Financial Times

 

民主社会を破壊する陰謀論、抑え込み急務に

 

By John Thornhill

 

人類初の月面着陸を成功させたアポロ11号の乗員、バズ・オルドリン氏が2002年、月面着陸はねつ造だったと主張する陰謀論者に対してとった行動は、許されないが理解できるものだった。オルドリン氏はその陰謀論者の顔にパンチを見舞ったのだ。

 

陰謀論がもたらす弊害は大きい(6日、連邦議会議事堂に乱入したトランプ大統領支持の陰謀論者ら)=AP

 

暴力に訴えるのはほめられたことではないが、陰謀論を信じ込み、自分の考えを否定する証拠を一切受け入れない偏執的な人々と議論すること以上にうんざりすることは人生にあまりない。こうした陰謀論者は無害な変わり者だとして一蹴する方が楽かもしれない。ただ、それは多くの場合、過ちにつながる。

新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)や6日に起きた暴徒集団による米連邦議会議事堂への乱入事件で明らかになったように、陰謀論は現実の世界に浸潤し、致命的な害悪を及ぼすことがある。例えばワクチン反対運動の影響で一定数以上の人々がワクチンを接種しないと決めれば、パンデミックへの対応にも支障が出る。

多数の有権者が公式に認定された選挙結果を受け入れることを拒否すれば、民主主義体制は持ちこたえられない。我々は根拠のない陰謀論について、誤っていることを示す必要がある。では、どのような方法で進めるべきだろうか。

第一に認識すべきなのは、真偽を疑う姿勢は正しいものであり、物事を批判的に精査することは極めて大事であるということだ。政府や企業は実際、陰謀を企てて悪事に手を染めることがある。権力を握る機関や人物はその責任を効果的に問われなければならない。米政権が03年、存在していなかった大量破壊兵器の除去を大義名分としてイラク戦争を主導したのはその好例だ。

次に、専門家の重要性を再び強調するとともに、専門家の意見には時として幅があることを受け入れることだ。社会は医療や気候変動など多くの分野において、専門家の意見に基づいて判断を下さねばならない。そうしなければ議論をする意味がなくなる。

英国で16年に欧州連合(EU)への残留の是非を問う国民投票が実施されるのを前に、離脱派のゴーブ司法相(当時)が英国民は「専門家(の話)にうんざりしている」と発言したのは有名な話だが、同氏のように専門家の意見を排除すると合理的な社会の基礎を損なうことになる。それは無資格のパイロットが操縦する飛行機に搭乗するようなものだ。まともな人は誰も乗らないだろう。

極端なケースでは、特定の陰謀論があまりにも有害なため取り締まりが必要との社会的合意が形成される場合もある。ドイツでは、第2次世界大戦中のホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)を否定するのは犯罪だ。こうした内容が投稿されてから24時間以内に削除しないソーシャルメディアのプラットフォームには罰金が科される。

スウェーデンでは、偽情報問題と戦うための国家機関を設立することさえ決めた。英オックスフォード大インターネット研究所が13日に発表した論文によると、プログラミングを使って偽情報を自動的に発信する「コンピューター・プロパガンダ」はすでに世界81カ国に広がっているという。

陰謀論に関する著書がある英ウォーリック大学のカシム・カサム教授は、陰謀論は政治的なプロパガンダ(宣伝)として理解するのが最も適切だと指摘する。カサム氏によると、陰謀論の多くは明示的であれ潜在的であれ、特定の思想上の目標を持っている。

そうした例としては、銃規制反対や反ユダヤ主義、連邦政府への敵意などが挙げられる。陰謀論者にとって重要なのは、自分の理論が真実かどうかではなく、人々を引きつけられるかどうかだ。このため陰謀論もプロパガンダと同様、広まる勢いが強ければ強いほど、徹底的に抑え込む必要がある。

いわんや陰謀論を声高に叫んでいるのが米大統領のような権力者であれば、さらに面倒な問題になる。米ツイッターと米フェイスブックは賛否両論が巻き起こる中でトランプ米大統領のアカウントを凍結した。だが、カサム氏は「トランプ氏は偽情報の巨大工場だ。彼をプラットフォームから締め出すことで、供給サイドを抑え込める。だが需要サイドにも手を打つ必要がある」と語る。

その面で、学校や大学は生徒や学生が事実と架空の話をしっかりと区別できるよう、さらに教育的な後押しをすべきだ。行動科学の専門家によると陰謀論の抑え込みにあたっては、すでに信じてしまっている人にその誤りを理解してもらうより、最初から即座にそれを却下する能力を人々に身につけてもらう方が効果的だという。

とはいえ、誤りを理解してもらう取り組みにも意味はある。情報の真偽を確かめるファクトチェックのインターネットサイトは19年時点で60カ国以上に188も存在している。こうしたサイトの活動を通じて議論の場に正しい事実が浸透していけば、陰謀論を心から信じる人々は説得できないとしても、陰謀論に興味を持っただけの人々には良い影響を与えるだろう。

ソーシャルメディアのプラットフォームも、世論の圧力の高まりを受けて有害なコンテンツを除去する取り組みを強めている。新型コロナウイルス関連の情報であれば医療関係団体など、利用者を信頼性の高い情報源へ誘導するようにもなりつつある。

一部には、過激な陰謀論グループに「認識論的潜入」と呼ばれる工作活動を実施すべきだと主張する向きもある。政府の工作員がグループのオンラインチャットルームに入り込み、陰謀論をつぶす手法だ。しかしこうした取り組みは中国では効果をあげるかもしれないが、西側の民主主義国家ではかえって新たな陰謀論の噴出を招き、裏目に出る可能性が高い。

突き詰めれば、そもそも理性的な判断に基づいて信じたのではない人々の考え方を理性的な説得によって改めさせることは不可能だ。だが、我々は非合理的で有害な陰謀論から利益を得ている者を罰することができるし、そうしなければならない。陰謀論を吹聴し、それを自分のために利用する政治家に対抗するための実証済みの手段が我々にはある。選挙で落選させることだ。

 

 

 

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