<展望 2021>

 

高齢者の働き方 変わる節目に

 

70歳まで就労機会の措置 働き方改革

 

定年を延長した太陽生命保険で働く石田さんは「社会とのつながりが実感できる」と語る(20年12月、東京都中央区)

 2021年は高齢者の働き方が変わる節目の年となる。高年齢者雇用安定法の改正で、4月から企業は従業員が70歳まで働けるような措置をとる努力義務を負う。背景には少子化による労働力不足や社会保障財政の逼迫がある。長寿化が進むなか、人生の後半戦をどう生きるか、一人ひとりの価値観が問われる。

「65歳以降も働きたいですか」――。太陽生命保険は毎年実施する社員向けの現況調査で、20年に初めてこんな問いを設けた。17年4月に定年を60歳から65歳に延長し、さらに希望すれば70歳まで嘱託社員として継続雇用する制度を導入した。定年延長で働く60代社員などからの回答は約5割が「働きたい」だった。

その1人、法務コンプライアンス部の石田徹氏(62)は「経済的な安心だけでなく、仕事を続けることで社会とのつながりが実感できる」と理由を話す。まもなく60歳を迎えるIT企画部の青木のり子氏も「仕事を通じ新しい出会いがあることが健康につながる」と語る。

高年齢者雇用安定法では、企業に対し65歳までの雇用を確保するため「定年制の廃止」や「定年の引き上げ」、「継続雇用制度の導入」のいずれかの措置をとるよう義務付けている。厚生労働省が19年に従業員31人以上の企業約16万社を対象にした調査では99.8%の企業でいずれかの措置があった。

法改正により、これを70歳まで延ばすことが努力義務となる。さらに希望する高年齢者には70歳まで継続的に「業務委託契約を締結する」か「事業主などが実施する社会貢献事業に従事できる」制度を導入することも加わる。厚労省の19年の調査では、法改正に先んじて66歳以上も働ける制度をもうけた企業は31%、70歳以上も29%あり、前年からそれぞれ3ポイント増えた。20年もサントリーホールディングスなどが65歳以降も働ける制度を導入した。

法改正の背景には日本の労働力不足がある。国立社会保障・人口問題研究所の推計では、生産年齢人口(15〜64歳)は2050年に5275万人と15年と比べ約2400万人減り、反対に65歳以上の高齢化率は38%と11ポイント高まる。

表裏一体で、社会保障制度の維持も難しさが増す。年金や医療、介護など社会保障制度を通して国民に給付される全体額(社会保障給付費)は毎年過去最高を更新し、20年度(予算)は約127兆円に膨らむ。現役世代のみ負担を増やすのは限界にきている。

待ったなしに進む変化に、個人はどう対応すればいいのか。老後をどう生きるかは、個人それぞれの価値観による。数ある選択肢の中で長く働き続けることを選べば、経済的な面だけでもメリットが3つある。

1つめは当然だが、生涯賃金を増やせることだ。19年に話題となった「老後資金2000万円問題」では、無職の高齢者夫婦2人世帯(夫65歳以上、妻60歳以上)の家計(全国平均)をもとに、公的年金などのほか老後2000万円程度が必要になるとの試算が打ち出された。全世帯に当てはまるものではないが、もし65歳以降も働けば給与所得により不足分をまかなえることになる。

2つめが、会社勤務などにより最長70歳まで厚生年金への加入を続ければ将来受け取る老齢年金を積み増せる点だ。社会保険労務士の井戸美枝氏は「70歳まで働くのであれば、年金の受給開始年齢を66歳以降に遅らせる繰り下げも選択肢になる」と指摘する。1カ月繰り下げると0.7%増額され、70歳では65歳での受給開始と比べて42%増えた金額を終身で受け取れる。

3つめは勤務する会社の健康保険への加入も続けると、万一、病気やケガで働けなくなったときに傷病手当金がもらえる制度だ。給与の3分の2を最長1年半もらいながら復職を目指せる。

また、大企業の多くや公務員の健保・共済組合には医療費が高額になったときの負担を軽減する仕組みがある。いずれも働く高年齢者にとっては心強い。

70歳まで雇用を延長する制度を設けた太陽生命で働く青木のり子さん ただ、働く個人にとっては「いつまで働けばいいのか」との戸惑いがあることも事実だ。定年後研究所(東京・港)が40〜60代の会社員516人を対象にしたアンケート調査では、「70歳定年(雇用延長も含む)」について「困惑を感じる」(38%)、「歓迎できない」(19%)を合わせたアンチ歓迎派が57%と、「歓迎する」(43%)を上回った。

