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温暖化対策、日本は技術革新で貢献を ビル・ゲイツ氏
「50年に排出ゼロ」目標を支持
ビル・ゲイツ氏=撮影:John Keatley
今、世界は2つの危機に直面している。1つ目は目前にある新型コロナウイルスの感染爆発。2つ目は将来を脅かす地球温暖化だ。米IT(情報技術)企業の巨人マイクロソフト創業者から、国際的な慈善事業家に転身したビル・ゲイツ氏に、地球温暖化問題への対応を中心に聞いた。
環境対応製品の上乗せ価格、ゼロに近づける
――地球温暖化問題に取り組むきっかけは。
「2000年にビル&メリンダ・ゲイツ財団を設立し、アフリカを旅して電力不足で夜の照明もワクチン冷却も困難な状況を知った。その電力を供給するのに今のやり方を変えないと、地球温暖化問題が大きな制約になることがわかった」
「温暖化対策の国際枠組み『パリ協定』が採択された15年の国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP21)の前に、当時のオバマ米大統領やオランド仏大統領、インドのモディ首相と話し合い、研究開発を含むイノベーションに焦点を当てる考えに行き着いた」
「そこで指導者たちは5年間でエネルギー研究開発予算を2倍にすると約束したが、わずかな国しか達成できなかった。米国はオバマ政権下で約18%増えたが、その後の4年間は横ばいのままだった」
「私は多くの裕福な人々とともにベンチャー企業を支援するファンドをつくり、40社以上に投資してきた。今後10年間でグリーンプレミアム(環境対応製品と通常製品の価格差)を技術革新でゼロに近づくまで下げる。少なくとも95%減らすのが目標だ」
地球温暖化は大規模な自然災害の要因といわれる(氷河が決壊して発生したインド北部の洪水、9日)=AP
水素エネルギーにも可能性
――菅義偉首相は昨年10月に50年までに温暖化ガス排出量を実質ゼロにする目標を打ち出しました。今年1月に首相と電話会談もしましたが、この問題での日本の役割をどうみますか。
「菅首相と私の会話は、気候問題も含め多岐にわたったが、多くはグローバルヘルスに関するものだった。日本はこの分野で寛大な貢献をし(途上国のワクチン購入を支援する)『Gavi(ガビ)ワクチンアライアンス』での役割も増している」
「私は50年の排出量ゼロ目標を支持しており、これは世界、特に先進国すべてが持つべき正しい目標だ。日本の役割はイノベーションに貢献することだ。日本の自動車メーカーは電気自動車(EV)だけでなく、水素を燃料とする燃料電池車にも力を入れている。これは長距離を走行し重量が大きいトラックなどに有効かもしれない」
「今のところ、小型車については電池が有力なアプローチになりそうだが、水素の可能性も残っている。日本の研究開発の取り組みは非常に重要で、国際的に協調してエネルギー関連の研究開発予算を大幅に増やすべきだ。アイデアを持つ起業家への資金提供も増やしたい」
――10年前の東日本大震災と原発事故以来、日本では原発への世論は厳しくなっています。あなたは次世代原子炉の開発を支援しています。
「すでに建設した原子炉を閉鎖するか稼働し続けるかという問題は、ドイツ、日本、フランス、米国などが皆考えなければならない問題だ」
「日本の場合は、天然ガス価格が米国の3倍程度なので(原発は)経済的には実行可能だ。重要な問題は国民が受け入れるかどうかだ」
「気候問題に関する限り、問題は既存の原発ではなく、次の第4世代原子炉だ。建造コストは今の約4分の1という驚くべきものだ。特に天然ガスがとても安い米国では、炭素税を課さない限り(今の原発では)非常に競争が難しい」
バイデン新政権の取り組みに期待
――米国で地球温暖化対策に積極的なバイデン氏が大統領に就任しました。
「妻メリンダと私は選挙直後にバイデン氏と話す機会があった。大きな話題は地球温暖化とコロナ対策で、いずれも私たちの基金がかなり貢献することができる問題だ。ケリー大統領特使(気候変動問題担当)とも話したが、皆問題をよく理解し、政府が重要な役割を果たせることがわかっている」
「バイデン政権は迅速にパリ協定への復帰を決めた。大統領が自ら問題の重要性を示すために、11月に英北部グラスゴーで開くCOP26に出席することを皆が期待している」
