パンデミックが発した警告と希望
第29代米大統領ウォーレン・ハーディング氏は1920年の大統領選で「normalcy(常態)」という自身の造語を軸に選挙運動を展開した。当時は第1次世界大戦が18年に終わったばかりで、18〜20年には「スペイン風邪」が大流行した。こうした悲惨な出来事を忘れ、将来に関して確実性があった黄金時代に戻りたいという米国民の思いに訴えかける戦略だった。
ロックダウンを引き起こしたパンデミックは今後の世界の方向性について多くの示唆をもたらした(12月19日、ドイツ東部ドレスデンで夜間外出禁止令のパトロールをする警察官)=AP
すべてが変化した年に
だが、狂騒の20年代はハーディング氏が唱えた「常態」で満足することはなかった。それは社会、産業、芸術の各分野において前向きで、リスクをとることを辞さない斬新な動きを醸成した。奔放な「ジャズエイジ」が到来した背景には第1次大戦がある。スペイン風邪のパンデミック(世界的大流行)も影響を与えた。米国ではスペイン風邪による死者数が第1次大戦の6倍にのぼり、パンデミックで生き残った人々は20年代を前のめりに生きる欲求に駆られた。
こうした風潮が2020年代にも生まれ、時代を活気づけることになる。新型コロナウイルスによる被害の大きさやパンデミックによって露呈した不平等や危うさ、技術革新への期待といった要素が示しているのは、2020年は全てが変化した年として記憶されるということだ。
新型コロナのパンデミックは100年に1度の出来事だった。全世界で7千万人以上への感染が確認されているが、それ以外に診断されていない感染者が5億人以上いる可能性がある。新型コロナ感染で死亡したと確認された人数は公式記録で約160万だが、記録されなかった犠牲者は何十万人もいるだろう。世界経済の生産はコロナ禍がなかった場合の想定よりも少なくとも7%低下し、第2次大戦以降で最大の落ち込みとなった。こうした苦しみの灰の中から、人生は我慢すべきではなく謳歌すべきものだという感覚が生まれるだろう。
変化を見込むもう一つの理由は、新型コロナが警告を放ったことにある。食料や毛皮をとるために殺されている毎年800億個体の動物たちは、ウイルスやバクテリアがおよそ10年ごとに人命を危険にさらす病原体に進化する際の培養皿となっている。動物たちを殺す代償を払えと突きつけられたのが今年で、それは天文学的な額だった。
ロックダウン(都市封鎖)下で経済が止まったことで現れた澄んだ青空は、コロナ危機が猛スピードで進んでいる間にも、もう一つの危機である気候変動がゆっくりと進んでいることの象徴だった。気候変動はコロナ危機といくつかの点で似ている。ポピュリスト(大衆迎合主義者)がどれだけ否定しても厳然たる事実であり、その影響は全世界に広がり、放置して将来に対処しようとすればはるかに莫大なコストがかかる。
変化を見込める3つ目の理由は、パンデミックが社会的不正を浮き彫りにしたことにある。多くの子どもたちは学習で後れをとり、十分な食事がとれなくなった。学校を卒業した若者の就職などの見通しは再び遠のいた。あらゆる年代の人々が在宅期間中に孤独や暴力に苦しんだ。外国人労働者は捨て置かれるか、故郷の村へ追い返された。それによってウイルスが広がったケースもあった。人種によっても明暗が分かれた。40歳のヒスパニック系米国人男性の新型コロナによる死亡率は同年齢の白人米国人男性の12倍にのぼる。ブラジルのサンパウロでは20歳未満の黒人の死亡率は白人の2倍だ。
世界で新型コロナへの対応が進むにつれ、不平等がさらに悪化した例もある。ある研究によると、米国では在宅勤務が可能なのは年収10万ドル(約1千万円)を超える職では約60%を占めるが、4万ドル(約400万円)未満の職では10%にとどまる。失業率は大幅に悪化したにもかかわらず、世界株全体の値動きを示すMSCI全世界株指数は上昇した。国連開発計画が3日に公表した報告書は、パンデミックによって従来の予測より2億人以上多い人々が極度の貧困に陥る可能性があると指摘した。権威主義的な指導者がコロナ禍を利用して自らの権力基盤を強化しようとすれば、人々の苦しみはさらにひどくなるだろう。
過去のパンデミックが社会的混乱をもたらしたのも、おそらくこうした背景があった。01〜18年にパンデミックが発生した133カ国について調査した国際通貨基金(IMF)の報告書によると、感染症発生から約14カ月後に社会不安の事例が急増し、24カ月後にピークを迎えていた。不平等な社会ほど混乱は激化する。IMFは抗議運動が起こることで人々の生活がさらに苦しくなり、さらにデモが激しくなる悪循環に陥る恐れを指摘している。
加速した創造的破壊
幸いなことに新型コロナウイルスは変化の必要性を高めただけでなく、進むべき道も指し示している。その一つはコロナ危機を技術革新の原動力とする道だ。米国の小売売上高に占める電子商取引の割合はロックダウンが実施されていた8週間で、それまでの5年間の合計と同程度の伸び率を示した。在宅勤務の常態化によりニューヨークの地下鉄の乗客数は90%以上減少した。本誌のような企業ではほぼ一夜にして自宅の空き部屋や台所のテーブルから仕事をするようになった。コロナ禍がなければこの実験が始まったとしても、広がるのに何年もかかっただろう。
この創造的破壊は始まったばかりだ。パンデミックは医療など保守的な業界でも変化を起こせることを証明した。低コストで調達できる資本に加え、人工知能(AI)や量子コンピューティングなどの最新技術が原動力となり、あらゆる産業に技術革新の波が押し寄せる。例えば米国の大学では授業の質はあまり変わらないのに、授業料はこの40年で消費者物価指数の約5倍の伸び率で値上がりしている。これは創造的破壊の格好の標的となる。
コロナ危機は社会が知識をどう扱うべきかについて深い示唆を与えた。中国の科学者らが新型コロナウイルス確認後の数週間のうちにウイルスのゲノム配列を解明し、全世界に公表したことを思い出してもらいたい。その結果、実現に至った新しいワクチンの開発は、ウイルスの発生源や感染しやすい条件、人命を奪うメカニズム、治療に役立つかもしれない方法などが次々と解明されていった超高速の進歩のほんの一コマにすぎない。
これは科学がどれだけのことを成し遂げられるかを示した顕著な例だ。陰謀論がはびこる現代では独裁国家だけでなく民主国家においても、ある主張や学説の科学的根拠より誰がそれを唱えるかの方が重要であるかのように振る舞う人々が存在するが、この研究成果はこうした無知や狂信にノーを突きつける。
問われる政府の役割
パンデミックは政府を革新的にする結果も生み出した。各国政府はコロナ対策に10兆ドル超を支出して不平等の是正に取り組んだ。これは08年の金融危機後の支援策の実質3倍の規模だ。これは今後、政府が市民のためにできることに対して人々が抱く期待を大きく変えることになる。
ロックダウン下で多くの人が自分の人生にとって最も大切なことは何かを問い直した。各国政府はそれを重視し、個人の尊厳や自立、市民としての誇りを促進する政策に重点を置くべきだ。富と教育のあり方も再検討し、強まる既得権を突き崩して、多くの市民にチャンスをもたらすための新たな扉を開く必要がある。疫病に見舞われたこの不幸な1年からも、何かしら良きことが生まれる。個人と国家との関係を示す21世紀にふさわしい新たな社会契約は、その一つであるべきだ。