第4の革命 カーボンゼロ
ゼロを実現するには、今ある技術だけでは不可能だ。
3段階で道筋を探ってみる
2050年に「カーボンゼロ」を実現するには、多くの新技術が必要だ。
温暖化ガス排出量や気候の「観測」、CO2を出さない「エネルギー」。「家庭」や「交通」「産業」は、クリーンなエネルギーを効率的に使わなければならない。やむなく排出する温暖化ガスは「回収」する。2050年までの30年間で、6つの技術を3段階で実用化していく戦略が重要になる。
主な技術候補と実用化の見通し
観測
高性能レーダーでゲリラ豪雨・線状降水帯を詳細にとらえる
家庭
冷凍せずに生鮮食品の鮮度と品質を保つ
交通
1人用のコンパクトな電動乗り物で20km程度走行できる
Step1、2030年ごろの世界
いまある技術をフル活用
再生エネや省エネの手法を増やす
2030年代前半は既に手にした技術を使い尽くす時期だ。太陽光や風力など再生可能エネルギーの活用機会を増やし、自動車など移動・輸送は電動化を進める。社会の電化によって電力需要は大きく増えるので、省エネルギーを徹底して社会全体のエネルギー効率を上げる取り組みが大切だ。
「電化社会」に転換するには
インフラづくりを早く始める必要がある
化石燃料が前提の今の社会をつくり変えるには、コストと時間がかかる。電気自動車の充電ステーション整備や、天候次第で発電量が変わる再生エネを蓄える仕組みづくりなどに早めに取りかかる必要がある。
観測
各国の二酸化炭素排出量を評価するシステム
観測
気象と災害リスクを地域別、時間別に細かく予測する
家庭
人工知能(AI)などを用いて暑さを監視・警報する
家庭
3Dプリンターで人工肉などから食品を自在につくる
交通
交差点や駐車場で非接触で充電したり、水素を安全に供給したりできる
回収
化石燃料の発電で発生するCO2を回収する
家庭
コミュニティー内や個人間で電力を取引する
家庭
鉄筋コンクリートに代わる中高層の木造建築物の設計
交通
走行中でも電気自動車を充電できる
交通
商船が無人で航行できる
エネルギー
中低温の地熱でも利用できる技術(5メガワット級)
エネルギー
太陽光や風力発電の余剰電力で水素を製造する
家庭の電気は太陽電池で自家製
ご近所とシェアできる
多くの家庭に太陽電池が普及し、快晴の日に使い切れなかった電気は各家庭の蓄電池にためておく。蓄電池は外部とつながり、家庭同士や個人間で電力を融通して地域全体で電気を使いこなす。オフィス街のビルも屋上や壁に太陽電池を設置するのが当たり前になる。ビルの多くは断熱性能を極めた「ゼロエネルギービル」になる。冷暖房にほとんど頼らずに仕事ができる。
家庭
新規建築の30%以上をゼロエネルギー仕様にする
交通
交換が不要で低コストの電気自動車用の蓄電池
エネルギー
50メガワット級の浮体式の洋上風力発電
エネルギー
太陽熱を使って水素を製造する
エネルギー
1回の充電で500キロメートルの走行が可能な電気自動車用蓄電池
産業
高温高圧が必要なハーバー・ボッシュ法に代わるアンモニア製造法
産業
電力や動力に使う高効率な省エネ半導体
産業
環境負荷の少ない精錬技術
交通
都市部で空飛ぶ車が人を運ぶ
エネルギー
系統連系を安定させる低コストのメガワット級蓄電池
エネルギー
水素を使う大型ガスタービン発電
エネルギー
燃料電池の貴金属の使用量を10分の1以下にする
産業
安定供給が可能な長期の水素貯蔵技術
回収
バイオ技術で開発した作物を砂漠でも収穫できるようになる
回収
CO2や廃棄物を再利用して材料をつくる
エネルギー
波や潮流、海水の温度差を使って発電する(10メガワット級以上)
エネルギー
アンモニアを使うエネルギーシステム
エネルギー
高層の風を使って発電する
Step2、 2035年ごろの世界
技術の潜在力を伸ばす
CO2をたくさん吸収する植物を育てる
バイオテクノロジーや化学合成、再生エネなど技術の潜在力を伸ばす。やむを得ず排出したCO2を大気中から隔離し、再利用する技術への挑戦が始まる。バイオテクノロジーで光合成の能力を飛躍的に高めた植物が生まれる。大気中から大量のCO2を吸収し、植物の体にため込む。大気中から分離したCO2をもとに燃料や化学原料を製造する技術も現れる。火力発電所では、CO2を外に出さない設備の併設が当たり前になる。
