アナザーノート

 

 

消される言葉 物言う中国企業家の取材から

 

吉岡桂子

違いを知って、つながれる記事を。国際ニュースで日本の位置を考える

 

 

 こんにちは。北京や上海、バンコクなどに駐在し、20年あまり中国をウォッチしている吉岡桂子です。私が取材を始めたころ、日本の4分の1にすぎなかった中国の経済規模は、日本の3倍に膨らみ、今や通信、AI、EV、バイオなどで米国に技術覇権を挑む存在になりました。そんな中国経済の断面を、出会った人や注目している人を通じて書いていきます。

 

「塀」の中に入った「物言う企業家」なぜ

 今回は、そんな私の問題意識を読者のみなさんに知ってもらう一助にするため、現在の中国を象徴する出来事から書き起こしたいと思います。

 昨年9月、中国で一人の企業家が実刑判決を受けました。任志強(レン・チー・チアン)さん(69)。国有不動産会社「北京市華遠集団」の経営に長く携わり、同時に一党独裁の国において「物言う企業家」として有名でした。「任大砲」と呼ばれる政権批判も辞さない率直な物言いは、多くの中国人をひきつけ、SNSのフォロワーは数千万人を数える時期もあったほどです。

 その任さんが汚職、収賄や公金横領などの罪で懲役18年の実刑判決を受けたのです。私は一報に接し、「またひとり、私が取材してきた人が『塀』の中に入ってしまった」と思いました。

 私は早速、中国ビジネスが長く、任さんを知る日本人ビジネスマンに会いました。彼はこう指摘しました。「確信犯だな。ここまでの刑を予測していたかどうかは別だが、彼らしい。腹に据えかねていたのだろう」

 一体何があったのでしょうか。

 「裸になっても皇帝の座にとどまろうとするピエロ」「メディアをコントロールし、事実の真相を隠そうとしている」

 昨春、新型コロナ対策の初動を批判して任さんが書いた文章です。ネットを通じてあっという間に広がりました。「ピエロ」が習近平(シー・チン・ピン)国家主席を指すのは明らかで、私は驚き、さすがに心配になりました。中国政府はちょうど、新型コロナウイルスの感染源をめぐって欧米と対立を深めており、自らに不利な情報への統制を強めている時期でした。湖北省武漢市から独自に情報を発信しようとした市民記者は拘束され、批判を続けた清華大学教授は軟禁状態に陥りました。そこに、この「大砲」だったのです。

 

「異論を消す。見せしめの処分」

 私は7年余り前、北京で任さんを単独インタビューしたときのことを思い出しました。

 「中国の企業家は、あれこれ言って面倒に巻き込まれたくないと思う人も多い。しかし、私は中国だからこそ、ビジネスマンがビジネスだけを語る『在商言商』ではすまないと考えます。日本なら投票という行動で意思を示せるが、中国では言葉にしないと商環境を決める政策の決定に関与できないからです」

 迫力のある大きな目をぎょろりとさせ、ときにたばこをくゆらせながら、でも丁寧にじっくりと外国人にも分かりやすい中国語を選んで話してくれました。「中国の不動産バブル」を名目に取り付けたアポイントでしたが、国家と民の関係についても話は及びました。むしろ、語ることが自分の役割だととらえているようにも見えました。

 任さんは中国語で「紅二代」と呼ばれる共産党幹部の子息です。父親は日本との戦争中に中国共産党に入党し、建国後は商務部副部長(次官)を務めました。若いころ中国人民解放軍を辞めてビジネスに転じた任さんが、北京の国有不動産会社を軸に金融から旅行、レストランまで手広くビジネスを展開するグループのトップを務めてきたのも、「物言う企業家」として「任大砲」をぶっぱなせてこられたのも、そうした血筋に守られてこそのこと。それは間違いありません。

 もうひとつの「守護神」は、中国最高幹部の一人、王岐山(ワン・チー・シャン)氏(72)の存在でした。北京市長や党中央規律委員会主席など要職を務め、現在も習氏に次ぐナンバー2とも言われる人物。党幹部の子弟が通う北京の中・高校時代に王氏と知り合い、50年余のつきあい。深夜に電話をかけあう仲とも言われていました。

 中国では自由の幅は身分によって異なります。任さんのような政治的な背景を持っていれば、商売だけでなく言論も、庶民よりは許される幅が広い。それを「確信犯」的に利用し、急速に普及したSNSを用いて舌鋒(ぜっぽう)鋭く発信していました。

 「私は組織的な行動をせず、自分の考えを述べているだけだから(逮捕されている人々とは)違うよ」。取材時、そう話していた任さんですが、習政権が強権を強めるにつれて、発言も激しくなっていきました。2016年にはSNSでの共産党批判が問題視され、1年間の党内観察処分を受けました。

