時論・創論・複眼

 

緊急事態 脱するために

 

舘田一博氏/菊地唯夫氏/武田洋子氏

 

新型コロナウイルスの感染者数が急増し、政府は11都府県に緊急事態宣言を発令した。昨年の教訓は生かされているのか。感染を効果的に抑えて医療の逼迫を解消し、かつ飲食業など産業や経済への打撃を最小限にとどめるにはどうすべきか。専門分野の異なる3人に聞いた。

 

 

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■患者の受け入れ公開を 東邦大学教授 舘田一博氏

 

たてだ・かずひろ 長崎大医学部卒、2011年から現職。日本感染症学会理事長。政府の基本的対処方針等諮問委や新型コロナ感染症対策分科会、厚労省助言機関の委員。

 

現在の新型コロナの流行状況は昨年4月の第1波の時と全然違う。1日あたり新規感染者数は10倍以上だ。これだけの規模とスピードで増えるとは予想していなかった。重症者数も比率は低いものの、当時を上回るところまできており、医療現場は逼迫している。見通しが甘かったと言われれば、そうかもしれない。

コロナ患者のための病床数は数字上は増え、死ぬ思いでやればもっと受け入れられるかもしれないが人手が足りない。患者が集中する感染症指定医療機関では皆必死だ。一方、それ以外の病院はあまり受け入れていないところもあり逼迫度合いに差がある。

厚生労働省アドバイザリーボードの指摘を受け、田村憲久厚生労働相が民間医療機関などの活用のため追加的な財政支援に動いた。それでも逃げ腰の病院は多い。第1波で受け入れた病院が経営に大きなダメージを受けたのを知っているので、手を挙げない。大病院でも、現場が受け入れようとしても経営陣が「そんなことをしたら潰れる」と反対するケースがある。

病院がすくみ合っている状態を解消する一つの方法は、どこがどれだけコロナ患者を受け入れているか公表することだろう。「あそこは大学病院なのに拒否しているのか」などと言われれば印象が悪い。プレッシャーを感じて受け入れに動き、負担の偏りを減らすのに役立つだろう。

実態を「見える化」し、バランスを考えて患者をうまく振り分ける。これができるかどうかは、知事の腕の見せどころだ。ただ、本当に病院が潰れては元も子もない。感染症を熟知した医療者がいないのに無理やり患者を送り込めば院内感染が起きて、医療を担えなくなる。

地域の拠点病院に感染症科を置き、感染症専門医が知事や保健所とも連携して、受け入れ調整などに際してリーダー役を果たせるようにするとよい。診療報酬上の感染防止対策加算をうまく活用し、感染症科の整備や、基幹病院と中小の病院、さらに介護施設をつなぐネットワークづくりを進める必要がある。

危機管理の観点から、最悪の事態に備えて、知事が医師や看護師を強制的に動員できる権限を明確化するのも一つの考えだ。だが、そうならずに済むように、まず地域の医療機関どうしが連携する仕組みをつくることが大切だ。

今後、新規感染者数などの指標が爆発的な感染拡大を示す現在の「ステージ4」から、感染者の急増に相当する「同3」になれば、緊急事態を解除したいとする政府の考え方は理解できる。だが、重症者はしばらく増え続けるので、医療現場はそんなにすぐには落ち着かない。

第1波の時は解除後に、くすぶっていたウイルスが増えて次の波につながった。その反省から、ステージ3で解除したとしても特定の地域や業種に絞って行動制限などを続け、検査を徹底してウイルスを追い込む必要がある。新型コロナが現れてから1年が過ぎ、かなりのことがわかってきた。この冬を乗り越えられれば希望が見えてくる。

 

 

 

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■「飲食業」の再定義必要 ロイヤルホールディングス会長 菊地唯夫氏

 

きくち・ただお 1988年早大卒、日本債券信用銀行(当時)へ。2004年ロイヤル(現ロイヤルホールディングス)入社。10年社長、16年会長兼CEO、19年から現職。

 

午後8時までの営業時間短縮はこれまでの午後10時までとは影響が全く異なる。食事を早めに切り上げようではなく、多くの人が夜に食事に行くのをためらうようになる。非常に厳しいが世の注目が集まるなか、時短要請に従う以外、選択肢はなかった。今の感染の広がりからすれば、やむを得ないと考えなければならない。

政府は「東京で6割を占める経路不明の感染の原因の多くは飲食が原因であると指摘されている」との見解を示しているが、納得感が持てない人もたくさんいる。根拠を丁寧に説明してもらえたら、より納得感が持てる。我々は株主や従業員への説明責任も問われているのだ。

前回の緊急事態宣言時と今回とでは街の空気が全然違う。飲食店が主たる原因で「外食さえしなければ、移動しても大丈夫」と捉えられていないか心配だ。感染拡大を防げなければ長期化のリスクが生じる。宅配・冷凍食品の販売などできる限りの武器を使う。冷食はスーパーや他の飲食店に卸すこともあり得る。

協力金については、1日の売り上げが2000万円の店舗と300万円の店舗がなぜ一律6万円なのかという議論がある。大企業は自治体の判断でなかなかもらえない立場にある。みなが公平だと感じ納得感を得るのは難しい。だが雇用の維持が目標ならば、前年度の売り上げ対比にすれば、もう少しフェアな形に近づいたのではないか。

