侮れぬ「ご対面!」の効用 デジタル化は不可逆だが…
上級論説委員 大林 尚
ご対面前は互いに人となりやセンスを想像するしかない(写真提供: 関西テレビ放送)=一部画像処理しています
関西テレビ系「パンチDEデート」は、断トツ人気の昭和のお見合い番組だった。
最高視聴率44.9%(関西地区、ビデオリサーチ)。ある世代以上の人は司会の西川きよしさんと桂三枝(六代文枝)さんの掛け合いが口をついて出てくるに違いない。ひと目会ったその日から、恋の花咲くこともある--。
クライマックスは「せーのー、ごたーいめーん!」。
2人の掛け声とともに、若い男女を隔てたカーテンがあく場面だ。想像を膨らませるしかなかった相手の姿形が一目瞭然。デートの相手として不足ないか、対面してはじめて決められるのだ。
経団連がオンライン婚活アプリを推奨している。10月に出した「ポストコロナを展望した少子化対策の推進に向けて」という報告書の最後に、緊急事態宣言の解除後もオンラインサービスを活用し、その後に対面する新たな出会いが生まれている、とある。
とにかく出会いの場をつくらなければ、という経済界の意思表示だ。ことしの婚姻件数は前年水準を16%下回り、先行き出生減に拍車をかけるおそれが強いと、日本総合研究所の藤波匠上席主任研究員はみる。2021年の出生数は、ことしの見込みより一気に6万3千人減り、78万4千人になるという推測は、コロナが日本の少子化を想定より10年ほど前倒しさせるリスクへの警告である。
ここは、子供は結婚した夫婦がもつものだという規範意識にこだわらず、子育てを楽しむ男女が臆せず同居できるようにしたいところだ。いずれにしても欠かせないのが出会いである。オンライン婚活の効果はいかほどか。
東京都内にオフィスを構える結婚情報サービス会社のベテランコーディネーターによると、オンライン見合いは4月の緊急事態宣言を受けてぐんと増えた。その内実は▽間の取り方が難しく、互いの空気感が伝わりにくい▽話題が豊富な人は有利、無口な人は損しがち▽かわいがっているペットを紹介したり趣味の楽器演奏を披露したりできる利点がある--というものだ。
間合いが取りにくい、無口な人が不利、などはオンライン会議が日常になった働き手にも思い当たる特徴だ。
見合いの場合、オンラインで双方が会いたいという意志を固めれば間をおかずに対面の場を提供するのが鉄則。もっとも宣言の解除後は感染が広がるなかでも対面見合いを希望する人がぐんと増えた。医師や大学教授は依然オンライン志向が強いが、対面に比べればやはり成果は出にくいらしい。オンラインは出会いのきっかけとしての意味は大きいが、対面の効用は侮れないということであろう。
似た話は医療の世界にもある。4月に安倍政権が期限つきの特例として全面解禁したオンライン診療について、システムを提供するMICIN(マイシン、東京・千代田)が患者のウェブ調査をした。結果は、オンライン診療時に医師への相談が「しやすい」と答えた人は21%、「しづらい」は20%と拮抗した。
かねて日本医師会がオンライン診療に距離をおこうとするのは、デジタル化に乗り遅れた高齢開業医が割を食うと心配しているからだけではなかろう。医師会幹部は「得られる患者の情報は対面の半分にも満たないのではないか」という。診断を下す際には、どうしても医師の五感が欠かせないケースがある。患者が空気感を伝えやすいのも、対面見合いと同じだ。
しかしデジタル化の奔流は不可逆である。患者が大きな決定をするときに重く響くのが医師の言葉だ。オンライン診療システムの草分けインテグリティ・ヘルスケア(東京・中央)の園田愛社長は、オンラインが対面の価値を高める効用を説く。常備薬の処方はオンラインで、医師とじっくりコミュニケーションして治療方針を決めるときは対面で、というふうに「患者が選ぶ時代がくる」。
キーワードは選択だ。オンラインか対面かを政府が押しつけるようなやり方には違和感を抱かざるを得ない。
先月、萩生田光一文部科学相が国立大学協会、日本私立大学連盟などの代表に対面講義を増やすよう求めた。対面講義が少ない大学の公表も考えている。オンライン一辺倒に学生の不満が高まっているのは、そのとおり。オンライン慣れから講義がつまらなくなった教員がいるとも聞く。
だがオンラインにはオンラインならではの利点がある。「どんな講義にオンラインが適し、対面でなければならない講義はこういう場合」を判断するのは各大学の選択だろう。もちろん教員と学生の意向を反映させるべきだし、大学トップは説明責任を負う。
振り返れば、医療や教育の規制改革は一面でデジタル化への抵抗とのせめぎ合いだった。診療報酬明細書(レセプト)のオンライン化、医薬品ネット販売、健康保険証とマイナンバーカードの共通化、子供が学校で使うタブレット端末の普及、デジタル教科書の導入--。いちいちもっともらしい反対論がまかり通ることも珍しくなかった。ただしそれはコロナ前の話だ。
白状すると、厚生労働省と薬剤師業界が薬のネット販売を阻んでいた十数年前にもパンチDEデートのエピソードを書いた。当時の薬事法に規定がないにもかかわらず、同省は対面販売原則を譲ろうとしなかった。既得権墨守のための詭弁(きべん)術を暴くのも、コロナの一断面である。