ニッセイ基礎研究所の金明中氏は、「やりがいをもって働き続けるためには、人事・賃金制度全体の見直しも必要だ」と指摘する。厚労省の調査では現行の65歳までの高年齢者雇用制度の8割近くが、60歳定年後の再雇用といった継続雇用制度。定年前と比べ賃金が3〜7割程度に下がり、働きがいを失う人も少なくない。

太陽生命では定年延長とともに57歳での役職定年を撤廃し、役職や給与が年齢を理由に変わらない制度に改めた。同社の石田氏は部長待遇に当たるコンプライアンス・オフィサーを57歳から続ける。新型コロナウイルスの感染拡大前は月約2回の国内出張も当たり前で、「社会での存在価値を変わらず感じられる」と話す。雇用年齢を単に引き上げるだけでなく、働く意欲につながる仕組み作りが不可欠といえる。

 

長く働きやすい制度 今後も拡充

年金も高年齢者雇用を後押しする制度改正が今後続く。2022年は公的年金の受給開始時期の選択肢が広がる。原則65歳開始だが、今は60〜70歳で選択でき、65歳より前に繰り上げると年金が1カ月ごとに0.5%減り、66歳以降に繰り下げると同0.7%増える。22年4月には選択期間が75歳まで広がり、繰り上げの減額率は同0.4%に縮小する。

働いている人の年金の一部や全額が支給されない在職老齢年金制度も見直される。現在、60〜64歳の在職老齢年金は、老齢厚生年金と賃金の月額合計が28万円を超えれば、賃金が増加した分の半分の年金が減額される。賃金が47万円を超えれば、さらに賃金の増加分だけ年金は減る。22年4月には支給停止の基準が28万円から47万円に上がる。年金と賃金の合計が47万円を超えると賃金の増加分の半分の年金が支給されず、従来より年金は減りにくくなる。

社会保険労務士の北村庄吾さんは「年金を減らさないように労働時間を調整している人は多い。基準額が上がれば、より働きやすくなる」と話す。この影響を受けるのは、65歳より前に支給される老齢厚生年金を22年4月以降に受給している人だ。厚生労働省は、年金の一部や全額が停止となる人が約37万人から約11万人に減ると試算する。

こうした改正を控え、注目されている考え方が「WPP」だ。「W」はできるだけ長く働く(Work longer)こと。企業年金や個人年金などの私的年金(Private pensions)を受け取ることで、終身給付の公的年金(Public pensions)の受給開始時期をなるべく遅らせるという考え方だ。

第一生命保険の団体年金事業部の谷内陽一課長は「退職から公的年金受給開始までの5年程度を私的年金で賄うと考えれば、自助努力で備える必要額が計算しやすい」と話す。私的年金も改正がある。22年から個人型確定拠出年金(イデコ)の加入上限年齢が60歳から65歳に、企業型確定拠出年金(DC)は65歳から70歳に引き上げられる。

受給開始時期を遅らせ、より多くの年金を確保したい場合は注意点もある。みずほ総合研究所の堀江奈保子主席研究員は「受給開始時期を繰り下げて年金を増額すると、社会保険料や税金が増えたり、医療費や介護費の負担の割合が上がったりする場合がある」と指摘する。

社会保険料などの負担が増えれば、繰り下げて増額した分の恩恵は目減りする。堀江氏は「健康状態や他の資産の状況なども含めて、無理のない範囲で受給時期を考えるといい」と話している。

 

高年齢者雇用安定法 

高年齢者雇用安定法は1986年に制定され、60歳定年が企業の努力義務となった。90年には希望者を対象に65歳まで継続雇用することが努力義務となり、98年には60歳以上の定年が義務化された。老齢厚生年金の支給開始年齢が段階的に65歳になるのと並行し、定年となる年齢も徐々に引き上げられてきた経緯がある。 現行の高年齢者雇用安定法は2012年に改正。それまでは65歳まで働く対象を限定することができたが、希望者全員が働けるように義務づけられた。 終身雇用や年功序列を前提とした制度が続くなか、60歳以降は嘱託社員などとして再雇用する制度を採用する企業が多い。一方で労働力不足の解消や生産性向上を目的に、正社員の立場を続ける「定年延長」を採用する動きも徐々に出ている。