大企業は体力があり雇用を維持できると思われているがそんなことはない。我が社も自己資本の約半分が昨年に吹き飛んだ。もう内部留保や金融支援で雇用を守れる段階を超えようとしている。

すでに早期希望退職者を募集した。冬に「第3波」が来ることを想定し、早めに判断した。スーパーに再就職支援をお願いしたところ、食のノウハウを持っているロイヤルの社員ならばと、積極的に協力してくれている。

ただコロナの長期化を考えれば今後は人材のシェアリングの仕組みを地方単位でつくる必要がある。一定期間スーパーで働いてもらい、通常の状態に戻れば元に戻っていただく。人材だけでなく、家賃にもシェアリングの概念を取り入れたい。その一つがキッチンを複数の事業者が利用するクラウドキッチンだ。

飲食店は、家賃や人件費など高い固定費に基づいたビジネスモデルだった。コロナで売り上げが激減し、その問題が露呈した。固定費をシェアを通じて変動費化させていけば、新しいビジネスモデルも生まれる。お客様に来てもらって初めて成り立つ飲食業が再定義される。

飲食をはじめサービス産業の本質的な課題である「サービスの提供と消費の同時性」もコロナをきっかけに解消に向かっている。来店したが満席で座れない、注文したが売り切れ。全て「仕方がない」で片付けてきた。効率性の向上は限界だった。だがスマホによる席の確保や宅配の事前予約が広がり対応できるようになった。サービス産業の歴史的な転換点となるだろう。

 

 

 

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■困窮者支援で分断避けよ 三菱総合研究所政策・経済センター長 武田洋子氏

 

たけだ・ようこ 1994年日本銀行入行、米ジョージタウン大公共政策大学院修士。2009年に三菱総合研究所に入所し17年から現職。20年からシンクタンク部門副部門長。

 

緊急事態宣言が11都府県に1カ月間発令された場合、経済損失は8400億円に及ぶと試算している。宣言が全国に広がって2カ月続けば、損失額は2.7兆円と国内総生産(GDP)比で0.5%に達する。医療崩壊を避けながら経済への影響を最小限にとどめるため、我慢のしどころだ。

感染防止も命の問題なら、経済の下支えも命の問題だと強調しておきたい。医療崩壊を抑えることが最優先課題である一方、経済的弱者が置かれている状況も深刻だ。昨春の宣言以降、非正規の若者や飲食・サービス業など賃金水準が低い人たちへのしわ寄せが大きくなっている。今回も営業時間の短縮要請により飲食店が危機にさらされ、移動の制限で地方の観光業も再び打撃を受ける。特定の産業に長期間ダメージを集中させてはいけない。

生活に困窮する人々には国の財政で集中的な支援をすべきだ。バブル崩壊後の就職氷河期世代のように、長いあいだ雇用機会を失う層を生み出してはならない。(2008年の)世界金融危機後の米国では構造的な失業者が生み出され、社会の分断を深めた。社会から取り残される人を作らないことが中長期的にみて重要となる。

時短営業に応じた飲食店への協力金だけでは不十分だという声もある。そこで飲食店などの現在の売り上げを確保しつつ、将来の需要を喚起する政策を提案したい。

たとえば大手予約サイトなどを通じ、感染が収まった半年先から使えるチケットを購入できるようにしたらどうか。この方策なら現在の会食や移動を促さないので感染拡大を生み出さない。飲食店の側は現在のキャッシュを得ながら将来の顧客に希望を持つことができる。

消費者が飲食店の将来を支える仕組みはクラウドファンディングなどを用いて実施されている。政府が関与すればアナウンス効果は大きいだろう。生活困窮者が存在する一方、マクロでは個人の貯蓄が1000兆円も積み上がっている。民間貯蓄を生かすことで財政負担を抑えることもできる。

今回の感染拡大を封じ込めたとしても、21年中は感染対策をきつくしたり緩めたりする状況が続くだろう。大切なのは大きな波を作り出さないこと。今回のような急拡大を作り出すと、それだけ経済へのダメージも大きくなる。

感染が一段落した局面では構造的な課題にも取り組みたい。コロナに対応できる病床の不足が問題となっているが、利用されている病床は全体の一部にすぎない。国と地方が連携して医療資源を分担できる体制を構築する必要がある。困窮者を集中支援するためにデジタル化を一層推進することも欠かせない。

コロナ収束後には世界中が新たな社会システムに移行していることも想定される。デジタル化や脱炭素の動きに日本だけが取り残される状況は避けなければならない。政府が技術革新を促す戦略的な投資を賢くしていく視点も忘れてはいけないだろう。

 

 

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<アンカー>長期戦前提の備え重要に

緊急事態宣言の対象に加えるよう求める府県が相次ぎ、政府は泥縄的な対応を迫られた。社会・経済活動の制約を極力避け短期集中的に新型コロナウイルスを抑え込むとしてきたが、対策は後手に回っている。医療がさらに逼迫し救えない命が増えるとの危機感が医療関係者の間で強い。

昨年4月の緊急事態宣言の際にも病床や人材の確保が急務とされたが、改善は進まなかった。米欧に比べ傷が浅かったことで、政府や自治体だけでなく国民にも油断があったのではないか。

飲食・観光業や地域経済は深く傷つき、生活に困る人も増えている。政府の迅速な支援が重要だが、当座の危機を乗り越えても流行は再度起きうる。ワクチン接種が始まってもウイルスとの共存はしばらく続く。長期戦を前提に体制を立て直さなければならない。

 

 

 

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