の風力、水力、太陽光技術を十分な規模で配備すれば、電力供給を完全に脱炭素化できることを示すコンピューターモデルを構築した。もし実現すれば、環境問題に取り組むうえで大きな進歩を遂げられる。
教授は、この目標を達成するためには数多くの地味な努力が必要だという。人心をつかみ、エネルギーの既得権益に対抗し、環境保護政策を推進する政治家を支持するキャンペーンを展開しなければならない。だが、こうしたキャンペーンは成果を上げつつあり、いくつかの国や米国の一部の州は再生可能エネルギーのロードマップを構築している。
多国籍企業というAIシステム
この環境を巡る論争は、人工知能(AI)が暴走するリスクに対処する方法について科学者の間で繰り広げられている議論と似通っているのではないか、と筆者は考える。AIはいつの日か、ヒトの知能を上回り、人類の存在意義を脅かすようになるのではないかと恐れられている。
計算機科学を専門とする米カリフォルニア大学バークレー校のスチュアート・ラッセル教授は、AIの制御方法に関する議論を主導する有力者の一人だ。同氏は興味深いことに、暴走するAIの前触れのようなものが、多国籍企業という形で社会に存在していると指摘する。多国籍企業は、人間が株主還元を優先して資源枯渇や環境汚染といった外部性を無視するように「プログラム」した結果なのだという。
「化石燃料業界を、AIシステムと見立てるといい。人間が利益最大化することを目的に設定した結果、その通りに動くようになった」。ラッセル氏は筆者にこう話してくれた。「人間が部品として機能する『機械』が人類全般を出し抜いたのだ」
この機械は経営資源を最適化し、有害な化石燃料のコストを引き下げることに成功した。ゲイツ氏が著書で強調しているように、原油1ガロン(約3.8リットル)の価格は会員制量販店コストコで売られている炭酸飲料1ガロンより安い(1ドル対2.85ドル)。
AIの専門家にとって、AIをどのように調整するかは大きな課題だ。ラッセル氏の言葉を借りるなら、我々は「人間の目的を達成すると確信できる」AIを作らなければならない。そしてAIを人間中心に設計する必要があるのと同様、市場経済というシステムが動く仕組みを定めたソフトウエアを、環境保護も視野に入れて書き換えなければならない。
ウォール街も「グリーンは善」に同調
心強いことに、少々乱雑な形だが、これは実際起きている。各国政府は、環境上の「善」に報いる(風力発電所を助成する)一方、「悪」に罰を与える(カーボンプライシング=炭素価格=を導入する)ことで市場を誘導している。米ウォール街でさえ、グリード(強欲)ならぬ「グリーンは善だ」というスローガンに同調するようになった。有力投資家は、企業を「再プログラミング」して新たな環境機能を付け加えようとしている。
公平を期して言えば、ゲイツ氏も、劇的な技術革新を成功させるには、環境技術を供給するだけではなく、それを受ける需要側の意識も変える必要があることを認めている。技術的なブレークスルーが不可欠であると同時に政策変更も欠かせない。「技術だけでは(気候変動を)解決できないが、それでも技術は欠かせない」と書いている。
それにしても、ソフトウエアを使った生産性向上を提唱してきた当代随一のテクノロジストが、ハードウエアに未来を託そうとしているのは何とも皮肉な話だ。