 

 


 

 

やる気刺激「働きがい改革」

 

大手もジョブ型雇用導入

 

KDDIの社員と懇談する「ジョブ型1期生」の文谷さん


新型コロナウイルス禍でテレワークなどの多様で柔軟な働き方が普及した。2021年はそれを定着させる年となる。多くの企業で「ジョブ型雇用」の運用が始まり、生産性向上やイノベーションの果実を得るための挑戦が加速する。いかに個人のやる気を引き出す仕組みを作れるか。アフターコロナの「働きがい改革」が始動する。

21年からジョブ型雇用を本格導入するKDDI。4月入社の約270人の4割は「データサイエンス」や「法務」など、自身の専門性を生かせる部署への配属が確約されている。「入社後の仕事のイメージがクリアで全く不安はない」。「ジョブ型1期生」の一人、筑波大の文谷真由香さん(22)は目を輝かせる。

大学ではデザインを専攻。「総合職」には魅力を感じず、KDDIがアプリなどをデザインする職種を募集していることを知って飛びついた。入社に備えプログラミング言語の習得に余念がない。「自分が関わった製品が市場に出るのが待ち切れない」という。白岩徹執行役員は「若い世代ほどこれをやりたいという意思が明確。ジョブ型であれば優秀な才能を採りやすい」と話す。

日本では従来、職務内容を限定せずジョブローテーションを通じて幅広い業務を経験させる「メンバーシップ型雇用」が一般的だった。定年まで雇用は保障される一方、会社から命じられる異動や転勤は拒めない。大量生産の製造業などと親和性が高く、企業が柔軟な人材戦略を組めるメリットはあったが、働き手の主体性は損なわれ熱意を失う人も少なくなかった。

米リンクトインは20年2月、世界22カ国の3万人超の働き手に実施した意識調査の結果を発表した。人生の成功のために重要と考えることは世界では「一生懸命働くこと」(81%)や「変化を許容すること」(80%)、「人とのつながり」(76%)がトップ3を占めたが、日本では「一生懸命働くこと」(72%)に次いで「幸運」(66%)や「機会の均等」(62%)が多かった。仕事に求めるものとして「自分が好きなことができる」を挙げた人の比率も、世界平均の40%に対して日本は29%にとどまる。

産業のサービス化が進むなか、企業の競争力を左右するのは革新的な知識やアイデアだ。高い意欲を持つ専門人材なしに競争を勝ち抜けない。20年に日立製作所や富士通など日本を代表する企業がジョブ型雇用の本格導入を決めた背景には、メンバーシップ型雇用ではイノベーションが生まれないとの危機感がある。

三菱ケミカルホールディングス(HD)は21年から社内公募による人事異動を始める。第1弾として中核事業会社の約200のポストに自ら手を挙げた人材が充てられる。四半期ごとに公募が実施され、目指すキャリアを設計できるようになる。必要なポストに最適な人材を配置する「適所適材」への転換だ。

「小規模ですがやる気とアイデアを反映しやすいチームです」「世界中に商品を提供するダイナミックな仕事ができます」――。専用サイトでは各部署が優秀な人材を獲得するため、魅力的な求人内容でアピールする。会社と働き手の対等な関係がそこにある。「生産でも開発でもあらゆる仕事にプロフェッショナルが必要になる」と越智仁社長は強調する。

働き手の主体性や熱意を測る尺度として世界で注目を集めるのが「ワークエンゲージメント」だ。2000年代に欧州で確立した概念で「働きがい」と訳される。近年の働き方改革の主眼となってきたのは労働時間の短縮だが、今後日本に求められるのは「働きがい」の向上だ。

調査機関、米グレート・プレース・トゥー・ワークによれば、働きがいには「やりがい」と「働きやすさ」という2つの要素がある。「やりがい」を高めるのがジョブ型雇用であるとすれば、「働きやすさ」の改善のカギはテレワークだ。

労働時間管理が厳格で、デジタル化も遅れていた日本は永く「テレワーク後進国」だった。子供のいる女性や高齢者の労働参加の可能性を狭め、生産性を押し下げてきた。コロナ禍で普及したテレワークは働き手から時間と場所の制約を取り払い職場の多様性を高める。