「バイデン政権は地球温暖化問題を政権の4つの優先事項の1つに加えて、多額の財政支出を約束している。私たちは研究開発費を超党派の支持で得ることができると思う。気候変動対策は長期投資なので、進んでは止まるということではなく超党派で進めることが重要だ。若い共和党員はこの問題に関心を持っている。環境関連の技術革新が雇用と起業を生み出す利点もある。この問題では現実的になり、党派的になるべきではない」
次世代原子炉など、5年後めどに成果
――電気自動車の電池など、新技術への投資を進めています。
「蓄電池は2種類ある。1つは電気自動車や輸送用で、もう1つは(送電網内に電力を備蓄する)グリッドストレージ用の電池だ。グリッドストレージははるかに難しく、それができるかどうかわからないが、多くの電池をつくる企業に資金を出している」
「最近株式公開したクアンタムスケープは、航続距離を今のリチウムイオン電池の約2倍に延ばす優れたカーバッテリーを開発している。今後10年間で、急速充電と航続距離の延長と低コスト化でグリーンプレミアムはゼロになる。私たちが出資するベンチャーキャピタルの『ブレークスルー・エナジー・ベンチャーズ』は、マルタやクイドネットなど蓄電・蓄熱技術を持つ企業に投資している」
「温暖化対策にはあらゆる可能性を追求する必要がある。電力をすべてグリーンにするには、現在我々が使っているグリーン電力量の2倍半が必要になる。乗用車やビルの暖房、多くの産業のプロセスのエネルギーをグリーン電力にすれば、必要量は膨大になる」
「先進国は過去10年間発電容量を増やしてきていない。最大のグリーン電力の水力発電は、ほとんどの国では立地の問題で増やせない。原子力は非常に安全になり得るが、それを皆にわかってもらうのが難しい。現在開発を進めている蓄電池、次世代原子炉、核融合炉の3つで、これまでと劇的に違うものが必要かもしれない。今から5年後には、これらがどれぐらいうまく機能するかを示したい」
SNS上の陰謀論に懸念
――ネット上では新型コロナウイルスをめぐる陰謀論や地球温暖化をめぐる偽情報が横行しています。コロナワクチンで、あなた自身が陰謀を企てているという話も流れています。
「私は2010年に地球温暖化問題について、15年に感染症問題について講演したが、私が陰謀論の標的になるとは考えもしなかった。こうした偽情報で、人々がマスクをするのをやめたり、ワクチン接種を躊躇(ちゅうちょ)したりするのは残念なことだ。ワクチン接種率を80%に上げたいところだが、こうした情報に惑わされると強い集団免疫が得られなくなる」
「人々が、バカな陰謀論より真実に興味を持つようにしなければならない。我々は偽情報に人々が興味をもつというSNS(交流サイト)現象について、ややナイーブだったのかもしれない。『ビル・ゲイツがワクチンを使って、マイクロチップを人々に埋め込もうとしている』などという話が、一体どこから出たのだろうか」
Bill Gates 米ハーバード大学在学中の1975年に友人のポール・アレン氏とマイクロソフトを創業。 基本ソフト「ウィンドウズ」を開発し、1人が1台パソコンを持つネット社会を築いた。2000年に最高経営責任者(CEO)を退き、メリンダ夫人とビル&メリンダ・ゲイツ財団を創設。08年からはフルタイムで医療や貧困対策など国際的な慈善事業に取り組む。
〈聞き手から〉国家を超える課題、解決に意欲
ゲイツ氏とのインタビューは温暖化対策を訴える著書出版にあわせ、日本経済新聞などアジアの複数メディアを対象にオンラインで実施した。
起業家らしく地球温暖化問題でも、技術革新を通じた打開を目指す。その中核は環境に優しいバイオ燃料と通常燃料の価格差などを示すグリーンプレミアムの引き下げだ。技術革新を通じてこの価格差を限りなくゼロに近づけるのが目標という。
慈善事業のためプライベートジェットで世界を飛び回るゲイツ氏。その飛行機にはバイオ燃料を使い、電気自動車に乗り、自らの炭素排出量を超す排出削減に貢献する生活を心がける。
米アマゾン・ドット・コムのジェフ・ベゾス氏やソフトバンクの孫正義会長らとともに出資するベンチャーキャピタルは、多くの新エネ関連のスタートアップ企業に投資する。
新型コロナ対策でも、途上国へのワクチン供給を支援する国際的枠組みを機能させるために、各国首脳に直接呼びかける。かつてのIT業界の巨人は、今や一国の政府をも上回る力を持つ慈善事業の巨人になった。
ゲイツ氏がインタビューで懸念を示したのが、新型コロナや地球温暖化をめぐる偽情報や陰謀論の氾濫だ。ゲイツ氏までが標的にされた舞台はネット空間のSNSだ。20世紀末に自身が開発したパソコン用基本ソフト「ウィンドウズ」で世界を制覇し、ネット社会の扉を開いたゲイツ氏。その社会が進化した先のこの現象には、同氏も戸惑いを隠せないようだった。