<展望 2021>

 

コロナワクチン 開発速く

 

 

パンデミック収束へ期待

 

 

 

ワクチンの開発には一般的に3〜5年かかるが、新型コロナでは短期間での開発を見込む=ロイター

 

新型コロナウイルスに対する予防ワクチンが実用化し、英国や米国で大規模な接種が始まった。「メッセンジャーRNA(mRNA)」を使ったワクチン、回復者の免疫を模した抗体医薬など様々な技術開発が進み、感染症領域の技術革新は百花繚乱(りょうらん)だ。異例のスピードで進む対コロナの医薬品開発に世界の期待が集まる。

世界保健機関(WHO)が新型コロナによるパンデミック(世界的流行)を宣言したのは2020年3月。ワクチン開発には通常3〜5年かかるといわれるが、今回は1年以内という短期間で開発できた。原動力となったのが「mRNA」「ウイルスベクター」「DNA」といった様々な新技術を使ったワクチンだ。

一般的なワクチンは鶏卵など動物細胞を使ってウイルスを増やす。ウイルスの毒性を弱めたり、完全に不活化したりすることで人への病原性を最小限に抑え、免疫にウイルスの特徴を覚えさせる。長年使われてきた手法で安全性も有効性も高い。

 

 

しかし今回はこの概念が一変した。世界でいち早く実用化した米ファイザーや米モデルナなどのmRNAワクチンが代表例だ。DNAやRNAといった核酸を用いるため核酸ワクチンとも呼ばれる。人体が核酸を使ってたんぱく質を作る仕組みを利用し、人工的に新型コロナのたんぱく質を体内で作り出す。

ウイルスを使わず短期間で製造できるのが特徴で、最短1〜2カ月で最適なmRNAを合成できる。半年〜1年近くかかる従来のワクチンより格段に早い。今回の臨床試験(治験)で証明された有効率は90%超。初期データだが、既存ワクチンを大きく上回る効果を証明した。大規模接種で早期に集団免疫を獲得できる可能性に期待が高まる。

核酸を使ったワクチンではDNAに働きかけてたんぱく質を作らせるタイプを米イノビオ・ファーマシューティカルズ、日本のバイオ企業のアンジェスなどが開発を進めている。これまで人で使われた実績のないワクチンだが幅広い感染症への応用が期待される。

ウイルスベクターワクチンと呼ぶタイプも期待を集めている。全く別のウイルスに新型コロナなど標的となる感染症の遺伝子情報を搭載する新世代ワクチンだ。培養が容易で病原性も弱いウイルスを活用し1〜2カ月で製造を始められる。しかも実際にウイルスに感染するため、より自然な形で強い免疫反応を引き出すことができるといわれる。

近年、エボラ出血熱ワクチンとして実用化されたばかりのワクチンだが、新型コロナでも有効として、英アストラゼネカとオックスフォード大が全世界への普及を目指している。ロシアが20年8月に治験中にもかかわらず緊急承認したワクチンもこのタイプだ。

こうした新技術は安全性や有効性を確認し実用化するまでに10年近くかかる例もある。だが世界的な危機なら、素早く商業化できる可能性がある。各国・各企業が実用化を急ぐのはコロナ後の世界の競争を見越しているからだ。

日本にはファイザー製が6月までに1億2000万回分(2回接種で6000万人分)、モデルナ製が6月までに4000万回分(同2000万人分)が届く予定だ。英アストラゼネカのワクチンも今春から計1億2000万回分(同6000万人分)供給される予定で、うち3000万回分(1500万人分)は1〜3月中に届くとされる。政府は最短で2月下旬の接種開始を目標としている。

アンジェスも最終段階の治験を進めており3月には結果が出る予定だ。100万人分の供給体制を整えている。うまくいけば7月開催予定の東京五輪までに計約1億人分は確保できる見通し。医療従事者や高齢者が優先されるが、日本ではワクチン接種費用を国が全額負担するとされ、少なくとも東京五輪までには希望すれば大多数の人が無料でワクチンを接種できそうだ。