開発手法にも革命が必要だ
AIなどコンピューター能力を活用する
新技術の実用化は気の遠くなるような時間がかかる。太陽電池の場合、発明から石炭火力の発電コストを下回るまでに70年近くかかった。普及までの期間をいかに短縮できるかが「50年ゼロ」の目標達成を左右する。鍵を握るのが、コンピューターの進歩がもたらす計算力だ。人工知能(AI)やシミュレーション(模擬実験)を使い、人知を超えた発明につなげる戦略が欠かせない。
産業
燃料電池車に使う水素を大量にためる材料
回収
光合成の能力を飛躍的に高めた植物でCO2を大量に固定する
産業
膜を使ってCO2を出さずに石炭から水素を製造する
観測
世界の平均気温上昇を高精度で推定する
エネルギー
光から電気をつくる変換効率が50%を超える太陽電池
再生可能エネルギーは性能アップを追究する
再生可能エネルギーは性能アップを追究する
太陽電池は、光を電気に変える効率を大幅に引き上げる。高層の風を生かす風力発電や、潮の流れでプロペラを回す潮流発電などの実用化も期待される。電気でまかなえない動力源は、水素エネルギーに切り替える準備が必要だ。
産業
超電導を使って電力を貯蔵する
産業
人工光合成でCO2から燃料や化学原料を20%以上の効率でつくる
回収
大気中のCO2と再生可能エネルギーで作った水素から燃料を製造する
交通
化石燃料を使わない航空機
Step3、2040年ごろの世界
未踏の革新的技術に挑む
宇宙発電や核融合を実現する
「50年ゼロ」達成のハードルは高く、新しい技術の可能性にかける必要も出てくる。再生可能エネルギーが広く普及しても、新たなエネルギーを人類は渇望し続けるだろう。宇宙から電力を送る「宇宙太陽光発電」や、太陽の反応を地上で再現する「核融合発電」の実現が目標になる。
夢の技術を実用化するには
基礎研究の国際協力などが必要だ
空想科学(SF)小説に出てくるような技術だからといって、最初から実現しないと決めつけるわけにはいかない。長期にわたる基礎研究が必要で、息の長い支援が求められる。多くの技術は、一国の資金や技術力ではまかなえないだろう。基幹技術は国際協調で育て、応用段階で各国の競争に委ねるのも一案だ。
宇宙空間で発電して地球へ伝送
太陽光は安定した電力源に変わる
太陽光発電が天候によって発電量が大きく増減するというのは今は昔。この時期の太陽光発電は太陽の恵みを存分に活用できる。なぜなら、曇り空のない宇宙空間に巨大な太陽電池を浮かべ、太陽光を効率よく電気にかえて地上へ送るからだ。現在でも人工衛星は太陽電池で電気をつくる。電気を無線で伝送する技術はスマートフォンを置くだけで充電できるシステムがすでにある。こうした技術を組み合わせれば、宇宙で太陽光発電し、その電気を無線で地上の基地に送ることが可能になる。電気は空から降ってくる。
エネルギー
プラントの寿命が80年で立地条件を選ばない次世代軽水炉
エネルギー
事故時の安全性を高めた小型原子炉
エネルギー
宇宙空間で太陽光発電した電気を地上に送る
エネルギー
太陽の反応を地上で再現する核融合発電
文部科学省科学技術・学術政策研究所の資料をもとに作成
技術革新はイノベーションの連鎖を起こし、社会を大きく変える。蒸気機関の発明は人類に動力をもたらし、工業化社会の扉を開いた。内燃機関の誕生は車や飛行機を通じて人類の行動範囲を広げ、コミュニケーション革命がデジタル社会の端緒となった。むろん技術があるだけではイノベーションは生まれない。より良い社会でありたいと願う人々の思いが変革につながってきた。
地球温暖化の脅威が変えるのは、気候だけではない。異常気象は国や企業、個人のこれまでの価値観を揺るがし、今では「温暖化防止に役立つか」が生き方の基準となった。数世紀後に振り返ったとき、今の時代が人類にとって歴史の転換期となっているのは明らかだ。かつてない技術革新にどう挑むのか。一人ひとりが意思を示し、自分たちなりの行動を起こしてこそ未来は開く。