経済教室
縦割り組織打破は対話から
若林直樹 京大教授
ポイント
○ サイロ化により共有や連携の阻害顕在化
○ 組織が分断されると心理面でも分断加速
○ 改革を自分事とする当事者意識形成が鍵
企業がデジタル化を進める際、組織の縦割り化によるデータの共有や連携面での障害が問題となる。縦割り組織とは、専門化が行き過ぎたり、部門間に壁が生まれたりして、連携ができなくなる組織病理である。これによりタコツボ化した「分断組織」が生まれる。しかし現在のコロナ禍における社内コミュニケーション低下は、縦割り化進行の懸念を増している。経営学でも近年、国際的に見直されている研究課題だ。
組織の内部で、特に担当する重役や上級管理職の間でコミュニケーションや相互調整がなされている企業は、業績によい影響がある。米オクラホマ大学助教のプラビン・ナス氏らは、米国の製造業を対象にした計量分析で、最高マーケティング責任者(CMO)だけではなく、技術開発、戦略、財務などの複数の最高責任者(CXO)が企業内の経営陣におり、相互の調整が行われるような場合には、企業価値が高まる傾向を指摘している。
ただ、コーチング会社のコーチ・エィによる日本の大手企業における経営者・管理職のネットワーク分析では、図のように執行役員、部長らは横にコミュニケーションをとらず、自分の所属部門とだけ多くとる分断傾向が見られた。
◇ ◇
2000年代以降、縦割り組織の問題については、組織内でバラバラな各部門の状況を牧場にある飼料貯蔵施設サイロに見立て、内部に入ると他と連携せず視野が狭くなる組織の「サイロ化」として議論される。社員はサイロ的な組織にはまると、自分の所属部門内部でしか交流せず、内部の常識でのみ物事を見て、全体の分裂を強める。
例えば英フィナンシャル・タイムズ編集者のジリアン・テット氏が紹介するように、リーマン・ショックの際、スイスのUBSも米国住宅債権証券化部門でのサイロ化が進み、最終的に巨額の負債を出した。部門ごとにリスク管理を行う一方、部門内部の目標を重視した成果主義的な人事管理を行ったためだ。
米ミズーリ大学名誉教授のマイケル・ダイヤモンド氏らは、縦割り組織における組織のサイロ化について心理学的な見方を提示し、新たな問題提起をした。組織の分断された部門(サイロ)は、所属する社員に仕事への関わり方を部門中心に考えるように制約するという。彼らは部門ごとに異なる認知構造や感情を持つようになる。そうした部門中心の狭い心理特性を発達させた結果として、組織内での分断を強化する。
米カリフォルニア大学助教のマーロ・ラビーンドラン氏も、サイロ化は社員の意思決定の焦点や普段の交流の範囲を、自分の属する部門内にだけ限定させる影響を与えるとする。さらにカナダのモントリオール商科大学名誉教授のアン・ラングリー氏らの議論によると、社員や部門の活動の中にはこうした組織の間の壁を積極的に構築、強化するものもあるとする。新たな技術や業務、経営手法の導入の際には、管理職や社員は、自分たちの部門や職務の業務を自己防衛するために組織の壁を意図的に作り出す。そして他部門と競争しながら、自己防衛の壁を強化する傾向もある。
縦割り組織の弊害が議論されるのと並行して、組織の内部や外部の壁に向き合い、その働きを制御する担当者とその活動についての関心が高まってきた。こうした担当者の活動を組織の「境界活動」と捉えて、分析が進んでいる。ラングリー氏らは、組織の境界活動の議論を整理して、先にあげた境界を守る活動もその一つだが、それ以外に境界を越えて協力関係を作る活動、境界をつくりかえる活動もあるとする。
協力関係を作る活動としては、部門の境界を越えて社員や部門、集団が協力や調整の関係を作りだし、それを維持する担当者の活動がある。具体的には、部門間のプロジェクトチームや調整の仕組み、協力の体制を指す。これらには部門や職務の境界を越えて協力関係を交渉する活動、実際の境界において協力関係を調整する活動、そして境界の働きを弱め、協力をしやすくする活動などがある。英リバプール大学教授のテリー・マクナルティ氏らは、企業統治の実態分析として、社外も含めた取締役間の連携に秘書チームの貢献が見られるとする。
さらに、部門間の壁をつくりかえる活動もある。これは、部門や組織の間の境界のあり方をある目的に従ってつくりかえるマネジャーやリーダーの活動である。ラングリー氏らは3類型をあげた。第1に、目的に応じて複数の部門や組織の活動の間で実験的なスペースを作り出すやり方である。部門横断型で異なる職能を持つ人材を集めたクロスファンクショナルチームがそうだ。第2に、目的に応じて境界の中と外との競争と協力の関係を切り替えながら調整する仕組みで、オープンソースのソフトウエア開発が例となる。そして第3に、境界を越えて、複数の部門や組織の活動を統合した仕組みである。
近年は、実際の経営改革でも境界活動のような部門や、組織間の壁を扱う担当者の活動の活性化が重視される。米ボストンコンサルティンググループのイブ・モリュー氏らは部門の壁を越えて組織を円滑に動かす仕組みとして6原則をあげる。(1)従業員行動を理解し(2)協働のキーパーソンを見いだし(3)権限を与え(4)部門間の助け合いの仕組みを作り(5)その成果へのフィードバックを行い(6)助け合いに報酬を与える、だ。
実際、いくつかの多国籍企業でも、従来の縦ラインに合わせた機能別の組織とは異なり、組織の抱える課題や技術のテーマごとに、組織横断的な知識コミュニティーを作り出す傾向が見られる。英国のコンサルタント、エリザベス・ランク氏らによると、米オラクル、英蘭ロイヤル・ダッチ・シェルなどで縦割りによる分断した知識共有を改革するため、組織横断的な専門家の知識コミュニティーや企業内大学を設置して知識の移転や開発の活動を活性化している。
◇ ◇
ただ、縦割り組織の改革は、単に部門を越えたコミュニケーションの行動モデルを社員に研修させて行わせるのでは限界がある。米アメリカン大学研究員のロバート・マーシャク氏は、縦割り組織の改革には、経営者、管理職、社員の間での対話型の組織開発が有効であるとする。従来の診断型組織開発は、最善の行動パターンを一律に研修で示し、画一的な共有を進める面がある。
他方、対話型では経営改革の課題、手法、目的について、経営者と社員の間の対話を通じて、自分の置かれている組織や部門の状況や文脈に沿って理解し、各自の発想形式の縦割り的な側面を反省する。これは、改革を自分事として捉えて、当事者間の実質的な合意形成を行うことを促進する。縦割り改革のポイントは、連携への当事者意識の形成と合意なのである。