キリンホールディングス(HD)は21年からオフィスでも在宅でもない「第三の働き場所」の活用を本格化する。全国200カ所に誰でも使えるシェアオフィスを確保した。狙いの一つは女性の働きやすさの向上だ。飲料事業会社の営業を担当する戎野歩さん(32)は20年に育休から復帰したばかり。息子を保育園に送った後、集中して仕事に打ち込めるシェアオフィスに期待する。「会社任せでなく仕事の時間も場所も自分で選び、成果を出す工夫が求められている」と感じる。

一方でテレワークの副作用も表面化している。米オラクルなどが20年7〜8月、11カ国の約1万2千人に実施した調査では、テレワークで生産性が上昇したと答えた人の割合は世界平均では41%だったが、日本は15%にとどまり11カ国中最低だった。

職務内容に限定がない日本では個々の働き手の目標設定は不明確。上司からの指示に依存する傾向が強く、コミュニケーションが希薄な在宅勤務になると何をやっていいか分からなくなる。

リクルートキャリアの藤井薫氏は「21年はテレワークに対応した『アサインマネジメント』の元年になる」と見る。上司が的確に部下に仕事を割り振り進捗を管理し、目標達成につなげるマネジメントの質の向上が求められる。目標設定が明確にできるジョブ型雇用の導入との組み合わせも効果的な選択肢だ。

働き方改革で労働時間の短縮は進んだ日本だが、限られた時間から付加価値を生み出す労働生産性はなお先進国で最低だ。少子高齢化に伴う労働力の減少も見据え、一人一人の働き手の働きがいと生産性を高める不断の努力が求められている。

 

 

DX対応 リスキリングに脚光

働き手のキャリアの自律性が求められるなか、注目を集めるのが学び直しを意味する「リスキリング」だ。

似た概念に「リカレント教育」があるが、リカレントが通常、キャリアを中断して大学などに入り直すことを意味するのに対して、リスキリングは仕事を続けながら自身のスキルを継続的にアップデートしていくことを指す。特にデジタルトランスフォーメーション(DX)の急速な進展に合わせた実践的な職業訓練を意味することが多い。

海外ではその重要性が広く認識されてきた。20年1月に世界経済フォーラム(WEF)がスイスで開いた年次総会(ダボス会議)では人工知能(AI)の普及など「第4次産業革命」に対応するためリスキリングの必要性が提言され、米セールスフォース・ドットコムや印インフォシスなども協力して、30年までに世界で10億人のリスキリングを支援するプログラムを立ち上げることが決まった。

テレワークの浸透などでリスキリングの重要性は一層高まる。マイクロソフトは20年6月、雇用支援策としてソフト開発やデータアナリストなど人気の高い10職種に就くためのオンライン講座の提供を始めると発表。グーグルもDX関連の教育コンテンツを無償配信している。

日本では若手社員向けの職場内訓練(OJT)が中心で、ベテラン社員への再教育の機会は少ない。国内総生産(GDP)に対する企業の人材育成投資の比率も主要国で最低だ。

多くの企業で、中年以降の働き手の能力開発は個人の自発的な努力に依存してきた。しかしWEFや米ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)の試算では、リスキリングに必要なコストは1人当たり約2万4千ドル(約250万円)に達し、企業の支援が必須だ。

DXが進展すれば自動化などを通じて世界で約8500万人分の仕事が消失する一方、約9700万人分の仕事が新たに生まれるとの試算もある。

経団連は20年11月に発表した新成長戦略に、DXに伴い社内で生まれる業務に人材を円滑に異動させるため、リスキリングが必要になるとの文言を盛り込んだ。日立製作所は20年から国内全従業員を対象に、データ分析のノウハウなどを習得するためのカリキュラム提供を始めている。

 

ジョブ型雇用 

あらかじめ職務内容や職責を規定した職務定義書(ジョブディスクリプション)を策定し成果に基づき評価する仕組み。欧米で一般的だ。マーサージャパンが20年8月に国内主要約240社を対象に実施した調査によれば、3〜5年後にジョブ型を導入する企業の比率は管理職(ラインマネージャー)で36%から56%に、非管理職(総合職)で25%から42%に高まる。
日本では勤続年数に応じて昇給する「年功型」が多数派だが、成果に基づき評価されるジョブ型では年功概念は否定される。同期入社でも給与格差が拡大する可能性が高い。ジョブ型が一般的な欧米では企業内で特定のジョブがなくなれば、雇用もなくなるケースが多い。成果と評価の結びつきを維持しつつ雇用を保障する「日本版ジョブ型」の在り方が模索されている。

 

 

 

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