分断の米国「怒りの時代」に ウッドワード氏に聞く

 

 

トランプ氏、当面は米政治ににらみ バイデン氏、就任当初は苦難に

 

ボブ・ウッドワード氏(リサ・バーグ氏撮影)

 

トランプ米大統領の新型コロナウイルス対応を巡る迷走ぶりなどを記録した「Rage(怒り)」の著者、ボブ・ウッドワード氏が日本経済新聞のビデオ会議形式のインタビューに応じた。一問一答は以下の通り。

(聞き手はワシントン支局長 菅野幹雄)

 

――「Rage(怒り)」の由来は。

「2016年に私と同僚がトランプ氏に取材した時に出た言葉だ。共和党で米大統領候補の指名争いに出馬する直前だ。彼は人々に怒りをもたらす人物というのだ。分断した米国はいま怒りの時代でもある。一心にトランプ氏を愛する人々と、心から嫌う人がいる。この言葉は彼本人と米国史の一端を表現している」

 

――トランプ氏は新型コロナウイルスの脅威を知りながら、わざと軽く見せようとした、と記しています。

「そうだ。2月に彼は(ウイルスが)空気感染し、インフルエンザより致死性が高いと私に話した。中国の話だと私は思った。当時はすべて中国の問題だった。ところが何カ月も後に私は、1月28日の極秘会合でホワイトハウスの補佐官が『政権にとって安全保障上の最大の脅威になる』と大統領に説明したことを知った」

「もちろん、その後に彼は(ウイルスは)やがてなくなると嘘をつき、大統領がなすべき人々への警告を怠った。彼には何ら計画がない。警告からほぼ1年となる今も問題を避け、無関心を装うのは無責任だ。最初の方の彼への取材で大統領の仕事とは何かを聞くと『人々を守ることだ』と答えた。そのことに失敗したのだ」

 

――1月31日に米国は中国からの旅行者の入国停止を決めました。大統領は「ほぼ全員の反対を押し切った」と言いますが。

「困難な決定の時は自分を主役にする。決定の場にいた人に聞けばみんな違うという。医療専門家と安全保障チームが勧めたのだ。決定は遅すぎた。そのとき中国は国内旅行を停止していたが、ニューヨークのケネディ空港に到着した人々が問題を引き起こした。手を洗い、マスクをし、人混みを避ける。簡単なことで多くの人命が救えたのに、できなかった。トランプ氏が米大統領として不適格だと結論づけた理由だ。もちろん彼は選挙に敗れ、来年1月20日に仕事場を去る」

 

――ワクチン投与が近づいています。

「助けが来ると思うのは米国の楽観主義といえる。だが大勢にワクチンが行き渡るのはなお先だ。感謝祭休日での旅行状況をみれば感染は拡大する。非常に困難な時期だ。1月28日の会議は大規模な死者を出した国家的悲劇の始まりとして歴史に刻まれるだろう」

 

――11月の米大統領選挙ではバイデン前副大統領が勝利宣言しましたが、トランプ大統領は選挙の不正をなお訴えています。

「バイデン氏が選挙人の獲得数で勝った。だがトランプ氏も7300万票以上を得た。彼は明らかに、当面は米国政治ににらみをきかせることになる」

「私は建国以来の歴代で全体の2割にあたる9人の大統領について本を書いた。米政治制度で大統領の力は巨大だ。戦争を起こし、広範に軍を動かせる。トランプ氏のツイートはその日を代表するニュースになる。ここまでニュースメディアを支配した人物は初めてだ」

「トランプ氏は不正というが、集計を職業としている人がいる。完璧とはいえないが、(不正の)証拠はゼロだ。調査報道に50年近く携わり、大きな不正の話があれば誰か電話してくるはず。だが何もきていない」

――米国の民主主義は大丈夫ですか。

 

「少しぐらついたが、結論としては健在だ。トランプという指導者が失敗したということだ」

 

――バイデン氏は分断を修復できますか。

「バイデン氏は立法府との外交、予算などの折衝に非常に熟達している。どこを押さえればいいかのツボを理解する達人でもある。バイデン氏は共和党上院院内総務のマコネル氏とも長年の友人だ。これから2人が当時のように協力するかどうかは面白い話だ。まずはウイルス。バイデン氏が来年1月に就任した当初は、奇跡でも起きない限り苦難に見舞われる」

――外交課題は。

 

「東アジアを例にとろう。日本、韓国、中国、北朝鮮と、常にトラブルがある。トランプ大統領は『韓国駐留米軍のため全て米国が支払っている』という。実際には(韓国にある)ハンフリー米軍基地の建設費の92%は韓国負担だ。米国がだまされ、敗れているというのは真実ではない」

 

――米中関係はどう進めるべきでしょう。

「極めて重要な質問だ。新しい対中関係ができなければならない。トランプ氏は最初、中国について『習近平(シー・ジンピン)国家主席と中国が好きだ』『習氏はウイルスを非常にうまく処理している』と言い、混乱が広がると『習氏は信じられない』と話した。トランプ氏は貿易戦争をしかけた。これは悪い雰囲気、困難を生んでいる」

 

――米朝首脳の親書の交換や、ポンペオ米国務長官の訪朝に関する話もありました。

「北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)委員長は親書で『我々の関係はファンタジー映画から出てきたかのようだ』と記した。ロマンチックな内容で、トランプ大統領は(米朝が)戦争をしなかったと私に言うだろう。だが米朝関係がいまどうなのかは不明確だ。北朝鮮はアジアはおろか世界をパニックに陥れるのに十分な核兵器を持っている。トランプ氏は金委員長のことをすべて知っていると言うだろうが、情報機関の人間は真に受けないだろう」

「日本との関係はどうなるか。トランプ氏と安倍晋三前首相の素晴らしい関係があっても、緊張はあると思う。秘密会合でトランプ氏が『日本の防衛に(米国が)カネを払っているんだ』と話すところを本に記した。トランプ氏はまるで自分が米国の最高財務責任者(CFO)だと考えているようだ」

 

――著書の取材後、トランプ大統領と話をしましたか。

「本を書き終えた8月に電話がきた。イスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)の和平合意について触れられないかというので、『もう終わりました』と答えたうえで『大統領、これは厳しい本になります。あなたとは一致できない判断があります』と話した。『新型コロナについて書いたのか』と聞かれ『もちろん。大きな話です』と説明した」

「電話を切った1時間か1時間半後に、彼はボブ・ウッドワードの本はフェイクニュースになるとツイートした。彼のなし遂げたことに対し私が非常に辛辣、強烈で具体的な主張をすると知っていたからだ。」

 

 

ボブ・ウッドワード(Bob Woodward)氏 米エール大卒、海軍への従軍と地方紙勤務を経て1971年に米ワシントン・ポストの記者に。ニクソン大統領の再選を狙って相手陣営を盗聴しようとした「ウォーターゲート事件」で大統領の事件隠蔽への関与を特報し、同僚のカール・バーンスタイン氏と共同でピュリツァー賞を受賞した。ニクソン氏以来9代すべての大統領に関し、政権の内幕を徹底した調査報道をもとに著した。トランプ大統領に関する著書「Rage(怒り)」は、18年の「恐怖の男」以来2作目で、大統領との17回、9時間を超すインタビューをもとに刊行した。77歳。

 

 

 

もどる