 そしてさらに、昨年の懲役刑です。長く後ろ盾となってきた王氏と習氏の関係が以前ほど近しくないことを浮き彫りにするとともに、中国の言論の表舞台から異論が消えつつある時代の象徴として、私の目には映りました。知り合いの北京の大学教授は「党内から異論を消す。その見せしめとしての強い処分だ」と指摘しました。

 

拘束されたもう一人の取材先

 実はもう一人、拘束された取材先がいます。農業、畜産から病院や教育まで多様なビジネスを営む民営企業「大午集団」の孫大午氏(66)です。昨年11月に当局に捕らえられ、社員らとどこかに監禁されているようです。国有企業との土地をめぐるトラブルなどが容疑と推測されていますが、判然としません。

 私が河北省の大午集団本部に孫さんを訪ねたのは05年10月のこと。不特定多数の人から事業資金を集めたとして有罪になりましたが、釈放されたときいて、話を聞きに行ったのです。孫さんは国有銀行が民間企業である孫さんの会社に資金を貸し付けてくれないので、自力で集め始めたため、捕まりました。当時、事業に復帰したばかりの孫さんは「桃源郷(ユートピア)を作りたい」と語り、1万人近い従業員の医療や教育などの面倒を丸々見ながら、独立村のような組織を作ろうと夢見ていました。

 それから15年あまり。孫さんは再び拘束されました。私は「人治がいかに民営企業家の立場を不安定にしているか」と訴えていたことを思い出しました。昨年9月に中国共産党が出した文書を連想したからです。

 その文書は、民営企業に対する統一戦線工作という性格のものでした。国営新華社通信などによれば、こうした文書が出されるのは改革開放が始まって以来初めてだそうです。民営企業家に対して愛国主義、産業報国、実業強国を強く促す内容。「政治面で物事がよく分かる人間にする。民営企業内の党組織建設をさらに強化する」とも書いてありました。GDPの6割以上、都市の雇用で8割以上を占めるようになった民営経済をたたえながらも、統制下に置こうとする、当局の意図が透けて見えました。

 孫さんはそうした流れの中で、再び拘束されたのかもしれないのです。前回は支援の声をあげた人権派弁護士たちは、すでに捕らえられて社会から消されていました。

 

消えたアリババ創業者が騒がれたのは……

 昨日まで大丈夫だったビジネスも、今日からアウト。そのタイミング、法律や規則の読み方や適用範囲を決める審判役は時の権力者。中国のおきてです。グレーゾーンでリスクをとって稼いでいる人たちを逮捕しようと思えば、いくらでも材料を挙げられる。まさに「人治」です。

 世界的に有名な中国の巨大IT企業アリババのジャック・マー(馬雲)氏が金融監督当局を批判した昨年10月末の講演後、消息不明になりました。このとき、「習氏の怒りを買った」として拘束や逮捕のうわさが絶えなかったのは、こうした今の中国の状況を端的に表しています。

 マー氏は幸い88日後、公の場に姿を見せましたが、世界的に知名度が高く世界銀行など国際機関からも高く評価されているマー氏ですら、一寸先は見通せないと思われているのが、今の中国なんです。国際的に事業を展開する巨大企業で、CEOは退いたとはいえ実権を握る人物が数カ月消息を絶ってしまうこと自体も異例ですが、姿を見せないだけで当局による逮捕がささやかれる国はそうそうありません。

 背景には、何億人ものスマホ決済の情報を握り、中国の金融システムを揺るがしかねないほど成長した巨大企業アリババと中国政府が緊張関係にあったのは事実でしょう。ただ、私がさらに気になるのが、マー氏は任さんと同じように、中国共産党員でありながらビジネスのありかたを自分の言葉で語ってきた人だ、という点です。マー氏が今後、これまでのように当局の金融行政を批判するなど、自分の言葉で語り続けられるのか注視したいと思います。

 中国14億人が対外的に発する声は一つ。中国共産党はそれを望んでいるのでしょう。しかし、多様な言葉を消していく姿勢こそが中国の社会や経済を異形のものとして、脅威を与え、退けるべき対象と考える人を世界に増やしていることを、中国の統治者はもっと重くとらえるべきではないでしょうか。

 

ギリギリのところで声をあげる人たちを

 最後に、任さんが13年のインタビューで話してくれた言葉を紹介したいと思います。

 「自分の意見は自分の言葉にして発していないと、意見もなくなり言い方も忘れる」

 ギリギリのところで声をあげて行動する人が中国にもいます。14億人の中で主流ではないかもしれませんが、そうした声を心の中でこっそりと支持している人もいる。ギリギリの線は後退を続けていますが、取材を通じて多様な言葉を拾い上げていきたいと思います。もちろん中国に限りません。日本でも。

 

 

 

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