技術革新が進むのはワクチンだけではない。注目を集めているのが抗体医薬だ。現在、新型コロナ治療に使用している薬はエボラ出血熱向けに開発された「レムデシビル」、抗炎症剤として使われている「デキサメタゾン」など既存薬の転用が多い。

米リジェネロン・ファーマシューティカルズと米イーライ・リリーが開発した抗体医薬は、新型コロナ向けに一から開発した新薬だ。感染から回復した人の血液内にある「中和抗体」を分析し、新型コロナウイルスに結合する抗体医薬を創製した。従来はコスト面で感染症治療に向かないとされた抗体医薬だが、コロナ克服への期待が高まる。

新技術の登場と実用化でパンデミックは収束に向かうのか。21年は人類と感染症の戦いの勝敗を占う年となりそうだ。

 

 

 

■データ活用 ウイルスに対抗

新型コロナウイルス感染症の流行を受け、国内では感染者の診療データを集めたりウイルスのゲノム(全遺伝情報)を解析したりする複数の取り組みが進む。感染防止対策を科学的に裏付け、治療や医薬品開発に役立てる狙いだ。様々な研究チームによる分析結果を総合的に生かすことが大切だ。

新型コロナの感染者の症状や重症度は多様だ。流行対策や治療法の開発には、新型コロナの感染の特徴や重症化の仕組みの理解が欠かせない。全国の流行地域からなるべく多くの情報を集めて分析する必要がある。

国立感染症研究所の鈴木忠樹・感染病理部長は「違う視点を持つ専門家の連携が不可欠だ」と指摘する。鈴木部長らは国内1例目の感染確認に使われた検査法の開発などを担った。その後の感染拡大を受け、疫学、免疫なども対象に研究を始めた。

慶応義塾大学や東京医科歯科大学などの研究チームは新型コロナ感染者の重症化の遺伝的要因を調べるプロジェクトを進める。新型コロナは当初、欧米に比べ日本など東アジアの国々では人口当たりの死亡者数が少ないことが注目を集めた。

チームは日本人の遺伝情報から謎の多い新型コロナ感染症に迫りたい考えだ。将来は遺伝子検査をすることで、重症化しやすい人を判別し、早めに対処できる可能性もある。

横浜市立大学の山中竹春教授らは新型コロナ感染症から回復した376人の血液を調べ、体内で再度の感染を防ぐ作用を持つ「中和抗体」が、半年後も98%の人で残っていたことを突き止めた。少なくとも半年間は再感染のリスクを低減でき、感染拡大を防げる可能性を示した成果だ。1年後も抗体が残っているかも調べる計画だ。

新型コロナを理解するにはウイルスのゲノム解析も欠かせない。感染研は国立国際医療研究センターなどと協力し、ウイルスとそのウイルスに感染した患者のゲノムや診療情報を合わせた詳細な解析を始める予定だ。

医療現場の負担を抑えつつ、様々なデータを集約する仕組みを作って幅広く活用することが、コロナに打ち勝つために必要だ。

 

 

▼集団免疫 

病原体に対する免疫(防御抗体)を持つ人が一定割合になると、その感染症が広がりにくくなる考え方で、もともとは「麻疹(はしか)」の自然発生の流行の落ち着き方から見いだされた。「空気感染」「飛沫感染」「体液感染」など病原体の特性と感染経路によって集団免疫の獲得に必要な数字は異なるが、飛沫感染で広がる新型コロナウイルスは集団免疫を獲得するのに人口の6〜7割の人が感染する必要があるとされている。
免疫を獲得するには自然感染とワクチン接種の2つの方法がある。自然感染の場合、外界と交流のない隔離された地域をのぞき、集団免疫成立まで長い時間がかかるとされる。一方、ワクチンの大規模接種を全世界で進めることができれば短期間で集団免疫を獲得できる可能性がある。

 

 

 

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